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りんごジュース中の無機ヒ素ー米国FDAのアクションレベルー

2023年6月1日に米国FDAはリンゴジュース中の無機ヒ素濃度のアクションレベルを10 ppb(μg/kg)に設定した。

米国FDAは、食品からの環境汚染物質のばく露量を減らすため「Closer to Zero Action plan(ゼロに近づける行動計画)」を実行している。乳幼児は感受性が高い(=体重当たりの摂取量が多い)ことから、乳幼児がよく食べる食品が優先的に考慮される。環境汚染物質としてはヒ素、鉛、カドミウム、水銀が対象とされる。今回はその一環として、リンゴジュース中の無機ヒ素についてアクションレベルが設定された。

アクションレベルとは、汚染物質が一定の水準で含まれてしまうことが避けられない場合に、その量を減らすための規制措置の一つ。アクションレベルは基準値ではなく法的拘束力はない。食品製造事業者に無機ヒ素濃度を10 ppbより低くするための自主管理を促すものである。
農薬や食品添加物のように意図的に食品に使用する物質は量のコントロールが容易だが、環境汚染物質のように非意図的に食品に含まれる物質は量のコントロールが困難である。このような事情に照らして事業者の自主管理としているのだろう。

アクションレベルが10 ppbに設定された根拠は「近年リンゴジュース中の無機ヒ素濃度は低減傾向にあり、3~5 ppb未満のサンプルの数が増えたが、10 ppbを超えるサンプルも見受けられたから」というものである。事業者の自主管理として実行可能な水準で設定されたものであり、10 ppbを下回れば安全ということを意味していない。
なお、無機ヒ素の毒性には不明な点も多く、安全量(人が一生涯にわたって摂取しても健康に悪影響を及ぼすおそれのない量。この業界ではHealth Based Guidance Value (HBGV)と言っている。)は設定できていない(※)。故に、可能な範囲でできるだけ減らしましょうということになる。

※2011年に国際的なリスク評価機関(JECFA)は従来の安全量は保護的ではないとして取り下げている。ちなみに、日本では2017年に食品安全委員会がリスク評価を実施したが、安全量の設定には至っていない。知見に不確実性があることを前提に推定ばく露量と無毒性量(NOAEL)等を比較しているが、これらの値は近い。よって、リスク低減方策に関する研究等が必要としている状況である。

米国のアクションレベルは10 ppbに設定されたが、国産リンゴジュース中の無機ヒ素濃度はどの程度の水準だろうか。結論としてはおそらく10 ppbよりも大部分が低いと想定される。

国産リンゴジュース中の無機ヒ素濃度に関する情報は見受けられないが、リンゴ中の総ヒ素濃度の情報はある。農林水産省の実態調査結果から以下の情報が得られる。

りんご、総ヒ素(n数:99、LOQ:0.01 mg/kg)
範囲:< 0.01~0.03 mg/kg
平均:0.004 mg/kg

食品に含まれるヒ素の実態調査:農林水産省 (maff.go.jp)

最大0.03 mg/kg、平均0.004 mg/kgであり、これらは単位換算すると30 ppb、4 ppbである。蘊蓄は以下のとおりだが、要するに無機ヒ素濃度としてはアクションレベルの10 ppbよりも低い水準にあると考察される。

  1. 総ヒ素濃度の結果なので、無機ヒ素濃度ではない。無機ヒ素は総ヒ素の一部なので、これらの結果よりも濃度が低いと考えられる。

  2. リンゴの結果なので、リンゴジュースの結果ではない。製造工程での濃縮係数は不明であるが、ストレート果汁ジュースの場合は圧搾したものをそのまま使う。濃縮還元ジュースの場合は希釈して概ね元の濃度に戻す。したがって、果実中の濃度とジュース中の濃度はそれほど大きく異ならないと考えられる。

  3. 濃度分布の詳細は不明だが、濃度範囲に照らして平均値が小さいので、単峰性分布だとすると分布の山は左側(濃度が低い側)に寄る。この場合、最頻値は平均値(4 ppb)よりも低いことから、多くの場合は相当程度濃度が低いと推定される。

データギャップを埋めたい気持ちも起こるが、いずれにしても飲用を避けるようなものではないだろう。

畢竟、美味しくいただくに如かずである。

参考文献

  1. FDA Issues Final Guidance to Industry on Action Level for Inorganic Arsenic in Apple Juice | FDA

  2. WHO | JECFA

  3. 評価書詳細 (fsc.go.jp)

  4. 食品に含まれるヒ素の実態調査:農林水産省 (maff.go.jp)

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