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コービンの「どっちつかず」は悪いことか(「強いリーダー」とは何か)

コービン労働党党首の呼びかけで野党党首の会合がもたれて以降の展開を記録しておこうと何本か書きかけているのだけど、いつまとまるかわからず、今日は別のことを書く。テクニカルな話になる。

ブレグジットをめぐる議論は下院に議席をもつほぼ全部の政党を分裂させている。全議員が1つになっているように見えるのはスコットランド国民党(SNP)ぐらいで、他の党には何かしら意見の対立があるようだ。特に立場の違いが大きいのは最も多くの議員を抱える保守党と労働党だ。

EU国民投票は、数十年来続く保守党の派閥争いが党の外に垂れ流された公害のようなもので、離脱勝利という自損事故に発展して党外の分裂にも火が点き、いまや全国を焼き尽くす勢いだ。その火勢で連合王国の土台まで溶け始めており、元々独立機運があったスコットランドや、アイルランド共和国との統合(連合王国からの分離)という選択肢がある北アイルランドだけでなく、世論調査によれば、とうとうウェールズまで独立を望む人の割合が増えつつある。これらは、ブレグジット議論の中で急激に発言力を増して来た狭量な「リトル・イングランダー」勢力への反発によって強化されている。

労働党は(と言うか、コービンは)、国民投票からこっち、過去3年以上ずっと「どっちつかず」と非難されて来た。可能な限り残留に近いソフト離脱を主張しているので、離脱派には残留に等しいと非難され、残留派には結局は離脱支持として非難されている。投票の結果が、離脱52%、残留48%と拮抗しているのだから、どちらにも大きな不満のない、言い換えれば、誰もが何かしら不満を持つ方向性を目指すのが最も理に適うとワタシは思うのだけど、どうもそうではないらしい。これは、ワタシがコービン支持者だから彼に同意しているのではなく、投票の結果を民主的に反映したうえで、最大多数の合意を想定した最も合理的かつ実行可能な離脱方法だと心底信じるからだ(*1 文末参照)。推測だが、これを主張するのがコービンではなく、労働党中道派閥出身の党首だったらマスメディアの評価は異なり、この「穏健な」立場に同意する人がもっと多かったのではないかと思う。

コービンが、故トニー・ベンの流れを汲むEU懐疑左派議員の1人であることは広く知られており、残留派はこれを指摘し、コービンはそもそも離脱したがっていたとか、離脱に投票したに違いないとかいった主張を展開している。確かに、もしコービンが平議員だったら、国民投票で左派の立場から離脱運動を展開した可能性がないとは言えない(*2)。しかし、実際のところ、党首としてのコービンがこの「どっちつかず」の立場を守り続けている背景にあるのは、もっと実務的な労働党独自の事情だ。

国民投票直後に実施された世論調査によると、国民投票の直近総選挙(2015年)で労働党に投票した人のうち65%が残留に投票し、離脱に投票したのは35%となっている。労働党は国民投票運動を「残留して改革」を旗印に展開したので、党の運動はまずまず成功したと言っていいだろう。

党員に絞ると、残留投票者の割合はさらに上がり、現役議員のほとんども残留に投票した。では、その議員たちの選挙区はどうだろう。

国民投票は一人一票の有効投票を全て合算して結果を出す。これに対し、完全小選挙区制の下院総選挙は選挙区ごとに集計し、1位の候補者(政党)のみが勝利を得る。この根本的に集計方法が異なる二つの投票結果を組み合わせて、国民投票の集計を選挙区ごとに割り当てると、全国650選挙区の65%が離脱過半数に、35%が残留過半数になると推計されている(*3)。これを、2015年総選挙での獲得議席にあてはめると、労働党議員は148人が離脱過半数選挙区の選出、84人が残留選挙区の選出になるという。

記憶によれば(資料のリンクが見つけられないのだけど)、離脱多数選挙区ランクのトップ30位のうち約20選挙区と、残留多数選挙区ランクのトップ30位のうち約20選挙区が、労働党現職議員の議席だ。労働党議員は、強力に離脱を支持する選挙民と強力に残留を支持する選挙民の、双方の選挙区から選出されていることになる(労働党投票者が、必ずしも離脱に投票したとは限らないが)。

他党にはここまで大きな捻れは見られない(*4)。

労働党が、国民投票の結果を無視して残留を強く打ち出した場合、そもそも直近の選挙で他党に投票した人だけでなく、労働党投票者のうち離脱に投票した35%を遠ざける可能性が高まる。それだけでなく、次の総選挙で議席を増やすには、保守党が保持する離脱多数の多くの接戦選挙区で勝つ必要もある。

これが、党首としてのコービンが「どっちつかず」の姿勢を取り続けている大きな理由だ。党議員団の保持と拡大に責任を負う党首として当然の選択と言える。

この労働党投票者と労働党議員の選挙区との捻れは、党首の議会運営に興味深い影響を及ぼしている。労働党議員団のうち党首と敵対するニューレイバー(ブレア派、ブラウン派)の有力議員が、離脱過半数選挙区から選挙されているケースが少なくないのだ。例えば、ガーディアン紙が党首に推すイヴェット・クーパー議員(コービンが党首に選出された2015年党首選で3位)の選挙区は約70%が離脱に投票しており、離脱多数選挙区の上から27番目に位置づけている。

これはニューレイバー時代の党執行部による中央集権的な運営に理由がある。同派閥が推すエリート候補者を労働党の絶対安全区に落下傘させ、比較的ラクに当選させることで派閥を強化させていったのだ。これらエリートたちは、しばしば議員の顧問など議会に関連する職を経て候補者に選出されており、地方議員など現場での政治経験がない場合が多い(地元選挙区党員が選んだ地元に密着する候補が中央からの一声で退けられたケースも少なくないという)。この方法は、同時に、選挙民と議員の解離を生み、EU残留を支持する議員が、離脱を希求する自分の選挙民の動向を測り損ねた原因にもなっている。

コービンにとり、これは幸いし、本来なら彼の「どっちつかず」の姿勢を批判する先頭に立っていたであろう有力議員たちと、少なくとも表面的には協力関係を保つことに貢献している(*5)。

こういった実務的な理由の他に、コービンはもっと根本的な理由で、党の内外からいくら非難されようとも「どっちつかず」の姿勢を守っているように見える。これは、彼が、しばしば描写されるような「唯我独尊の独裁者」ではなく、反対者の説得と、良い結果を得るためには妥協も厭わない、きわめて民主的かつ合理的な「コンセンサス政治」を運営するタイプのリーダーであることと関係している。2017年総選挙のテレビ出演でコービンは、元BBCパーソナリティのジェレミー・パックスマンにこんな指摘をされた。若い頃から核兵器廃絶を目指してきたのにマニフェストにはそれがない、諦めたのか。これに対しコービンは、諦めたわけではなく、これから時間をかけて党を説得するつもりだと答えている。

5月のEU議会選前の演説で、コービンは、残留を強く打ち出すべきだとの圧力に屈せず、「民主社会主義者として、離脱か残留かの一方を選び、一方を退けることはできない」とし、国民の分裂は「離脱支持か残留支持かではなく、少数と多数の間にある」と改めて定義し直した。そして、離脱・残留で大きく分裂した国民を再び1つにする「ヒーリング・プロセス」として、離脱合意の承認を国民投票にかけることを示唆した(*6)。

深く分裂した国の繕いや癒しには時間と忍耐が必要であり、リーダーに求められるのは知恵と柔軟性だ。コービンのリーダーシップはこうしたものだとワタシは思う。コービンは優柔不断だから「どっちつかず」だったのではなく、その立場を取り続けることを決断していた、というのがワタシの見解だ。「リーダーシップ」を見た目の強さと同一視する人の支持を得られるか否かは、また別の話になるが。

今日はここまで。

*1 これについては、ジャーナリストの小林恭子さんによるインタビューで以下のように話した。「国民投票で離脱に決まってしまったので、民主主義のルールを維持し守るためには離脱しないという選択肢はないと私は考えており、労働党執行部は、限りなく残留に近い、一番ダメージが少ない離脱をしようと言っているわけで、全然おかしくないはずです。それにもかかわらず、BBCも含めて、メディアは『コービンは立場をはっきりさせない(離脱か残留かのどちらかを選ばない)』と報道します。でも、はっきりさせようがないんじゃないでしょうか。ブレグジットを決めた国民投票(2016年)は、48%が残留を、52%が離脱を選択したのですから」

*2 ノートの別エントリの文末註を繰り返すと「英国労働党に限らず、欧州の左派政党・政治家の多くはEUに懐疑的である。EUは新自由主義を推進する機関と考えられているからだ。特に、世界金融危機後にギリシャをはじめとする南欧諸国に課された厳しい緊縮策によって懐疑が目に見えるものになったからなおさらである。労働党がEU国民投票の残留支持運動を『残留して改革』で闘ったのはこのためである」

*3 国民投票の結果(離脱52%、残留48%)と差があるのは残留投票者が都市部に多く、下院選挙における一票の格差(都市部の1票より農村部の1票の方が重い)が反映されているためと思われる。国民投票の結果詳細は選挙管理委員会の当該頁を参照のこと。

*4 例えば、スコットランド国民党(SNP)投票者が残留に投票した割合は、労働党投票者とほぼ同じである。スコットランド全体では62%が残留に投票、38%が離脱に投票し、SNP投票者の割合に近いが、これを選挙区別にあてはめると、スコットランドの全選挙区が残留過半数になる。これらの事情により、SNPは何の遠慮もなく残留支持を強く打出すことが可能になっている。

*5 労働党議員の多くと、党関係有力者の一部は「残留」支持運動をコービン追い落としの手段に使っている。コービンが圧力に負けて残留支持に軸足を移すと、次の総選挙でかなりの議席を失う可能性が高いからだ。自党の敗退を目的にするなんて狂気の沙汰だと思うかもしれないが、労働党反コービン派は、コービンが党首に選ばれた2015年以降、様々な方法でずっとこれを続けている。

*6 ワタシ自身は再国民投票には反対だ。一度投票で決まった結果を形にしないうちに、再度投票にかけて逆転させるようなことをすれば、投票によるデモクラシーの仕組みが根本的に損なわれると考えているからだ(残留を支持しているが、デモクラシーの仕組みを守ることの方がより重大だ)。ただし、コービンが提案したヒーリングとしての「合意案のコンファメーション」投票はあっても良いと思う。この場合、本来なら「合意ある離脱」と「合意なき離脱」の間で投票が行われるべきであり、コービンが再国民投票の選択肢を「合意ある離脱」と「残留」にしたのは党員への譲歩かもしれない。とは言え、コービンはテリーザ・メイ前首相にもボリス・ジョンソン現首相にも、リスクの高い「合意なき離脱」を選択肢から外すように継続して主張してきており、再国民投票の実施を決断した時点で、投票は「信頼に足る合意ある離脱」と「残留」の間での選択に決まっていたと考えた方が合理的かもしれない。

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訳しました⇒アレックス・ナンズ著『候補者ジェレミー・コービン』岩波書店(ここで一部立ち読みできます)

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