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【忘却度80%】日本の天文学の百年
2015年1月5日。
この前年に「ハレー彗星フィーバー」「ハレー彗星」「ハレー彗星がやってくる!」と、ハレー彗星勉強をしてましたけど、(タイムトラベル恋愛小説も書き終わって)、いよいよハレー彗星小説に取りかかります。
この前日には偶然にも、カール・セーガン原作の映画「コンタクト」をテレビでやってたりして、やはり「小説執筆時の偶然」だなあと思いつつの、届いた本書。
![](https://assets.st-note.com/img/1676590745166-RnAHB4BAQg.jpg)
<ネットで調べてみる>
これ大判で分厚いんです。値段も高かった。
でもこの「100年」の中での私の目当ては、ハレー彗星が前々回に接近した1910年当時のことだけでした。
いまは三鷹にある東京天文台ですが、1910年当時は港区のど真ん中、飯倉にありました。ロシア大使館の脇の細い道を行ったつきあたり、跡地はいま「日本経緯度原点」というプレートが置かれています。
![](https://assets.st-note.com/img/1676590788429-X6drimFwh5.jpg?width=1200)
本書だけでなく、本当に資料が少ないんですけど、当時の東京天文台の施設や働いていた人たちのことを、めちゃくちゃ調べました。
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