【虎に翼 感想】第54話 日本人として生きる香子
日本人として生きる香子
本人が望む名前で呼びたい。
香子が生きていてよかった。
香子と約束していたのに、寅子を自宅に連れて来てしまったのは、多岐川と汐見の失態だ。「酔っていたから」は、どんなときでも言い訳にすらならない。
翌日、酔いの覚めた汐見から、寅子は香子の事情を聞かされる。
二人が向かい合っている向こうの壁に、日本地図が貼ってある。沖縄も、北方領土も描かれていない。描いてしまったら大問題になってしまう時代である。
戦時中、多岐川と汐見は、京城(現在のソウル)にいた。明治43年の韓国併合により、朝鮮総督府が設置され、その場所に裁判所も設置されたようだ。
共亞事件の影響で左遷されていた桂場と、アメリカかぶれの久藤が日本にいたことからすると、朝鮮の裁判所にいた多岐川はエリートだったのだろうか。
日本で特高警察に追い回された後、朝鮮に帰国していた香子の兄、潤哲は、現地で労働争議に参加したことにより、ここでも逃げ回る生活を送っていた。だが、とうとう逮捕されてしまった。彼の裁判を担当したのが多岐川だったのだ。潤哲が罪に問われなかったのが救いだ。
その縁で香子は多岐川と知り合い、多岐川の活動を手伝うことになった。学生に法律を教え、そこで汐見とも知り合い、惹かれ合った。
しかし双方の家族、特に、日本に酷い目に遭わされ続けていた潤哲が結婚に賛成するわけがない。終戦後、京城から引き上げる際に香子も一緒に日本へ渡ってきたというのがいきさつだ。勘当されているから、多岐川の家に居候させてもらっていることも判明した。
香子は日本に来てから、“汐見香子” という日本人として生きてきた。朝鮮人であることを隠している。
汐見が登場してからというもの、しゃべりがなまっているから、どこの出身なのだろうと思っていた。
香子は戦前、日本にいたとはいえ、発音は決して日本人と同じではなかった。たしか、発音を笑われたことがあったと寅子たちに話していたはずだ。だから、香子一人だけでは発音の差異に怪しまれてしまう。だが、汐見がなまっていることで、二人とも地方出身者としてごまかせているのかもしれない。
歴史に詳しくないから、戦時中の朝鮮で香子が何と名乗っていたのかは推測もできない。だが、難しく考える必要はない。彼女は、“朝鮮人のチェ・ヒャンスク” 以外の何物でもない。日本が勝手に、崔香淑と呼んだり、汐見香子と名乗らせたりしてしまっているだけなのだ。彼女にとっては、日本は異国でしかないし、汐見の愛情をよすがに決死の思いでやってきたのだ。
この後、朝鮮人は同じ民族同士で戦うことになる。香子が穏やかな日々を過ごせることを、願うばかりだ。
戦争に敗れ、戦勝国であるアメリカのGHQ主導で憲法や民法が改正されることに、久藤やよねは嘆いていた。
その一方で、アメリカ人であるホーナー氏は、ユダヤ人の子孫として辛い経験をしていた。
そして、朝鮮人の潤哲は、日本への激しい憎しみを抱き続けている。
「傷ついていない人などいない」
久藤とホーナー氏が猪爪家を訪れたときの直明の言葉は、要所要所で響いてくる。これからも直明の言葉に耳を傾けていきたい。
第52話で多岐川が花岡を批判していたときの、「人間、生き残ってこそ」の言葉も、今、染みてきている。
寅子、おせっかい発動
今日の寅子はおせっかいだった。
香子のことを思うがあまり、頼まれてもいないのに、汐見に対し「私にできることはないでしょうか」と尋ねてしまう。穂高教授に家庭教師の仕事を紹介されそうになり、久々に “はて” を発動させた寅子がだ。
仮設建物で風通しが良すぎるがゆえに、外にまで話が筒抜けである。立ち聞きしていた多岐川に「(朝鮮人に対する)偏見を正す力があるのか」と諭されるのも当然だ。
人間とはそんなものだ。誰もが良かれと思って、余計に相手を傷つけてしまうことがある。
「助けてほしいかどうか分からん人間に使う時間はない。この日本には、愛の裁判所が必要なんだ」
多岐川のエンジンがかかってきた。穂高教授が寅子を動かしたように、今度は寅子が多岐川を動かす原動力となることを期待する。
寅子のおせっかいはまだまだ続く。花岡の妻、奈津子に対しても “それを言うか” 状態だった。
「花岡さんが苦しんでいることに、気づけなくてごめんなさい。気づけていたら、何か変わったかもしれないのに」
裏を返せば、“私だったら、花岡さんの異変に気付けて、止めてあげられたはずだ” と、花岡との親密ぶりをアピールすることになり、奈津子に対して、とっても失礼だ。せっかく会いに来てくれたのに余計なことを。
だから奈津子も「もし、周りが説得して(花岡が)折れていたら、私、妬いちゃうわ」と返したのだ。
奈津子は、寅子の言葉をさらりとかわし、あのとき分けたチョコレートのお礼を言い、生前、夫が寅子を評していた言葉を素直に伝えられるくらいに、人格が優れている。花岡が奈津子と結婚した選択は、間違っていなかった。
だがこれは、奈津子が現在、夫の父の弁護士事務所の手伝いをして、夫の家に守られていることからくる余裕が含まれている。
奈津子を見送り、桂場はあらためて、世の中は恵まれている女性ばかりではない、だから家庭裁判所の設立が急務であることを寅子に伝えた。
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寅子は香子から、「崔香淑のことは忘れて、誰にも話さないでくれ」との伝言を受け取ったが、既に家族に話してしまっているのが心配だ。これ以上広がらなければよいが。
そして、はるさん、直言と結婚する際に友人と縁を切ったと話していた。結婚写真、家族が誰もいなくて、二人きりなのね……実家とは共亞事件のときに縁切りされている。はるさんの人生も朝ドラにできそうだ。
「虎に翼」 6/13 より
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