ブライトン

労働党副党首「トム・ワトソンの失脚」未遂

労働党の年次党大会開始を翌日に控えた金曜(9月20日)夜、ウェストミンスター担当のジャーナリストたちが一斉に「労働党で内戦勃発」のニュースをツイートした。

党の最高意志決定機関である全国執行委員会(NEC)で、副党首のポスト廃止が提議され、賛成17票、反対10票で否決されたというのだ(この動議の可決には出席者の2/3の賛同が必要)。可決まで1票差。この提議は翌日午前中のNECで再度投票され、可決した場合は、全国の代表が集まる党大会で投票にかけられることも決まっていた。動議はミーティングの終了間際に、慣例に背いて事前通知なしに突然出されたもので、予定案件の議論と投票を終えたコービンは去ったあとだった。

この一件をツイートやマスメディアで報じたジャーナリストたちの言動は、コービン労働党に対する各自の見解と誰から情報を得たかにより千差万別だった。このような重大な動議をコービンが知らなかったはずがないという匿名議員の憶測から、この件を知ったコービンが激怒したという党首事務局に近い人物の証言まで彩度明度には幅があり、憶測と推測と願望と隠謀論が入り交じる、はっきり言って何でもあり状態だった。政治記者には三度のメシより旨い(?)政争の臭いを嗅ぎ付けて、アドレナリンが出まくった状態とでも言えばいいのか、鍛えられたジャーナリストの言動とは思えない感情的なものや根拠に薄いものが多かった。

結論を先に書く。

翌朝午前10時から始まったNECで、コービンは「副党首のポスト廃止」という前日の動議の撤回を求める反対動議を提議し、賛成多数で可決させた。コービンのこの動きを、毅然とした統率力を発揮して混乱を止めたと評価する人もいれば、ここまでの展開も含めて全部が仕込みであると隠謀を主張する人もいる。コービンの反対動議には、副党首のポストについて(ジェンダー平等制を含めて)再検討が必要であろうとの事項がついており、ワトソンの窮地を救ったことよりも、この付帯事項を強調する報道もあった。

基本的な情報を整理する。

NECは労働党の最高意志決定機関で、党の政策や戦略の方向性、党大会の議題などを決定する。約30〜35人で構成されており(必ずしも全員が出席するわけではないが)、内訳は党首、副党首の他に、閣僚代表、各労組代表、下院議員団代表、欧州議会議員団代表、地方議員代表、選挙区代表、党員代表などからなる。各代表はそれぞれの組織内選挙で選ばれており、党員投票で選ばれる党員代表は現在9人(*1、文末参照)。任期は2年。副党首のポスト廃止動議を出したのは党員代表枠でNECに当選したジョン・ランズマン(*2)で、そのときにはコービンも影の財相マクドネルも席を立ったあとだった。ワトソンはそもそも最初から欠席だった(*3)。

労働党は、メディアで広く伝えられているような(多くの英国民が信じ込まされているような)「スターリニスト」コービンの独裁組織ではない。党首と院内総務が協議の上で任命する影の閣僚以外の、ほぼ全部のポストが選挙で決められる民主的な組織だ。党の最高意志決定機関であるNECも、党の最高責任者である書記長(党首ではない)も選挙で選ばれる。いずれにせよ、あらゆることが議論と投票を経て決定され、党首の一存で決められることは(もしあるとしても)多くはない。

(一方で、コービンは、メディアで広く伝えられているような ((多くの英国民が信じ込まされているような))、党をまとめられずにオロオロする弱い党首でもない。NECでの争いを反対動議で凍結したことからもわかるようにやろうと思えばできることでも、強権を振るわずに話し合いでコンセンサスを得ようとするのがコービンのやり方だ。)

以上のようにNECは大きな権力をもっているが、あくまでも党内機関の一つであり、非公開の会議で否決された動議はもちろん可決したものも、党の公式ルートを通して公表される前に報道されることはまれだ。ところが、コービンが党首になって以降、しばしばNEC内部の議論がリークされ、真偽の確認もないまま(非公開の場での話なので客観的な真偽を糾しようがない)まことしやかに報道される機会があった。著しい例では、委員同士のプライベートな会話が録音されてメディアに流出し、電波媒体も含めて何週間もニュースを賑わせたこともある。党内の親コービン勢力が、反コービン勢力の破壊工作に敏感になっているのにはこうした背景がある(*4)。

副党首はトム・ワトソンだ。彼は、コービンが党首に選出された同じ2015年9月12日に副党首に選ばれた。よく知られているように、コービンは労働党内最左派の小さな議員団に属する平議員で、党首になった当時、党官僚組織内には何のコネクションもなかった。一方ワトソンは「オールド・レイバー」と定義される党右派(守旧派)に属し、策士としても有名だ(トニー・ブレアの党首((首相))失脚をお膳立てしたことは広く知られている)。ニューレイバー(特にブラウン派)に深いつながりがあり、党の官僚機構に通じ、マスメディアにも太いパイプがある。

ワトソンは副党首選中、誰が党首に選ばれても党首を支えると公約し、コービンが党首選候補になるための議員推薦(議員団の15%、当時は35人)の一部を集めるのに尽力したと伝えられていたために、コービンに投票した多くの党員が副党首選ではワトソンに票を投じた。ワトソンは副党首の就任スピーチでも「新党首を100%支えると約束する。他の人もそうして欲しい。団結こそが保守党と闘う強さになるからだ」と公約を繰り返した。

トニー・ブレアの首相時代、10年にわたって副首相((副党首))を務めたのは党左派のジョン・プレスコットだった。両者の政治的見解は大きく違ったが、プレスコットが副首相の役割を踏み越えて相違を外に見せることはなかった。ワトソンに投票したコービン支持党員たちは、ワトソンがプレスコットのように党首をサポートすることを期待していたのだろう(*5)。

ところが言明とは裏腹に、過去4年間、ワトソンはことあるごとにマスメディアに出演し、執行部の脚をすくうような発言や行動を繰り返してきた。党首の姿勢や政策に異議を申し立てる労働党議員は少なくないが、メディアに取り上げられた時、もっとも大きな影響力を持つのは「副党首」の肩書きを持つワトソンだ。労働党が修復しがたく分裂した党に見えるとすれば、その原因のかなりの部分をワトソンが担っていると言える。

執行部の姿勢に対するワトソンの介入は2019年に入ってからだけでも(大きなものだけで)3度あり、今回ランズマンが無謀な行動に出た直接のきっかけは、ブレグジットについての党政策に対するワトソンの介入が理由だと思われる。

労働党党大会の2週間前、9月11日(この日から5週間の「議会停止」が始まった)に労働組合会議(TUC)年次総会でコービンは党のブレグジット方針について演説し、労組代表から賞讃と承認を得た。①ジョンソン首相が推進する「合意なき離脱」を他党と協力して阻止し、②阻止が確認された時点で(10月末の離脱期限が延長されたら)、③(首相不信任により)総選挙を決定、④選挙公約として、労働党政権がEUと離脱合意を再交渉、この離脱合意承認と残留との二択で国民投票を実施する、というものだ。

この日の午後、トム・ワトソンは、翌日に別の会議で行う予定の自分のブレグジット政策演説をメディアに流した。①総選挙の前に、保守党の離脱合意案(議会で3度否決されたテリーザ・メイの合意案か、ボリス・ジョンソンが取り付けるとされている合意案)と、残留の二者択一による再国民投票を実施する、②その際、労働党は残留で運動する、というものだ(*6)。

労働党党首と副党首のブレグジット政策の食い違いを報ずる『BBCニューズナイト:<ブレグジット>労働党の選挙戦略は?』(2019年9月11日)

翌日、ワトソンがこの演説を行う前に、TUCで、労働党のブレグジット相キーア・スタマーが、前日にコービンが打ち立てた基本方針を踏襲する演説を行った。スタマーは中道左派(あるいは穏健派)にカテゴライズされる議員で、必ずしもコービンと政見を共有しないが、意見の対立を表立って見せることはまれだ。若い左派議員の多いコービン内閣にあって、法廷弁護士として叙勲されるほどのキャリアを持ち、メディアに安心感を与える役割を果たしている。もしワトソンの介入がなければ、党首と内閣のブレグジット政策は一致していると報道されたはずだ(あるいは、ニュースとしての面白みがないので、たいして報じられなかったかもしれない)。

出先のインタビューでワトソンとの政策の食い違いを記者から指摘されたコービンは「トムにはトムの意見があるだろうが、それは党の政策ではない」と明確に退けた。

ワトソンのこの介入が果たした効果として重要なのは、労働党のブレグジット政策に分裂があると党の内外に示すと同時に、それによるメディアの騒ぎで、コービンが再評価される機会を逸したことだ。むしろこちらの方が主目的だったのではないかとさえワタシは思う(これまでのワトソンの介入は、記憶する限り、必ず労働党の支持率が上がったときにあった)。

ジョンソン首相による議会停止公表後の9月3日に始まった正味5日間の議会で、コービンは公式野党党首として野党各党と保守党反ジョンソン派を束ね、議会投票でジョンソンを6度敗退させた。①議会の主導権を議員が握り、②合意なき離脱を違法とし、③解散総選挙の誘いを退け、④合意なき離脱を再度違法化し(法案を上院に送る前に下院で2回の投票が必要)、⑤合意なき離脱の影響を調査した文書(『オペレーション・イエローハンマー』ドキュメント)の提出を政府に義務づけ、⑥解散総選挙の誘いを再度退けた。異なる意見に耳を傾け、最善のゴールに向かって結束させるコービン流リーダーシップが最もよく表れていた1週間だった。

これでもコービン個人への評価は全く上がらず、それどころか下がっている。英国のマスメディアがどれだけ「いい仕事」をしているかが知れるというものだ。メディアの評価は今後も期待できないが、この采配でコービンは自信をつけたように見える。ワトソンのブレグジット案や、ランズマンの動議を封じ込めるタイミングが早く、メッセージが明瞭だ。

そんなわけで、副党首のポスト廃止(*7)を提議したランズマンの動機は党員の多くに理解されているはずだが、なぜ党大会前夜というタイミングを選んだかは誰の理解をも超えている。党大会では新政策が発表され、それが日曜紙の一面を飾る。多くの演説が生放送され、日曜朝のテレビ番組で党首がロングインタビューを受ける。これらの全てがランズマンの行動で「分裂した党」という雲に被われてしまった。

もし少しでも良いことがこの件から得られるとすれば、ワトソンがしばらくはおとなしくしている可能性だが、党大会の行われているブライトンに土曜午後遅くに到着したワトソンがメディアの囲み取材に答えた口調や内容からすると、望みはあまりない気がする。窮地を救った党首に対する謝意はみじんもなく、ランズマンを名指しで何度も非難し、彼が代表を務めるモメンタムも非難、党がセクト化してると言いたい放題だった。間接的に党首の顔に泥を塗ったも同然で、党の多元主義と結束を守るためのオリーブの枝がワトソンに届いた気配はほとんどない。

労働党は党大会で良いストーリーを作ることができるだろうか。

ところで、ボリス・ジョンソンが「議会停止」を決めた理由の違法性を問う最高裁での裁判が火曜日に始まった。国内最高レベルの法律家が弁論を競う3日間のヒヤリングはオンライン公開され、ちょっとした知的娯楽になった。裁判所判断は来週出る。(*8)

まとまりがないけどキリがないので、今日はここまで。表題写真は、ブライトンの党大会会場に向かうコービンと党員たち。

     *   *   *   *

*1 コービンが党首に選出された時には党員代表は3人だったが、党員急増などを背景に徐々に増加し現在9人。

*2 『候補者ジェレミー・コービン』を読んだ人には馴染みの名前だと思うけど、ランズマンはコービンの党首選を牽引するグループを率い、その後、コービン支援組織『モメンタム』を組織した。『モメンタム』は党外組織だが、メンバーは党員であることが義務づけられている(はず)。

*3 噂によれば、ワトソンは今年3月以降、NEC欠席が多く、一説には、3月の、ある会議から1度も出席していないとも言われている。3月のそのNECでは、その直前にNECでの私的な会話の録音がメディアにリークしたことを受け、NEC出席者全員がスマホやタブレットの提出を求められた。リークした録音は電話を受信した人物が行ったものだと推測されており、その人物と通話状態にしたままNECに臨席していた人物がいると考えられているようだ。そんなわけで会議中のスマホ預かりとなったのだが、ワトソンだけが提出を拒み、会議開始が30分遅れたとも言われている。もしこれが事実であるとすれば、ワタシが知っている程度のことをジャーナリストたちが知らないはずがなく、しらばっくれているのか、事実でないかのどちらかだ。

*4 NECがどのようにその力を行使するかは『候補者ジェレミー・コービン』第15章「夏のクーデター」に詳しい。これらの破壊工作が行われた時に党を率いていた書記長イアン・マクニコルが、2018年の初め頃、突然辞意を表明し、マクニコルと共に数十人の党職員も辞職した。そのすぐあとから、メディアにリークした電子メールなどを用いた労働党に対する反ユダヤ主義の糾弾が激化した。告発された党員の処分をコービンがわざと先延ばしにしていたといった非難だったが、コービンにはそういった権限はなく、この遅延もマクニコル一派の破壊工作だったと考えられている。報道によると、リークした電子メールは党の記録に残っておらず、マクニコルか退職した職員が持ち出してメディアに渡したとされている。党にあるべき原本はシュレッダーにかけて破壊されたとも言われており、かなりの量だと推測されているが、なにしろ「無い」ので、それがどれほどの量で何が書かれていたかは現書記長にも職員にもわかりようがない(と思われる)。

*5 2017年の解散総選挙で、ジョン・プレスコットはコービンの遊説(党首としての選挙運動)に何度も参加し、応援弁士として党首を励ました。計90回あったコービンの選挙集会にトム・ワトソンは一度も顔を見せなかった。

*6 ワトソンのブレグジット政策「総選挙の前に再国民投票」はどう機能するか。国民投票の前には数ヵ月(通常は6ヵ月以上)の審査期間と運動期間が必要で、その間、超少数与党になった保守党が政権を維持することになる。それだけでなく、再国民投票の一方の選択肢が保守党の離脱案である以上、労働党は「残留」で運動せざるをえない。前のブログにも書いたように、労働党が「残留」に特化すると選挙で勝つ見込みが著しく下がる。ワトソンの目的は次の選挙で労働党が負けてコービンが辞任し、自分が暫定党首としてキングメーカーになることかもしれない。

*7 「副党首のポスト廃止」動議が1票差で否決された翌朝、ワトソンはBBCラジオに出演、自分を取り除きたいなら選挙でやれと述べたらしい。副党首は選挙で選ばれているので、辞任か、議員20人の同意によるトリガーがなければ再選挙を実施できないのをわかっての発言だ。ワトソンは党員に不人気なので、投票に持ち込まれると負けるのは必至と言われている。ワトソンの力を削ぐ試みは去年の党大会でもあり、女性の副党首ポストを新しく作り、コービン派議員を選挙で選ぶ計画があったが、中道議員が選ばれる可能性を考慮して取りやめになった経緯がある。

*8 スコットランド民事最高裁(イングランドの高裁に相当)の裁定および「オペレーション・イエローハンマー」が公開された晩のチャンネル4ニュース:<ブレグジット>女王に嘘をついたとの裁判所判断をボリス・ジョンソンが否定(2019年9月12日)

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訳しました⇒アレックス・ナンズ著『候補者ジェレミー・コービン』岩波書店(ここで一部立ち読みできます)

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