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大杉栄 『男女関係について 女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文』 きくよむ文学

伊藤 野枝 ( いとう のえ ) 1895年 明治28年 1月21日 - 1923年 大正12年 9月16日

大杉栄 ( おおすぎ さかえ ) 1885年〈明治18年〉1月17日 - 1923年〈大正12年〉9月16日
関東大震災:1923年〈大正12年〉 9月 1日

1923年 大正12 年 9月16日 伊藤 野枝 ( 28歳 ) は大杉栄とともに殺害された。→ 甘粕 ( あまかす ) 事件

『男女関係について  女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文』についての背景

世間に大杉栄をめぐる複雑な男女関係が周知されたことを起因として、世間に向けて書かれている。この多少の複雑な恋愛関係の露呈が当時の大杉の活動周辺の人間関係を疎遠にさせたスキャンダルだったのかもしれない。

日蔭茶屋事件 = 神近の大杉にたいする傷害事件の日付と、このコラムの一番下に大杉が文章に引用した野枝の電報の日付に注目してほしい。
大杉をめぐる 複雑な男女関係 については、世間的に周知されたのは日蔭茶屋事件への関心によってのことと考えられる、ということは『男女関係について  女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文』が書かれたのがいったい何時なのかによって、書いている意図を読み間違いそうです。
これを当時のオンタイムで読んだ世間 ( = 大杉にたいして一目置いていた彼の周辺にある同士、あるいは、既に去った元同士 ) がどのように受け取ったのか、評価がはっきり二分するだろう作為的に過去の恋文の文言をセレクトされたカットアップ文章なので、どういう反応だったか知りたくなります。



野枝さん。『女の世界』編集長安成二郎君から、保子に対する僕の心持を書いてくれないか、という注文があったので、ちょうど今このことについて君と僕との間に話の最中でもあり、それに君に話しかけるのが僕には一番自由でもあるので、君に宛ててこの手紙を書くことにする。世間の奴等には、堪らないおのろけとも聞えることを書くようになるかも知れないが、堪ろうと堪るまいと、それは僕等の知ったことじゃない。

男女関係について 女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文』大杉栄

男女関係
伊藤 野枝
  ( 大杉の情婦 2 )
辻 潤 ( 野枝の夫 )
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大杉栄の妻 : 堀 保子 | 大杉 保子 ( おおすぎ やすこ ) → 1917 年 ( 大正6 ) 1月 大杉と離婚
大杉栄の情婦 1 : 神近 市子 ( かみちか いちこ ) → 大杉栄にたいする殺害未遂 : 日蔭茶屋事件 ( ひかげちゃやじけん ) 1916 年 ( 大正5 ) 9月16日

大杉栄の三角関係

辻潤と伊藤野枝と大杉栄についての三角関係については、伊藤野枝の『成長が生んだ私の恋愛破綻』にイニシャルで伊藤野枝の心境として語られている。

成長が生んだ私の恋愛破綻』▷ note リンク

100 年前のインフルエンサー?
成長が生んだ私の恋愛破綻』この文章の背景説明 :
T ( ティー ) 」とは、ダダイストの辻 潤 ( つじ じゅん )。
O ( オー ) 」とは、無政府主義者の大杉 栄 ( おおすぎ さかえ )。

伊藤 野枝の最初の結婚相手である「 T 」との関係と、その関係の破綻と「 T 」への強力な人格批判 ( つまりダメだし )、貧乏生活、「 O 」との出会いについて、また世間から注目されていた平塚らいてうの創刊した「青鞜 ( せいとう ) 」および「青鞜社」についても触れられている。
なお、この「 T 」= 辻 潤 による、自分自身を含むこの 3 人の関係についての言及に対しての世間へのアンサーと受け取れる『ふもれすく』という作品がある。
100 年以上前、彼女の書いたものは少なくないひとに読まれていたのだろう、なにか話題になるたびに、その行動の表明を発表していたようで、これはおそらく「 O 」= 大杉栄 ( おおすぎ さかえ ) との関係が周知され彼らの周辺での人間関係が変化したことにたいして、心境を問われたか、もしくはその正当性を表明する必要性を感じたことによって発表されたのではないか。
100 年以上前には、世間に対してそうとう色濃く影響を与えたようだが、伊藤野枝の没後 100 年の現代にはそれとはまた異なったインフルエンスをしているようだ。

ただ、ここで語られる伊藤野枝の恋愛関係図は、もっとさらに複雑であることが知られている、ということが前提である。
それについては、おそらくこれと同等の事情により大杉によって世間に向けて書かれている『男女関係について 女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文』に※婉曲的に大杉の主張 ( つまり、いいわけ ) が述べられている。

※ 湾曲的に … 伊藤野枝からのラブラブ文通のテクストを作為的に引用して自らのポジション取りの主張に利用しているように見受けられる。

100年間インフルエンサー 『成長が生んだ私の恋愛破綻』 伊藤 野枝 ( いとう のえ )

大杉栄の恋愛四角関係

  • 大杉 保子 ( 妻 )

  • 伊藤 野枝  ( 情婦 2 )

  • 神近 市子 ( 情婦 1 )

きくよむ文学

男女関係について  女房に与えて彼女に対する一情婦の心情を語る文
大杉栄 ( おおすぎ さかえ )

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伊藤野枝との人間関係
1:52 伊藤 野枝の夫 : 辻 潤 ( つじ じゅん )
野枝と潤の第一子 : 辻まこと
17:08 安成 二郎 ( やすなり じろう ) 後に甘粕 ( あまかす ) 事件で殺害された大杉栄・伊藤野枝の死体検分と火葬に立ち会った人物

野枝の手紙
6:45 ▼1916年4月30日 二信 ( 発信地 : 千葉県夷隅郡御宿 ) www.aozora.gr.jp/cards/000416/card57039.html
11:55 ▼1916年5月1日 ( 発信地 : 千葉県夷隅郡御宿 ) www.aozora.gr.jp/cards/000416/card56998.html
14:06 ▼1916年5月7日 二信 ( 発信地 : 千葉県夷隅郡御宿 ) www.aozora.gr.jp/cards/000416/card57004.html
16:50 ▼1916年5月9日 二信 ( 発信地 : 千葉県夷隅郡御宿 ) www.aozora.gr.jp/cards/000416/card57000.html

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