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おすすめの本「アイドル失格」

はじめに


 毎日を空虚に感じる時、心が傷ついた時、人は何を拠り所にするんでしょう?
 人によっては、芸術かもしれません。
 人によっては、食事かもしれません。
 そして、人によってはアイドルかも知れません。
 じゃあ、その拠り所にされる側のアイドルは?

 NMB48の安部若菜さんが執筆した「アイドル失格」は、我々の想像力のリーチを広げてくれる素晴らしい作品です。

【ここからはネタバレ全開で書きます】

冷たい世界の僕と熱い世界の私


 まず、率直な感情を一言で書くと「冷たい世界にいた自分」と「暑い世界に生きていた自分」が出会ってしまったら、という物語だと思います。
 ダブル主人公の一人、ケイタはとても冷たさの中にいます。
 冒頭の大学の教室のドアの冷たさに安心感を覚え、出て行く時に温かくなったドアに不快感を覚える(勿論、誰かが触った不快感も含みます)ところから、我々に示されています。
 もう読んで済んだ方は終始、彼が冷たいものを飲んだり、冷房が効きすぎたDVDのお店で働いたりしていることを思い出していただきたいです。
 それに対して、もう一人の主人公である実々花は、温かい飲み物を飲んだり、温かい空間にいることが描かれます。そして、冷房のせいで彼女の気分が乱れてしまうことも描かれます。
 この作品を読んでいて初めに感じたのが、この対比です。
 春夏で恋をして秋冬で去っていく構成も見事だと思います(二人セゾン風)。
 おそらく応援する側のケイタは、実々花を見つけることで冷たい世界から熱気の世界に導かれ、実々花は温かい世界に居ながら心の中の冷たさと折り合いを付けられないまま、日々を過ごしています。

SNSという場

 

 皆さんは、SNSを何かしていますか?
 この作品ではTwitterが登場しますが、ケイタが自分の日々の愚痴やイベントの高揚という内面をどんどん吐露していくタイプなのに対し、実々花は自分というアイドルの広報宣伝の為にSNSを使います。
 本音と建て前というと単純な図式ですが、SNSの使い方の違いもこの作品の面白さだと思います。実々花がタイトルのツイートと内面が非常に乖離しているのに対して、ケイタはわりとストレートですよね。
 しかし、このストレートなケイタの内面は、実々花の内面の部分と共鳴して、二人を引き合わせて行くことになります。


「好き」という言葉の違い


 この作品で登場する言葉の中で一番印象的だったのが、「好き」という言葉の差です。アイドルとファンの間で交わす「好き」と、肩書きが外れた等身大の二人が交わす「好き」という言葉の違いを描いたところが非常に面白かったです。それは二人が会うようになってからも変わりません。そのせいで、ケイタの気持ちが乱れていくのも良かったです。
 絶対に距離感が詰まらないからこそ、気軽に言える言葉があるんだなあ、としみじみ感じました。同じく、普段は握手している手と手が微かにしか触れ合えないという緊張感も良かったです。
 この関係の変化を生んだものは何かと考えて行くと、実々花の変化です。
 日々の他のメンバーとの温度差、なりたかった自分との違い、そして、とどめとなる総選挙のようなイベント。人気が急落した原因を実々花は「本気を出すのが怖い自分」に求めます。
 じゃあ、本気とは何なのか?
 「好き」という感情こそが、彼女の本気に少しずつ変わっていく過程が面白かったです。

Don't look back


 やがて、実々花の恋愛の発覚により、二人の関係は離れて行くことになります。
 この離れるところの会話から二人がやりたいことを見つけていく展開が非常に素晴らしかったです。なってみようと思っていた「大学生」や「アイドル」になってみても、そこには残念ながら、自分が本気で向き合いたかったものはありませんでした。ケイタにとっての森田や実々花にとっての萌が、ちょうど自分と比較する対象として描かれていましたね。
 ここから、お互いが次の進路に進んでいく終わり方は、希望を感じる終わり方でした。そして、ケイタのツイートについて一つの「いいね」も
 もう会えないけれど、二人が繋がっている感じが僕は好きでした。

20年代の恋愛禁止


 奇しくもこの作品が発売された時に、AKB48の岡田奈々さんの恋愛が発覚しました。アイドルとしての彼女が選んだキャラクターと、一人の女性である岡田奈々さんの行動の乖離のせいで、怒りや悲しみ、戸惑いがSNS上で渦巻きました。
 この作品を通して、僕が今感じているのは、「どうしてかな、何があったのかな」という知りたい気持ちです。ひょっとしたら、今の48グループが抱えているぼんやりとした不安のせいかも知れませんし、もっと別の何かかも知れません。それを知ることで。彼女や他のアイドルたちのアイドルとしての時間がもっと増えたり、豊かになったりしてほしいな、と感じています。
 

難波にいた才能


 この作品が出るまで安部若菜さんのことを存じ上げなかったんですが、凄く才能に惹かれました。インタビューを読むとこの出版も自分でチャンスを掴みにいったそうで、実は僕のSKE48に居た推しも文章力があった人だったので( 五十嵐早香という名前です )、こういう形で本に出来たのが本当に羨ましいし、尊敬します。空間の描き方がうまいし、照明があたるところに居る時の自分と居ない時の自分の配置の仕方など、挙げていったらキリがありません。

 1作目は自分に近いところの作品でしたが、2作目がどんなものになるのか、今から楽しみです。
 


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