見出し画像

セーフティネットとしてのユースセンター in ロンドン

ロンドン北部のHaringey地区。
三分の一の人口が20歳以下の若者で構成され、そのうち、70%がMinority ethnicの背景を持っている。若者の薬物使用率はロンドンで2番目に高く、暴力事件や犯罪率も比較的高い、若者を取り巻く課題の多い地域である。

イギリスでは公的機関としてユースセンターが各地に設置され、若者向け支援の歴史も長い。しかしそんな若者支援の財源が年々削減されるのに応じて、ユースセンターの数も少なくなってきている。イギリス全体で言うと、この10年で600以上のユースセンターが閉鎖されたらしい。Haringey地区も例外ではなく、10年前は11個あったユースセンターが今はたった一つ。今回は、その唯一残ったユースセンターに訪問した。
-------------------------

画像1

アフリカ系、中東系の個人商店が多々並ぶ通りに面したこの建物が、地区唯一のユースセンターである。Welcomeと書かれた扉は、その言葉とは裏腹に頑丈な鍵でロックされている。この地区の治安のことも鑑みて、このような造りにしているのだろうか。少し緊張しながらインターホンを押し、訪問目的とアポを取っている担当者の名前を伝えると、やっと扉が開いた。しかし目の前にあるのはただの通路。3メートルほどの通路を抜けると、突如道路からは全く見えなかったモダンな建物が出現した。これがHaringey地区に残る、唯一のユースセンターである。

画像2

正面の自動ドアが開いてすぐ、ビリヤードやジェンガに夢中になるたくさんの子どもたちの姿が目に入る。ラウンジでは、15人弱の10代の子どもたちが各々好きなことをして過ごしていた。私がスタッフルームを探そうとキョロキョロしているとすぐ、ここで働いて5年になるというユースワーカーの方が出迎えてくれた。彼がスタッフルームから出てくると、子どもたちが彼の元へ走っていく。ここにいる子どもたちは、カリビアン系が多く、確かに見る限りではWhite Britishはいない。

子どもたちに一緒に遊ぼうと引き止められながらも、彼がセンターの設備を案内してくれた。最新の音楽ルーム、綺麗な体育館に広い庭、コンピュータールーム、たくさんのクラスルーム。音楽、アート、ビューティーなどのバラエティに富んだプログラムも提供しているこのユースセンター で、子どもたちは放課後の時間を悠々と過ごす。広いキッチンでは、子どもたちが近所のボランティアの人たちと野菜たっぷりの夕飯を作っていた。
-------------------------

「ユースセンターは生きていく上で必要なことについて学ぶ場なんだ」

ユースセンターは、学校と違いinformalだからこそできることがあると彼は強調した。数学や化学も、彼らの人生で役立つ時があるだろうけど、学校ではソーシャルスキルを十分には学べない。それに彼らは、安全と感じる場所が必要なんだ、その役割をユースセンターが担っているんだ、と。ふと階段に目をやると、壁に落書きで”This place like home for us!”と書いてある。学校が終わってから20時まで自由に過ごすことができるこの場は、彼らにとってとても大きな意味を持っているのだろう。

「クスリをやりたいって相談されても、真っ向から否定はしない」

貧困家庭、シングルペアレント、警察に補導された子どもなどなど、様々な複雑な背景を持つ子どもがセンターにはやってくるという。子どもと接する上で気をつけていることは?と聞くと、それぞれの背景を踏まえた上で対応することだという。そして子どもの意見を真っ向から否定しないこと。例えば、クスリをやりたいと相談された時。科学的にいかに身体に悪いかという資料を見せて止めようとはする、でも最終的に判断するのは子どもだから、強制はできない、と彼はいった。もちろん、やめさせようとはするけどね、と付け足して。子どもたちはそれぞれ違うポテンシャルを持っている。SNS時代にそれを分からせるのは難しいけれど、それを分からせること。そしてもし子どもが変えたいと思っている部分があるのであれば、一緒にそれを克服しようと努力すること。そうすることで、子どもの自己肯定感を高められるようにしているんだ、と彼は言った。

「ピアメンタリングはロールモデルに悩み相談ができる、貴重な場だ」

ロンドンで様々なユース団体のホームページを見て思ったのは、どこのユースセンターもMentoringサービスを持っていること。中でもPeer Mentoring(若者同士のメンタリング)を持っているユースセンター は多い。ここでは、17歳から21歳のトレーニングを受けたMentorが、11歳から13歳までのMenteeと定期的に1:1で話す場を儲けているという。学校のこと、家族のこと、進路のこと。話すことは多岐にわたる。ユースワーカーの彼は、Peer mentoringの魅力を、同じような経験をしてきたからこそ分かり合えること、と言った。例えば、自分はSNS時代に若者時代を過ごしていない、でもそれ関連の悩みは本当に多い。だからこそ自分と年齢の近い人に相談することで、より共感ができたり解決できたりするんだ、と。

帰り際、彼がラウンジに座っていた二人の子どもとハグをした。そうすると、一人の女の子が"Can you hug with me as well?"と彼に寄ってきた。"Of course!"といって彼がハグすると、女の子は本当に嬉しそうな顔をしていた。ユースワーカーと子どもたちの距離の近さが、本当に印象的だった。
-------------------------

画像3

目立つところにユースセンターのルールが貼ってあった。楽しもう、新しいことにチャレンジしよう、というものから、薬物禁止、武器禁止、といったものまで、14このルールが貼ってある。
600以上のユースセンターが閉鎖されたこの10年で、若者のナイフを使った犯罪は増えており、今や全体の半分が10代、もしくはそれ以下による犯罪だという。ユースワーカーの彼は、ユースセンターの削減がHaringey地区の若者の犯罪率の増加に繋がっていることは明らかだと断言した。放課後の居場所を失った若者は、街でたむろし、頼れる大人に出会えず、犯罪に手を染めていく。なぜ政治家はその関連性に気づかないの?と聞くと、そんなの僕が聞きたいよ、と彼は笑った。もちろん、若者の犯罪率の増加とユースセンターの削減の直接的な関連性がどこまであるかをデータで証明することは難しい。でも公的に若者の居場所を確保する意味合いは、長期的にみても社会的に大きいだろう。Brexitに揺れるロンドン議会。若者支援政策がどうなっていくのかも、併せて着目していきたい。

*もっと詳しいことを知りたい方へ
● イギリスの若者支援を取り巻く現状について
UK Youth State of the Membership 2018
● 私が訪問したユースセンター について
「Crumbling Britain: The false economy of youth club closures in Haringey」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?