見出し画像

弁護士が契約書を作成するときに意識していること

はじめに

タイトルが何やら仰々しいのですが、きっかけは同僚からアドバイスを求められたからです。考えてみると弁護士になるまでの過程に答えがあるような気がしました。

弁護士になるためには司法試験に合格しなければなりませんが、司法試験に合格するためには、徹底的に民法を学ぶ必要があります。さらに司法試験に合格した後は、裁判実務を学び、民事では要件事実という法技術を学ぶことになります。

実は、この学習の過程が、契約書を作成するときに弁護士が意識的に表現や言い回しを工夫していることにつながっています。このことを簡単に伝えられたらと思い、キーボードを叩いてみたものの、いざ書くとなると難しいものですね。

業務委託契約書を題材にして

どの業種の企業でも、何かしらの業務を外部に委託する業務委託契約を締結した経験があると思います。例として、弁護士が、依頼者から業務委託契約に関連するトラブルについて相手に金銭を請求できるどうか、と相談を受けた場合を考えてみます。

まず、業務委託契約はビジネス上の用語です。

個人や企業同士の契約などのトラブルについて解決の指針になる法律に民法がありますが、民法には、業務委託契約という用語はどこにもありません。しかし、民法では、個人や企業は、他者と自由に契約を結ぶことができ、契約書のタイトルをどうするか、契約の内容をどうするかも自由に決めることができることが定められています。

現実は、交渉力の強い者が一方的に契約内容を定めているケースも多いかもしれませんが、当事者が契約の内容に納得して契約を結んだときは、裁判所は、契約の内容を尊重することになっています。

そこで、弁護士は、まずは契約業務委託契約書の条項を読み、どのような権利・義務が生じるのかどうかを解釈して依頼者の要求が妥当なのかどうかを判断します。

契約書は、将来、トラブルになったときの解決の指針を示すものです。契約で想定していなかった事態というのはときどき起こり得るものなのでしょうけれども、できるかぎり起こりうる事態を想像して、解決指針を契約条項に盛り込むように努力しています。

起こりうるトラブルを想定して、契約書に盛り込む、これが一つ目の視点です。法務担当者に助言するとすれば、事業担当者とディスカッションしてどんなケースが起こりうるかをブレインストーミングしてみるとよいでしょう。

契約を結ぶまでの間、あらゆる事態を想定して契約条件の交渉に時間的・人的コストをかけた方が、あとで紛争が起こってしまったときに解決するための時間的・人的コストが少なくなる関係にあります。ただ、この辺りは、迅速に取引を開始したいビジネス側のニーズとの調整が難しい場面もあるでしょう。

業務委託契約書に書かれていないときは・・・

どんなに入念に契約書をドラフトしたとしても、契約書に書かれていない想定外のことは起こります。契約に書かれていない事柄についてのトラブルをどう解決すればよいでしょうか?

この場合、弁護士は、契約交渉の経緯をヒアリングしたり、契約書以外の資料を読んで、業務委託契約が民法のどの契約類型に近いかどうかを考えます。

先ほどお伝えしたとおり、業務委託契約は民法には書いてありませんから、弁護士は、民法に書かれてある業務委託契約に近い契約として請負契約と準委任契約を参考に権利や義務が発生するのではないか、と考えます。

つまり、契約書に書かれていないときは民法を適用して、権利・義務が発生するかどうかを考える、ということです。次の具体例を見てみましょう。

業務委託料の支払う際の費用

わかりやすい例は、業務委託料を支払うときの費用の負担がどちらか、というケースです。たとえば、契約書に以下の条項があったケースを考えています。

第X条
委託者は、受託者に対して、翌月末日までに業務委託料を支払うものとする。支払に関する費用は委託者の負担とする。

銀行で振込手数料が発生する場合、上記の条項では、業務委託料を支払う委託者が振込手数料を負担する約束になるでしょう。

次に、契約書の条項が以下であったときはどうでしょうか?

第X条
委託者は、受託者に対して、翌月末日までに業務委託料を支払うものとする。

委託者と受託者のどちらが支払手数料を負担するか書かれていません。この場合、民法を参照することになります。民法の条文を見てみましょう。

(弁済の費用)
第485条 弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。

業務委託料の支払いは、法律用語では「弁済」といいます。別段の「意思表示」がないときとありますが、締結した契約書に条項がないときという理解で差し支えありません。

民法によると、特に契約書に定めがないときは債務者である委託者の負担になると考えられます。

そうすると、最初の例であった「支払に関する費用は委託者の負担とする。」は、書いても書かなくでも結論が同じ、ということになります。

委託者に有利にドラフトするならば、「支払に関する費用は委託者の負担とする。」を削除するだけでは足りません。契約書に書かれていないことは民法を参照して、支払いに関する費用は、民法により債務者である委託者の負担が原則になるからです。この場合、「支払に関する費用は受託者の負担とする。」とちゃんと書いておかなければならないことがわかるでしょう。

ここで意識していることの2つ目です。弁護士は、ある契約条項を書いたとき(書かなかったとき)に、民法の規定がどのように適用されるか、を常に念頭にドラフトしています。

法務担当者が契約書のレビュー能力を高める方法ですが、契約書を交わさなかったら何を要求できるだろう、と考える訓練をおすすめします。契約書がない場合ですから、民法を見るしかないですね。企業内弁護士がいれば、議論の相手をしてもらうといいでしょう。

特別法の存在について

ここまでは、民法を中心に説明してきましたが、民法は一般法と呼ばれるグループです。一般法は、適用対象がより広い法のことをいいます。反対に、適用対象が特定されている特別法というグループがあります。

民法の特別法として、消費者契約法や利息制限法、労働契約法などがあります。その数は膨大です。

実は、100年以上前に作られた民法には雇用契約という条文が用意されています。ただ、実際には労働基準法や労働契約法などの特別法が優先的に適用されています。特別法に規定されていないものは一般法を適用する。このルールはとても大事です。

少し話は逸れますが、いわゆるフリーランスの方を受託者として業務委託契約を締結する場面では、必然的に雇用契約と解釈されないかどうかを気にすることになります。労働契約法が特別法として民法に優先して適用されることがあるからです。

したがって、民法に照らして業務委託契約書のドラフトを工夫する、ということではなくて、委託者や受託者になる者の実際の動きや運用などをよく観察します。観察する際の判断基準は、裁判例を調べて、業務委託契約の受託者が労働者であると判断されたときの考慮要素を参考にします。

契約書のレビューは、契約書の文言のみに着目すればとよい、というものではないと感じてもらえればと思います。学習しなければならない事柄はたくさんありますね。私もときどき辟易とするときがあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?