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加齢礼賛

歳をとるのが楽しみだ。
私はいま34歳。
楽しんで輝いている50代以上の人を見ると、子どもみたいだが私も早くそのくらい大人になりたいと思う。
まあ気づいたらすぐだろうけど🤭

正直にいえば不安もある。
それは主に健康やお金のこと。
でもやっぱり楽しみの方が大きい。


人間、歳を経た方が成熟して魅力的だと思う。
それは男でも女でも当てはまる。
楽しいとこも悲しいとことも愛しさも憎しみも諦めもいろんなことを経験して人として深みがでる。
それは知性が深まり、寛容で包容力が増すということだ。
私は若さ信仰のようなものが好きではない。


もちろん若いうちの溌剌とした爽やかさには価値がある。

性格が明るくても静かでも、どんな性格であれ若いうちの張りというのはあるものだ。
それに私はどうしても拭えない自意識のもだもだした感じが好きなのだが、あれは若さの味わいだと思う。
確かにそればかりは若いうちにしかないもので、それはそれとして価値がある。


私はアンチエイジングという言葉にも違和感を感じる。
年相応に健康的でいるだけで充分に魅力的だと思う。
その言葉には老いることへの嫌悪を刷り込みかねない危険性があると思う。
歳をとることを嫌悪すると、それは後々嫌でも歳をとっていく自分への憎しみになりはしないだろうか。
それに、自分より早く歳をとっていく人、道ゆく人や自分の親、の老いを見たくないもの、嫌悪するものとして感じかねないと思うのだ。


そういう意味では、加齢礼賛とでも言おうか、歳をとることをポジティブにとらえていきたいものだ。

恋愛関係でも、歳をとってからの恋愛は憧れる。
お互いそれなりに人生経験もあり、諦めや切なさや矛盾やいろいろなものを内包しながらそれでも惹かれ合う。
ロマンしかない。
これはイメージでしかないが、日本では歳をとってからのロマンスが少ない気がする。
知らないだけで意外とそうでもないのか?
噂に聞くフランスのように、どれだけ歳をとっても恋する人がいて欲しい。
その方が私も自分の将来が楽しみだし、見ていても楽しい。


歳をとると、自分のことがよりわかり、生きやすくなる
と思う。
少なくとも34歳の私はこの10年で劇的に生きやすくなった。
なので、この先30年40年とどんどん経つに従いどれほど生きやすくなっていくのかと楽しみだ。
そして、それはその分楽しむ余裕が生まれるということに繋がる。
自分を楽しんでいる人は素敵だ。
私もそんな風に歳をとっていきたい。


書く習慣1ヶ月チャレンジ中。
22日目の今日はのお題は「自分があまり賛成できない常識」

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