コービン

労働党のブレグジット---労組vs党員

2019年労働党党大会3日目(9月23日月曜日)ーー党のブレグジット戦略(近々あると想定されている総選挙における方針)が今日決まる。これは同時に、コービンが2015年党首選に立候補したとき以来の誓約ーー党を党員の手に委ねるーーを守れるか否かも決する。

ブレグジット戦略をめぐって、労働党におけるコービンの二つのパワーセンターである「労組」と「党員」が割れているのだ。労組は、コービンが打ち出したブレグジット戦略を支持しており(*1 文末を参照のこと)、党員の多くは(たとえコービンに忠実であっても)党は全面的に残留を支持すべきとしている(と報道されている)。

コービンのブレグジット政策は以下のようなものだ。

労働党政権は党の方針に沿ってEUと離脱合意を再交渉し、この「信頼に足る離脱合意」と「残留」の二択で再国民投票を実施する。この間、コービンは「審判」として中立を守り、国民投票の結果がどちらであっても実行する(コービンはこの期間を国のヒーリング・プロセスの一環としている)。昨日これにタイムテーブルが加わった。再交渉に3ヵ月、国民投票運動に3ヵ月、つまり6ヵ月後にはどちらになるかが決まる(*2)。加えて、党が国民投票運動をどちら側で運動するかを党員が決する1日限りの特別党大会を、選挙の勝利後(離脱合意が得られた後)に開催する。

金曜日の晩にあった「トム・ワトソン失却クーデター」未遂も、党員vs労組(+執行部)の対立を背景に起きている(詳しくは9月22日のブログを参照)。

党左派の有力者ジョン・ランズマン(党外コービン支援組織「モメンタム」代表)によるワトソン失却の試みは失敗に終わり、かえってワトソンを残留支持運動の顔にしてしまった。ワトソン自身はそもそも親EUではあったものの、国民投票後には離脱の結果を受け入れると表明していた。態度が変わったのは(ワタシの記憶では)今年の3月下旬で、再国民投票運動「ピープルズ・ヴォート」の大規模なデモにスピーカーの1人として参加したときだ(*3)

昨日ブライトンで、こんなことは到底ありえないと思われていた、党の地殻変動に匹敵するような事件があった。党右派の「オールド・ライト」派閥に属するワトソンが、ニューレイバー支援組織「プログレス(ブレア派議員の養成機関でもある)」のフリンジミーティングで大歓迎を受けたのだ。なぜありえないと思われていたか。ワトソンはトニー・ブレア首相失却の首謀者だから(*4)。

閑話休題

2016年の国民投票の結果をベースにすると、労働党が選挙でEU残留を打ち出すことは、次の選挙に勝つことを著しく困難にすると考えられる(詳しくは9月17日のブログ参照)。現にジョンソン首相は「労働党は残留の党」であるとして選挙運動前哨戦を展開しており、これによって労働党投票者の離脱票を保守党に集約し、勝てると考えているからだ。これは高確率で事実だと思う。

労働党にはブレグジット以外に魅力的な政策が多数あるが、EU離脱を希求する人々を、たった数週間の選挙運動で残留受け入れに宗旨替えできるほどの力を持つかどうかは疑わしい(そうであって欲しいが、簡単ではないと思う)。それほどまでに英国民のアタマとココロはブレグジットに呪縛されている。

さらに、党がEU残留を強く打ち出すと、労働党が唯一の「再国民投票の党」である、というセールストークの効果も削がれる(*5)。残留を前提に離脱合意を交渉することなどあり得ない。再国民投票の一方を「テリーザ・メイの離脱合意」にすればこれは解決するが、労働党はこれを議会で3度否定している。良くないとわかっているものを国民投票の選択肢にすることはきわめて不誠実だ。

3番目の理由は、労働党支持で、かつ離脱に投票した労働者階級の人々への応答の義務だ(*6)。この人々の全部ではないとしても、かなりの割合が過去数十年の、特に2010年以降に保守・自民連立政権が実施した緊縮財政で圧力を強化された希望のない生活への回答として、権力(端的には国民投票を実施したキャメロン元首相と彼が強く支持するEU)に一矢を報いようと離脱に投票したと考えられている。EUから離脱しても生活は改善しないにもかかわらず。この人々には労働党政権が必要であり、完全に満足できるものでなくても、ブレグジット政策について労働党に投票する理由ーー「離脱」の選択肢ーーが必要だ。

コービン自身(と彼の顧問たち)がEU懐疑派だから残留を打ち出すことができない、という見方がマスメディアでは支配的だ。しかし今の時点では、執行部のEUに対する見方とは別に、上記に述べたようなプラクティカルな理由の比重の方がずっと大きいとワタシは思う。まず選挙に勝たねばならない。選挙に勝たなければ、どんなに素晴しい政策もただのアイディアに終わる。これがブレグジット戦略がコービン・プロジェクトの生死を決すると言える理由だ(*7)。

話を戻そう。

コービンは党を民主化し、党を党員に委ねると誓約して党首になった。テリーザ・メイがコールした2017年総選挙は急だったために実践できなかったが、次の選挙のマニフェストで打ち出す政策は党員の投票で決まる。その一つがブレグジット政策だ。

コービンのブレグジット戦略(労組の支持を得てNEC((党の最高意志決定機関))で可決された)が党大会投票で支持を得られれば、コービンは党員との約束を守ることができる。

支持されなかった場合(明確に「残留」を打ち出すべきとなった場合)はどうか。党員との約束を守って、選挙で売りにくいブレグジット政策を取るか、党員との約束を破って労組と執行部が支持する政策を取るか。どちらを取ってもコービンの進退がかかわってくる。前者を取った場合、おそらく選挙は苦戦になり、敗戦党首としてコービンは辞任することになるだろう。後者を取った場合、仮に選挙には勝てても、コービンは長くは首相の任に留まらないと思われる。敗戦した場合は辞任するだろう。

ディベートと投票が待たれる。

とりあえずここまで。タイトル写真は2016年党首選(2回目の党首選)のロンドン集会で撮影。

<追加:投票結果>

ブレグジットに関する2つの動議がディベート後、投票にかけられた。結果、①労働党は残留を公約すべき、という動議は否決され、②コービンの離脱戦略は可決された。したがって、コービンは党員との約束を守れることになった。


*1 労働組合会議(TUC)で労組はコービンのブレグジット政策を支持すると決まったものの、二大労組の一方であるユニゾン(公共部門労働者労組、英国第二の労組)は「残留」を打ち出す側に立場を替えた、と報じられている。ランズマンも、残留支持者が大多数の「モメンタム」メンバーに自由投票を許したと報じられている。

*2 テリーザ・メイはEUと合意を取り付けるのに2年以上かけた(しかも議会で歴史的敗北を喫した)。労働党はたった3ヵ月で結果を得られるのかとの疑念がわくと思う。最初の離脱期限を延期したあと、メイ前首相は公式野党である労働党を招いて超党派の意見調整を試みた。結局これは実らず首相辞任、近年の保守党史上最右翼のジョンソン政権への道を拓いた。労働党はこの二党交渉での要求をベースにEUと交渉する計画で、ゼロから始めるわけではない。これに加えて、メイ前首相のEU交渉と並行して、労働党ブレグジット担当閣僚もEU側ブレグジット担当高官と意見交換をしており、労働党案は有望との反応を得ている(EU高官がメイ前首相に労働党案を試してみたら?とアドバイスしたことさえあった)。労働党のポジションはEU側に伝わっており、ゼロから始めるわけではない。これが短期間で合意に達せるだろうと予測し得る理由だ。

*3 以下は憶測になるが、前月の2月半ば、反コービン派の親EU議員7人が労働党を離党し、保守党を離党した議員たちと無所属議員団を形成した。(この議員団の誕生と死についてはそのうち書こうとおもっているけど、ともかく)彼らはマスメディアに異例の好待遇で迎えられ、外側からコービンに「再国民投票実施」の圧力をかけた。ワトソンはこれに応答する形で(あるいは連携して?)内側から圧力をかけようとしたのではないかと思う。その後、コービンが再国民投票の実施を「残留」を選択肢に入れて実施するオファーを公表すると、自民党党首と同様(詳しくは8月26日のブログ参照のこと)ワトソンもゴールポストをその先(残留支持)に移した。

*4 トニー・ブレアの首相辞任への道筋を付けたクーデターについては:Resignations and threats: the plot to oust the prime minister(The Guardian, Thursday 7 September 2006)

*5 先週の党大会で自民党はEU国民投票に対する新方針を決定。自民党多数の連立政権ができた場合、再国民投票はせずに第50条(EU離脱手続き)を撤回すると決定。保守党はEUから離脱合意を得るとしつつも、強硬離脱を主張するブレグジット党(ファラージュの新党)から離脱票を守るために合意なき離脱の立場を取ることになる。自民党が極端に動いたために、再国民投票を公約する大政党では労働党だけになった。

*6 離脱投票者の大部分は保守党支持者(富裕層〜保守的中流層〜保守的労働者層)と高齢者。これだけでは過半数に満たないところを労働党支持・元支持者の労働者票が埋めたと言われている。

*7 残留支持者は、中立を守るコービンの立場は決断力に欠けて魅力がないと批判する。でも選択肢が「合意なき離脱」と「国民投票結果取り消し」の両極端になった時、そのどちらも選びたくない人は少なくないと思う。一言で説明できないから戸別訪問で売りにくいとの批判もあるが、それって、有権者の知性を見下しているんじゃない?確かにいま労働党の支持率は低迷している。あいかわらずジョンソン保守党にリードされており、自民党が「第50条撤回」を打ち出した週には、自民に抜かれて3位に落ちた世論調査さえあった。コービンの支持率はどん底だ。でも総選挙になれば、テレビが労働党を公平に報道するようになり、支持率は上向くと多くの党員は確信しており、ワタシもそう思う。

ワタシのTwitterはここ

訳しました⇒アレックス・ナンズ著『候補者ジェレミー・コービン』岩波書店(ここで一部立ち読みできます)

画像1





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?