18服目:2024/1/14(日)初釜

師匠あるある言いたい

楽しみにしていた初釜。昨年のお正月に支部の初茶会には参加したが、初釜は初めて。はやる気持ちで地区の貸茶室へ。

まずもって。
茶室に入ってまずもって言いたいのは、我が師匠あるある。
我が師匠あるある、早く言いたい。

ご配慮どんだけ…!!!

8畳間いっぱいに茶器やら食器やらお道具がてんこ盛りに用意されていて仰天した。

先生、いつからご準備なさっていたのですか…。もしかしてここ数日ほとんど寝ていらっしゃらないのではないでしょうか…。前日にちゃちゃっと用意できるボリュームでは全くなく、なおかつ必要な数や種類の過不足も全くなく、先生が今日に向けて何日も前から入念に準備してくださっていたことが視界いっぱいに伝わって来た。

感謝しかないです。

お正月、ふたたび

生徒の皆さんも開始時間より早めに続々と到着。まずは全員で手分けしてお道具を広げるための折り畳み机を出したり、箱に入ったお道具を取り出したり、さっと水を通して洗ったり、拭いたり、並べたり、ラジバンダリー(古語)。塗りのお椀や盆を広げていると、なんだかお正月の準備をしているような心地でテンションが上がった。

そんな中、今日も着物を貸してくださった。お道具に加えて私たちのお着物まで持ってきてくださっている先生のお優しさに今日もぬくぬくと甘える。「ありがたい」って「有ることが難しい」って書くけど、我が先生、本当に有り難いです。

ご同輩で着付けの上手なお二人が、俎板の鯉状態の私をあっという間に着せ替えてくださった。今年中に自分で着られるようになりたいなあ。女性は皆着物となり、とても華やいだ気持ち。みんなで写真を撮ればよかった…!

ご馳走尽くしの前半パート

デパートでお弁当をピックアップしてくださった同輩もぶじ到着し、準備も整ったところで会がスタート。

拝見を済ませ、まずは点心からいただく。中央にはなだ万のお弁当。その隣に鎮座するごちそうは、先生お手製のホタテのしんじょうと、着付けも上手な同輩お手製のゆず寒天。

ほたてのしんじょうは、9月の茶事で作り方を教わったが、やっぱり先生の作ってくださったほうがおいしい気がした。結んだ三つ葉とお花の飾り切りのにんじんが添えられて、お正月感アップ。

ゆず寒天は、くり抜いたゆずの中に、果汁を使った寒天が入っており、香り豊かで手作りとは思えないクオリティ。不器用な私が作ったなら、くり抜く時点で半数は貫通させてしまい使いものにならないこと必至。軽やかで後口がよくおいしい。食後のデザートにぴったりだった。

ノンアル日本酒、いいですね。

お正月らしくお屠蘇も振る舞われたが、ノンアルコールの日本酒で驚いた。ノンアルの領域がじわじわと拡大していて良いな〜。なにごとも選択肢が増えるのはうれしいし、健全だと思う。ノンアル日本酒は、通常の日本酒とは比にならないほどのフルーティさで、日本酒とはまた異なるおいしさがあった。

花びらもち、ふたたび。

ご馳走ですっかりお腹いっぱいになったところで、お茶の時間へと進んでいく。

最初に縁高に入った「花びらもち」を皆でいただく。桃色のグラデーションのお餅の中には白味噌餡。両サイドからはみ出るゴボウの異質さがおもしろい。

花びらもちは、去年のお正月の初茶会以来の再会。「あら、あれからもう1年経ったのね」なんていっぱしの感想を抱いたりなんかして。こういう再会に喜びを覚えるのも茶道の楽しみの一つに感じている。

時間の流れ、季節の変化に対する解像度を上げる種をいただいている感覚だ。

いつもの茶菓と同じ職人さんの作。餅菓子が出るたびに思うが、この職人さんのお餅は柔らかさが格別! 先日読み終えた『亥子ころころ』の中で、求肥は和菓子では必須の食材だが扱いが難しく職人泣かせ、というエピソードがあり、ふといつもいただく茶菓の餅の柔らかさを思い出した。

華やかな濃茶席

濃茶席では、先生がご亭主となり「嶋台」を使って点ててくださった。

「嶋台」。準備の際にたまたま私が桐箱から出したのだが「一体これは何だろう?」と思っていたら、大小を重ねた茶碗であった。大きい茶碗には金箔、小さい茶碗には銀箔が、それぞれの内側に塗られている。

先生が濃茶を練っている姿を拝見しながら、茶碗の内側の箔が削り取られていた理由を理解した。「これ、お茶の中に箔が混じっておめでたいお茶になるんだわ!」。なんて粋な仕様なんだーーー。

会の後、片付けをしながら先生に確認するとやはりそうであった。削られる部分が増えて来たら上から箔を塗ってもらうことも可能だそう。

時勢を鑑みて、銘々に点てて下さったので、金と銀の濃茶をいただけるのは各1名のみ。幸運にも私は銀箔の濃茶をいただくことができた。ギンギラギンにさりげない濃茶(昭和)。銀を口にしたのは初めてかもしれない。

床の間も華やかさ満点

床の間の様子は2週間前のお正月へと逆回転したかのようなおめでたい設えだった。

・花入には太郎冠者と白梅。
・中央には3本を1つに束ねて水引で結んだ立派な炭。
・その隣には、高砂の描かれたぶりぶり香合。

高砂を見て、そういえば祖父母の家に高砂人形があったことを思い出す。あれは長寿を願った人形だったのね。数十年の時を経てその意味を知った!

ぶりぶり香合は、先生から事前に会記をいただいた時から「なんちゅう名前やねん!」と気になっていたが、ぶりぶりぎっちょうという昔の玩具の形に似ていることが由来になっているだけで、名前の印象とは異なる上品な香合だった。同輩の一人もおっしゃっていたが、クレヨンしんちゃん関連グッズではなかった(そらそう)。

中には白檀。風炉の場合は、中が白檀で、折釜敷の上に香合を置いておくという。そうすることで「炉のお点前は省略します」ということを伝えるそう。茶道ってまじで「目に映るすべてのことはメッセージ」by荒井由美、ですね。

壁には天井から提げられた大きな柳。わざわざ京都から取り寄せてくださったそうで、今日に向けての先生のご準備は一体いつから始まっていたのかと、ひたすら感謝の思い。

お軸は福大黒。描いたのは日本酒の裏霞禅のラベルを担当された淡川康一さんとのこと。おいしいお酒に恵まれそうなふくふくしいお軸ではないか。左党の同輩は銘柄を聞いただけですぐにラベルが頭に思い浮かんでいたようで、さすがでしかなかった。

メインディッシュは茶杓なり

濃茶の際、お道具を拝見したのだが、先生が、茶杓のことを「ご馳走」と言ってらして、とても素敵な表現だな。

表千家6代目覚々斎(かくかくさい)のお作だそう。家元は違うが、覚々斎の息子さんは裏千家の8代目又玄斎(ゆうげんさい)だからまったく無縁というわけではないし、お道具は出会いだからとお求めになったとのこと。

当然のことだが、すばらしい道具と出会うには相応の見識が必要なことを思い知らされる。

薄茶席は雪月花

薄茶は遊びの要素を取り入れた「雪月花」で楽しんだ。

夏に皆でやった「花月」の大人数バージョンといった感じで、折据の中に入った札を引き、札に描かれた絵文字によって担当が変わる。

・雪=お菓子を食べる人
・月=お茶を飲む人
・花=お茶を点てる人

誰か一人がこの3つをコンプリートするまで続くのだが、私はなかなかその3枚を引き当てられず。「私、まだ飲んでない…まだ食べてない…」と卑しいことをぶつぶつとつぶやいていたら、最後の最後に「雪」を引き当てることができた。

初心者教室と夏の花月を経て、折据の扱い方はなんとなく自然にできるようになったが、ゲームのルールは今回もほんの少ししか理解できなかった。隣に座っていたご同輩は「よくできたゲームだ」と感心していたが、私からすると、ルールを理解できていること自体がすごい。比べず牛歩で行こうぜ!

とどめのおもてなし

会の終盤、円になって先生を囲んでいると、先生がくじを引いてくださいと。折り紙でつくったお手製のくじ。だから、先生ってば、いつからご準備されていたのですか…! 

松竹梅のくじは、今年の干支である「龍」にまつわるさまざまな茶道具を用意してくださっており、私はお扇子をいただいた。さらに、たっぷりの懐紙と袋懐紙のように使える巾着もプレゼントしてくださった。なんというお心遣いなのでしょうか…。とにかく先生のおもてなしのお心が凄すぎて、朝から夕方までただひたすら贅沢に楽しませていただいた。

ご同輩のお土産のクッキーやおまんじゅうもいただき、『神作家紫式部のありえない日々』の最新刊もお借りし、お腹も心もいっぱい。

祭りのあとも楽しい社中

最後にみんなで片付け。元通りに仕舞っているつもりだが、桐箱にきれいに収まらない、紐を綺麗に結べない、などなどお手伝いをするには力量不足の部分も大いにあったが、片付けも含めてのお稽古だった。

それに、皆がそれぞれにやるべきことを見つけて、テキパキと自律分散しながら収束していくのが、チームワーク!って感じで楽しかった。

皆でこの楽しい雰囲気を保とうとされているのを感じ、私、この社中が好きだーーー。

てか、先生はこれをお一人で準備し、運び込まれていたんだよね…。実際に広げたり仕舞ったりと手を動かして、ますますその凄さを実感した。私だったら疲れ果てて不機嫌になっていただろう…。もしくは「私、やりました!がんばりました!」のアピールがひどかっただろう…。

人としての器量、品の良さ、気力体力、お優しさ、どれをとっても、あらゆる角度から見ても「師」でしかない。先生のもとで道を歩めることに感謝しながらまた来月も楽しみたい。

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