ベンチの上のコービン本

EU残留至上主義者は、100%以外は全部NO

先週水曜日(2019年8月21日)、コービン労働党党首は2通目の書簡を野党党首(と野党下院リーダー)および、与党保守党の反ジョンソン議員数名宛に送った。これは、合意なき離脱阻止のための結集を呼びかけた14日付け書簡(詳細は前回のnote)に続くもので、夏の最後のバンクホリデイ(公休日)明けの火曜日(8月27日)に、9月3日から始まる秋の議会での戦略を合議しようと呼びかけるものだ。

1通目の書簡が送られたあと、議会第四党の自民党と、労働党・保守党を離党した議員団(チェンジのための無所属議員団)および数名の無所属議員、反ジョンソン派保守党議員から、たとえ合意なき離脱を止めるためにでも、コービンを暫定首相とする短期内閣に反対する動きがあったが、コービンは淡々と手順を踏んで話を前に進めている。2つ目の書簡を受け取った全員がミーティング参加を了承した。

仮に短期間でもコービン首相には絶対に反対と述べる自民党党首ジョー・スウィンソン(名前がまぎらわしいですが女性です)は、この間に、以下のような提案を公表した。下院最年長の男性議員である保守党のケネス・クラーク議員と、最年長女性議員である労働党のハリエット・ハーマン議員に共同で、ジョンソン内閣を不信任したあとの暫定首相をやってもらい、解散総選挙ではなく再国民投票につなぐ案である。この案にはいくつか穴がある。穴だらけと言ってもいい。

第一に、内閣不信任は公式野党(野党第一党)党首が提出する動議でなければ法的拘束力がない。スウィンソンの案によると、内閣不信任動議をコービンが提議し、議会過半数を得て可決したあとに公式野党党首及び影の内閣を排除し、別の人物を首班とする緊急内閣を組閣、この緊急内閣で議会の信任を得なければならないことになる。そもそも公式野党および影の内閣は、内閣に緊急事態が生じたときの補完システムであり、明文化されていない英国の憲法に則っているのに対し、その他の方法による内閣は憲法上の正当性に欠ける。

第二に、コービンの影の閣僚を含む労働党議員には、合意なき離脱には反対だが、同時に再国民投票にも強く反対する議員がいる。これらの議員の多くは、EU国民投票で離脱多数になったイングランド北部・中部の選挙区選出の左派議員(文末*)で、国民投票の結果を逆転させることを目的とした再国民投票は自らの選挙民に対する背信と考えているようだ。コービンを暫定首相にし、解散総選挙の機会を勝ち取るためなら、いっとき信念を曲げることもするだろうが、保守党の閣僚経験者クラーク(サッチャー、メイジャー、キャメロン内閣で財相などを歴任)や、前労働党首のエド・ミリバンド辞任後に暫定党首として福祉削減案に反対できなかったハーマンを、首相として信任するのはむずかしいのではないかと思う。(文末**)特に、再国民投票議案まで一連のセットに入っていると、その前の2つの投票にも賛同が得られないかもしれない。

第三に、スウィンソンが暫定首相に指名したケネス・クラークが、合意なき離脱を阻止するにあたって、スウィンソンが望むような手順を考えていないことがあげられる。夏期休暇で国外にいたクラークはテレビの取材に対し、休暇先から以下のように答えた。①これらの動きについては2、3本の電話で得た情報しか持ち合わせていない、②内閣不信任成立ののちに暫定首相を引き受けるのはやぶさかではないが、 EUに掛け合って離脱期限を延長し、合意なき離脱を止めたあと、EUと再交渉して関税同盟を含む新たな合意を取り付ける、③この合意案に議会過半数の支持を得られた後に解散総選挙を議会にはかる。この選挙を機に自分は引退するかもしれない。つまり、クラークを首相とする暫定内閣はコービン案より長命で(EUとの交渉次第でかなり長くなる可能性もある)、スウィンソンほか残留を目標とする議員たちが望む再国民投票はプランには入っていないのだ。

スウィンソンはクラーク暫定首相案を公表するにあたり、クラークとも話したと述べていたが、その相談が行われたのは最近のことではなさそうで、スウィンソンはクラークの考えを知らなかったのではないかとジャーナリストたちは推測している。

第四に、女王の政治的関与が問題になる可能性がある。英国では、国家元首であるエリザベス女王が首相を任命し、その首相に女王が組閣を命ずるのが習わしだ。首相は議会第一党となった党の党首と決まっているので任命は形式的なものであり、女王は憲法上の原則に従って粛々と任命し、政治に私見を挟まない。女王が公式野党党首を暫定首相に任命するのは憲法に則っているため、女王の政治不関与の原則が保たれる。これに対し、他の議員を首相に任命するには憲法上のアクロバットが必要になるかもしれない。

コービンの提案は、解散後の総選挙で、①労働党は同党がEUと交渉する離脱案を国民投票にかける、②この国民投票には残留の選択肢を含む、を公約するとしており、クラークの考えよりも、スウィンソンがこれまで述べて来た願望にずっと近い。もちろんこれは労働党政権が成立しなければ実現される可能性のない公約なので、コービン暫定政権には賛成するが、解散総選挙よりも先に再国民投票を行うべきだとする緑の党やプライドカムリ(ウェールズの左派ナショナリスト)の主張は理解できる。しかし、再国民投票案は議会で再三否決されており(ほとんど知られていないが、再国民投票を含む議案を最初に議会に提議したのはコービン自身だ)、総選挙によって再国民投票に賛同する議員を増やさない限り、議会過半数を得られる見込みはほぼゼロだ。

緑の党下院議員であるキャロライン・ルーカスは、コービン案を支持して交渉に応ずるべきだとスウィンソンに直接訴えるビデオをSNSに投稿し、スコットランド国民党(SNP)のニコラ・スタージョン党首もそれに同意するツイートを投稿した。SNPの下院議員からは、議会第三党であるSNPの見解よりも、議員数にして半分以下の自民党党首の意見ばかりをマスメディアが取り上げることに対する不満の声も上がっている。(文末***)もっともなことだ。

あくまでもEU残留を是とし、そこから一歩も動こうとしない残留至上派について、スカイニュースの政治記者は以下のように述べている。「コービンは残留派が求めていた全てを約束しているのに、どんな提案にも残留派は満足せず、ゴールポストを動かすばかりだ。もはや何に対してもYESが言えなくなっている。まるで90年代のEU懐疑派のようだ。百%でなければ許容できないという点で、合意なき離脱を求める強硬離脱派と同じだが、離脱派が、信用がおけないとの留保付きながらボリス・ジョンソンの船に乗ることにしたのに対し、残留派はコービンを、自分たちの望みを叶えるメカニズムとしてすら使うおうとしない」(大意)

こうした動きの中で、わたしが注目していることが1つある。コービンや労働党左派党員などに対する「反ユダヤ主義」の糾弾がほとんど聞かれなくなったことだ。電波媒体は、コービンにインタビューする機会があればいつでも、その時の話題に全く関係のない「労働党の反ユダヤ主義危機」についての質問ないし糾弾をはさむのが常だったが、それもなくなった。つい先日まで日替わりのようにどこかしらで声高に議論されてのに、嘘のように静まった。労働党反ユダヤ主義糾弾の先頭にいたオブザーバー紙とガーディアン紙が、留保付きとはいえ、コービン案を支持する論説を掲載し、それらの記事のどこにも反ユダヤ主義の話がない。ほとんど奇跡のようだ(やればできるじゃん)。いわゆる「労働党の反ユダヤ主義危機」については稿を改めて書くつもりでいるが、過去10日間の静けさには目を見張るものがある。

コービンの提案が合意なき離脱を止める最善の方法のように見えたとき、反ユダヤ主義は、英国のエスタブリッシュメントにとって重要な問題ではなくなったのかもしれない。あるいは、わたしにはずっとそう見えているのだが、労働党内における反ユダヤ主義は、そもそも大きな問題ではなかったのかもしれない。

2、3日前にBBCが、7月のBBCラジオの番組で、労働党の反ユダヤ主義に関して誤った情報を報じたとこっそり訂正、こっそり謝罪した。党内で反ユダヤ主義として糾弾された者の数値を、記者が「党員のたった0.6%」と述べたのが間違いだったというのだ。正しい数値は、一桁違う「0.06%」だった。党員の0.06%の関与をもって「党内に蔓延」とか「党の危機」と定義するのは、報道として正しい表現だろうか。答えは言うまでもない。

今日はここまで。

* 英国労働党に限らず、欧州の左派政党・政治家の多くはEUに懐疑的である。EUは新自由主義を推進する機関と考えられているからだ。特に、世界金融危機後にギリシャをはじめとする南欧諸国に課された厳しい緊縮策によって懐疑が目に見えるものになったからなおさらである。労働党がEU国民投票の残留支持運動を「残留して改革」で闘ったのはこのためである。

** EU国民投票における離脱投票者は、国の主権を取り戻したいと長年主張してきた保守党支持者、および、EUの規制から自由になりたいリバタリアンがその大部分を占めているが、それだけでは過半数に満たない部分を埋め、わずかな過半数超えに貢献したのが、イングランド北部中部の労働者階級の票と言われている。これら労働者たちを無知・レイシスト等と蔑むことが、残留至上主義者の間で常態化している。これに対し、左派は、サッチャーに破壊されたコミュニティの荒廃が緊縮財政でより傷を深め、なんでもいいから変えたいという切望が離脱に投票させた動機だと理解している。そのため、離脱だろうが残留だろうが、彼らの誇りを取り戻す政策が実行されない限り、「変わりたい」という願いに答えることはできないと考えている。逆に言えば、そうした政策が実行されれば、離脱に投票した労働者階級の、EUを離脱する動機(少なくとも、合意なき離脱を支持する動機)はなくなる可能性がある。

*** 議会第三党SNPの下院議員は35名。これに対し自民党は14名、うち2名は今年2月に労働党と保守党を離党した議員。この2名のうち元保守党議員はコービン案に賛同している一方、元労働党議員は絶対反対。後者とスウィンソン党首との間に確執があることが最近リークした電子メールで明らかになっており、この二人は、コービンに対する強硬姿勢を張り合っているように見える。労働・保守離党議員たちの離党後については、そのうち書くかもしれない。

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