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故郷、宇和島市について

 早くここから抜け出したい。
 それが生まれてから、愛媛県宇和島市で過ごした18年間の気持ちだった。
 多くの同級生たちが、生まれた街で就職して、友達の友達と結婚する。
 アマゾンもネットフリックスもなかった約20年前、書店のラインナップはどこも似たようなもんで、毎回注文しなければいけなかった。国書刊行会の本ばかり注文しにくる中学生として、いつも眼鏡のオジサン店員さんが身構えていたのを覚えている。
 とにかく、選択肢が狭くて、街のレンタルビデオ屋に行くと、同級生と最新作の争奪戦を繰り広げることになる。街に映画館は二つあったが、僕が街を出る頃にはどちらも潰れてしまった。

 大学進学の為に、関西行きの電車に乗った時、僕は解放感で叫び出しそうだった。
 「やったぜ!このど田舎から解放される!」

 それから僕は、祖父たちが死んだ時以外は実家に帰らずに、約9年間、宇和島市に帰らなかった。

 関西に出ている間にアイドル文化にのめり込んで行った。愛知県の栄にあるSKE48が大好きだ。初めてコンサートで名古屋に行って、地下鉄で栄の街に着いて、8番出口を出た時の高揚感は未だに覚えている。
 おそらく、SKE48というものを好きにならなければ、この栄という街に来ることは一生無かったと思う。更に、SKE48の曲で「羽豆岬」という曲がある。
 これは愛知県の南端に位置する岬で、僕は人生に行きづまった時、新幹線に乗って、この場所の夕陽を見てチルアウトしながら、これからどうしようかぼんやりと考える。
 岬に着くまでの電車からの車窓は、僕が生まれた街とそんなに変わらないけれど、何か特別な感じがした。

 瀬戸内を中心に活躍するSTU48というグループが出来た。
 船に劇場を搭載したという新しいコンセプトのグループで、街ではなくてエリアに拠点を広げるというのは当時、かなり驚いた。
 何がきっかけだったか忘れたが、その中に愛媛県宇和島市出身のメンバーがいることを知った。
 兵頭葵さんだった。


 後に中村舞さんも宇和島市出身だと知る。
 えっ、ついに48グループにわが町出身のアイドルが出てきたの、という驚きと微かな喜びがあった。
 数年前に、同じく愛媛県宇和島市出身の長月翠さんが「ラストアイドル」でデビューしているが、自分の知っているグループからの登場にかなり戸惑ったが、今回はそれ以上だった。あんなとこから、アイドルが出てくるなんて。

 2018年の終わりごろ、僕は新卒から働き続けた会社を辞めた。 
 次の仕事の宛もなく、暇だったので、ブログを始めた。
「ぶらぶらしていても仕方ないから、3日ぐらいで良いから戻って来なさい」と母に言われた。
 奈良から京都に出て、新幹線で岡山まで行き、そこからJR四国線に乗り換えて、宇和島まで帰る。この時間が死ぬほど長い、6時間ぐらいだろうか?
 その間に読書をしたり車窓を見たりするのだが、まあ、長い。
 暇を潰すコンテンツは様々にあるが、同じ姿勢でずっといるのがなかなかの辛いのだ。

 そして、宇和島市に着くと、運転免許を持っていない僕は、迎えに来た父の車に乗る。のんびりとしたスピードで夜の故郷を走りながら、街の変わりように驚く。昔はやっていた店がどんどん空き地になり、新しいチェーン店が増えている。どちらが良いというわけではないが、この街の人達は、この選択肢の中から選ぶことになるんだな、と思った。

 翌朝、家に居づらいので、宇和島の街をぶらぶらと歩くことにした。
 学生の頃は、自転車で遠くの街まで行っていたが、オジサンの足でぶらぶら歩くと、見えてくるものも変わる。
 自分はこんなにスマホで写真を撮る人間だったっけ、というぐらい写真を撮った。


 

 歩きながら、「そういえば、修学旅行で行った街って、THE観光地ってとこ以外は、特に面白さが分からなかったなあ」ということを考えた。
 面白がるアンテナが鈍かったのかも知れない。
 ライムスターのマミーDさんが、今年の「キングオブステージ」のオーディオコメンタリーで、「全国を回って、地元のファンの子たちに『うちの地元って何もないでしょ?』ってよく言われるけど、お前らが知らないだけだろ!」と言っていたのを思い出した。

 

 それから3日経って、また、関西に戻った。
 別に、「宇和島最高!」みたいな気持ちには全くなっていない。
 ただ、なんとなく自分の中の思い出地図を更新できただけだ。

 ブログの宣伝の為に、Twitterをしている。
 兵頭葵さんのファンの方がよく情報を発信してらっしゃり、ただでさえ、情報の取得が下手な僕は物凄く助けられている。
 ある兵頭さんファンの方が、宇和島までの旅をどんどんツイートしていた。一緒に旅をしているようでワクワクしたし、見覚えのある景色が写真に入った時は、あっ、今そこに居るんですね、という謎の同期感があった。
 また、別のファンの方は宇和島市の名物である「鯛めし」を食べたよ、ということをツイートしていた。僕は魚介類がほとんど食べられないので、「鯛めし」も勿論食べられないが、じゃこ天だけは食べられた。だから、その人に「次は宇和島市のじゃこ天も食べてみて!特に和霊祭りの時に一番入り口のとこに出してる店のじゃこ天は、マジで神!」と、普段は使わないような雑な形容詞で説明したくなる思いがある。
 更に、ある人はいつか行ってみたいな、ということをツイートしていた。いつか、行ってみてください。いや、STU48のイベントやコンサートがあったら、もっと多くの人が来るかも、じゃあどうしたらいいんだろう、時間消費を楽しめる仕掛けはないか。それから2時間ぐらい考えることもある。

 これはいったい、何だろうと考えた。

 住むのと観光するという違いもあるんだろうが、何か別のものがある気がした。
 それは、「自分の好きなアイドルの出身地」という「文脈」が街に一つ乗っているからではないだろうか?
 先ほど、書いた栄に行った時の僕の高揚感もおそらくそれだと思う。
 だとしたら、兵頭葵さんが街に一つ「文脈」を乗せてくれた。
 これは本当に凄いことだと思う。
 更に、悔しいが、時々彼女が地元のトークをする時に、「あっ、それ超分かる!」と共感している自分もいる。応援する理由が同じ地元という時点で物理的に故郷から離れても、精神的には全く離れられていないことを認識した。
 宇和島市に帰った時にちょろっと寄った伊達博物館に兵頭さんを含めたSTU48メンバーのサインを見つけた時は、「おっ、ラッキー」と思ったのも覚えている。


 今、僕が住んでいる奈良県は、海がない。
 だから、羽豆岬に行くたびに、物凄く嬉しくなるし、どこかで懐かしさを感じる。そういえば、兵頭さんが所属するSTU48の中で「勝手に!四国観光大使」というユニットの曲で「海の色を知っているか?」という曲があった。
 この曲を聴く度に、あの海の色を無性に見たくなる。

 
 愛媛県宇和島市という街についた「故郷」という「文脈」は一生剥がれない。別に困ることもない。でも、「推しの出身地」という別の「文脈」が塗られた。次にどんな意味や文脈を僕が塗れるか分からない、でも、もし、次に帰ったり、滞在したり、住むことがあるとすれば、それを見つけたいと思っている。

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