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江戸時代から続く栃木県最古の酒蔵 開華を繋ぐ人たち

 名水百選にも選ばれた出流原弁天池をもつ佐野市。佐野市の水道は石灰岩層を通ってきた地下水が利用されてきました。首都圏において、佐野市で採水されたお水が販売されていることをご存じの方もいるかもしれません。
 そんな水に恵まれた町、佐野市には、江戸時代から続く酒蔵があります。今回は栃木県最古と言われる酒蔵、第一酒造株式会社 会長の島田嘉内さんと大髙八三郎さんにお話を伺いました。お酒が好きな人も歴史が好きな人も、甘党さんも楽しめる酒蔵の楽しみ方をシェアしたいと思います!

(左)第一酒造会長の島田嘉内さん と (右)社員の大髙八三郎さん

300年以上の歴史ある酒蔵母屋

 佐野市の南西に位置する第一酒造。門構えから重厚で伝統を感じます。1673年(延宝元年)嘉内さんのご先祖である島田久左衛門さんが創業し、お酒造りを始めました。1500坪の敷地には文化財に指定されている建物が6棟あります。

築150年超の島田家住宅主屋


 まずは年に数回しか開放されない酒蔵母屋を嘉内さんに案内していただきました。酒蔵母屋は、「島田家住宅主屋(しゅおく)」という名称で国の登録有形文化財に登録されています。建物は木造2階建て築150年を超える建築です。150年前というと、ちょうど大政奉還が行われ、江戸時代の終わり~明治時代になります。その時代に2階建てが建てられる技術や予算があることにびっくりしました。母屋は酒蔵で働いていた人たちが暮らしていたそうです。歴史が積み重なった酒蔵母屋は一般の方も「酒蔵茶屋」というイベント開催時に入ることができます。気になる方は第一酒造のSNSをフォローするとよさそうですよ。


気持ちの良い日差しが入る広間


 お部屋に入ると趣深い広間です。右手には骨董品が並び、左手にはこちらも江戸時代に作られた庭園と、ぜいたくな空間が広がります。ご先祖様は掛け軸を集めるのが好きで、「当時は絵師を江戸から呼んで、絵を書いてもらうのが当たり前だったんだよ。」と嘉内さん。南画のようなのんびりとした風景を模した掛け軸だけでなく、骨董品にも目が奪われます。お行儀よく並んでいる作品と空間の調和はついついシャッターを押す手が止まらなくなります。

まるで美術館のような美術品の数々


 東日本大震災で梁(はり)が少しずれてしまいましたが、これまでの天災ではびくともしなかったそうです。建築当時からほぼ形を変えていない日本庭園や、レトロな窓の鍵など、ノスタルジックな雰囲気満点です。外国からの見学者からも多く受け入れており、こちらを見に行くだけでも価値のある名建築でした!

一生ここにいたい・・・と思うほど素敵な母屋でした

自然の恵みと人の手の両輪で完成する開華

第一酒造のはじまり

 ここからは第一酒造について伺っていきます。戦国時代までは武士の家系だったそうですが、江戸時代の1673年に島田久左衛門さんによって本格的に酒造りがスタートしました。それ以前はお酒が自由に作れたそうですが、この時期から免許制になり、「酒造株」と呼ばれる営業権が交付されました。お米が年貢として幕府に納められたことは歴史の授業で習いましたね。お米はお酒の原料です。だから幕府は酒蔵でのお米の流通や製造量を把握したり、コントロールすることが必要だったようです。実際に酒税によって明治政府を助けていた歴史があるそうです。

明治時代の第一酒造。この時のブランドは開化、のちに開華となる。

開華を作る3つの要素

 いよいよお酒造りの現場を見学!ここからは第一酒造の大髙八三郎さんに案内役をお願いしました。 第一酒造で作られているお酒は「開華」というブランドで製造されています。開華の特長は3つあります。

  1. 清らかな水

  2. 米作りからの一貫製造

  3. 杜氏や蔵人の確かな技術

自然の恵みと長年培われていた人の力の両輪で酒造りが行われてきたのですね。

お酒づくりに適した理想のお水

 佐野市は石灰岩やドロマイトが豊富に採掘され、その地中で自然にろ過されたお水が当たり前のように使われています。 もちろん開華もきれいな地元の水が仕込み水として用いられています。酒造りの材料としてだけではなく、洗米から道具の洗浄等もすべてこの井戸水が利用されています。昔は水車の動力も菊沢川の水流を利用したそうです。佐野市は川の上流地域で地中に染み込んだ雨が地下に溜まりやすい地質構造と言われています。古くから人々の生活だけでなく商工業においても水によって大きく発展しました。
 お酒に話を戻します。お酒の成分の80%はお水なんだそうです。そのくらいお水はお酒の味を左右者だとは知りませんでした。開華のお水は硬度108ですので、軽度の軟水という分類です。この硬度はお酒造りには理想的なお水なんだそう。開華の柔らかな旨みは佐野のお水がいい仕事をしているんですね!

原点の米作り

 第一酒造の敷地内に水田があることは今回見学してびっくりしたことのひとつです。創業時は農家だった島田家。現在も自社水田で酒米を育てています。お酒の種類によってさまざまな品種のお米をブレンドしているそうですが、純米酒には自社水田で収穫された原料米「あさひの夢」と酒米「ひとごこち」が使われています。

精米機を案内してくれる大髙さん

 まずお米(玄米)は精米機にかけられます。日本酒には「吟醸」や「純米大吟醸」などさまざまな種類がありますが、精米歩合によって呼び方が変わります。例えば開華の大吟醸は100gの玄米を38gまで磨きます。

精米歩合と材料で呼び方が変わる


この精米作業、どのくらいの時間がかかると思いますか?」と大髙さん。

みなさんはどのくらいだと思いますか?


正解は50時間!

お米の中心部分は非常に柔らかく、熱を持つと乾燥して割れやすいそうです。そのため研石(といし)の回転数を下げ、ゆっくりと丁寧に磨きます。数時間程度だと予想していましたが、長い時間をかけて大切に磨いているんですね。
 削られた外側も有効活用されています。一般的には「糠(ぬか)」と呼ばれますが、外側から4種類の糠が精米機から出てきました。1番外側の「赤糠」は肥料につかわれるそうですが、ほぼお米の「上白糠」は上新粉になるそうです。味見をさせていただきましたが、ほのかに甘かったです!大好きな大福の材料なので、しばらく頭の中はいちご大福や栗大福が脳内リフレインしてしまいました。


赤糠は肥料に、上白糠は上新粉にと捨てるところがない

 いよいよ精米されたお米は洗米、蒸米の工程に移っていきますが、そこで見つけた杜氏さんのノート。お米の種類や天候によって吸水するスピードが違うことからお水の量や浸水時間など細かく調整しています。ノートは企業秘密ですが、日々の作業内容や吸水率を記録しているそうです。洗米ひとつにもこだわりを持って行われているプロ意識を垣間見ることができました。

つい雑に洗米していることを反省する丁寧な洗米記録がありました


 洗米を終えると蒸され、一部の蒸米は麹菌を生やし、2日かけて米麹が造られます。そしてこの米麹を水・酵母・蒸米を3回に分けて醪(もろみ)を仕込みます。
麹菌の力でお米の糖化と酵母菌の力でアルコール発酵が行われます。

日本酒も発酵を利用して作られる


 第一酒造ではホーローのタンクを使っているそうです。このタンクからも様々な歴史を学ぶことができました。

(左)昭和47年のタンク と (右)昭和33年のタンク を比べてわかること

 ひとつはタンクに書かれた文字。タンクを新しく作ったとき、必ず税務署のチェックが入るそうです。タンク番号の下にあるのが容量、そして検査日の記載があります。これは現代でも酒税法の申告義務で定められた決まりです。そしてもうひとつわかるのが2つのタンクの違い。写真(左)の昭和47年のタンクはなめらかな1枚板ですが、(右)の昭和33年のものは何枚も張り合わせたようなデザインです。これは戦後金属が不足していたことが時代背景にあったそうです。タンク1つでも昔の人たちの生活が伝わってきますね。

 ほんのりとヨーグルトのような発酵の香りがする貯蔵庫の隣では、真っ白なガーゼのような布が干されていました。これはお米を蒸した時に使う布ですが、仕込み水と同じお水で洗っています。「気を付けて!触れないようにね!」とお声がけいただきハッとしましたが、洗濯物とは少し距離を保って見学すると「この人、お酒のことわかっているな・・・(にやり)」となるそうです。その後熟成されたお酒は火入れ、ろ過を経て瓶詰されます。

見学されるときは一歩離れましょう!

伝統を繋いできた杜氏・蔵人たち

 お酒造りに欠かせない最後のピース「人」。第一酒造では国家資格である一級酒造技能士が3名在籍し、その人たちを中心に8名の蔵人で酒造りを行っています。さらに一級酒造技能士のうち2名は下野杜氏に認定されているそうです。

下野杜氏とは?
伝統の手造り技法で日本酒を醸すリーダーを、古来より我々酒造業界では「杜氏」と呼んでいます。 新潟県の「越後杜氏」や岩手県の「南部杜氏」などの杜氏集団が有名ですが、古来伝統の職人技術であるが故の宿命で、杜氏の高齢化による後継者不足が業界内で危惧されています。 日本伝統の文化を…下野の国(栃木県)の日本酒の素晴らしさを末永く後世に伝えていきたい…という想いから、自主的に立ち上がった地元の若い蔵人達が会社の枠を越え、お互いに切磋琢磨しながら酒造技術の向上と栃木の地酒の品質向上に日々努力しています。 そして、実技試験・利き酒試験・筆記試験・各種勉強会での講師など、栃木県産業技術センターの課す厳しいカリキュラム・試験を経て、新資格「下野杜氏」に認定されるのです。 認定者だけが受け取れる栄光の証・エンジ色の半纏(はんてん)を目指し、これからも志高い若者が続いてくれることでしょう。

栃木県酒造組合 http://sasara.lib.net/news.html

 知識も技術も経験も必要とされる下野杜氏。栃木県の酒造の皆さんが、企業や組織の垣根を超えて技術を高め合っている取組みは素晴らしいことだと思います。
 ここまでお酒造りの現場を拝見させていただき、先人たちから脈々と受け継がれてきた技術が確かにあることを感じました。
おいしいお酒の工程が確立するまでにたくさんの失敗をしてきたんだと思うよ
と教えてくれた嘉内さん。たくさんの失敗があったおかげで私たちが生きる現代においしいお酒がいただけるのですね。
そんなお酒造りのプロたちが、佐野市の清らかな水、厳選されたお米とシンクロし、おいしいお酒が造られてきたことがよくわかりました。

酒蔵内ではお酒の購入や試飲ができる

社員さん一押しのお酒は?

 江戸時代からの歴史を大切に酒造りをしてきた第一酒造。一口に日本酒と言っても、純米酒や大吟醸、最近ではスパークリングなど多種多様です。最後に大髙さんからおすすめの開華をお伺いしました。

  1. 開華 辛口旨酒

  2. 開華純米吟醸シリーズ

  3. 月替わりの量り売り酒

  1. 開華 辛口旨酒
     1番最初に出てくるおすすめはきっと高価で貴重なお酒なんだろうな、と予想していましたが、大髙さんが推したのは開華の中でお手頃な本醸造の辛口旨酒。「高いお酒がおいしくないわけない。こういった手頃なお酒もちゃんとおいしいということが、いいお酒造りだと思っているんだ」と素敵なコメントを添えていただきました。お酒造りに真摯に向き合う第一酒造さんの姿勢が表れていますね。さらに辛口旨酒はユーティリティプレーヤーでもあるそうで、冷でも燗(かん)でもおいしくいただけるのが特長だそう。

  2. 開華純米吟醸シリーズ
     次は迷いながらもすっきり系のおすすめをご紹介いただきました。精米歩合は55%。お料理との相性もいいそうでお食事と一緒にいただけるお酒とおしえていただきました。そろそろ皆さんのお口の中もお酒が飲みたいモードに入ってきたかもしれません。笑

  3. 月替わりの量り売り酒
     最後は現地に来られる方限定になりますが、第一酒造では毎月第2・第4土曜日と日曜日に月替わり量り売りイベントを開催しています。通常販売にない貯蔵用の原酒を限定数、店頭でタンクから直接瓶に詰めていただけるそうです・・!
    根強い人気のイベントとなっており、遠方からも毎月来られる方が多数いらっしゃり、開華好きの方はこちらで限定酒を楽しむそうです。通常のお酒は絞ったあとに加水するそうですが、加水をしない原酒はなかなか貴重なもの。アルコール度数も高めです。我こそは!という方はぜひお試しください。

ノンアル派も満足なラインナップ

 こんなにおすすめを伺いながら恐縮だったのですが、実は私はお酒を飲まない人間です。そんなノンアル民には「蔵人が育てて造った甘酒」と「酒かす」がおすすめです。腸活で取り入れている方も多いかもしれません。
 甘酒は蔵人が自社水田で育てたお米「あさひの夢」が原料です。麹菌の力で糖化された甘酒で、代謝を促すと言われているビタミンBなど栄養たっぷり!酒かすが入っていないタイプでどなたでも飲みやすいテイストになっています。
 酒蔵内の売店では甘酒ソフトも販売されていて、特にエスプレッソとあわせたアフォガードがおいしかったです!また酒かすは時期が限られますが寒い冬の日にかす汁にしたり、お魚を付けてかす漬けにしたりと、お料理が楽しくなりました!お酒が飲めなくても酒蔵を120%楽しんだ1日でした。

おすすめの甘酒ソフトのアフォガード。酒蔵母屋を眺めながらいただきました!

少しずつ大切に味わう

 佐野市にとどまらず、栃木県を代表する第一酒造。歴史を重ねてきた家屋や蔵は、そこに携わる人たちが大切に守ってきたものだと肌身で感じることができました。
 国立高度医療研究センターが共同で収集するバイオバンクのゲノム解析では、日本人は他の人種に比べて下戸が多いそうです。私も若いころ、お酒をたくさん飲んでは、胃腸にダメージを与えてきました。それもあってお酒と距離をあけて久しくなってしまいました。そんな私に大髙さんから
「いっぱいお酒を飲むのではなく、少量を大切に飲んだ方がおいしいし、そうすれば悪酔いすることはないのではないかな。」とアドバイスをいただきました。今は簡単にお酒が手に入る時代ですが、自然の恵みと人の手が紡いでくれた貴重なものです。私も「少量を大切に」のマインドフルネスにも通じる心持ちで地元のお酒を楽しんでみようと思います!
 ご多忙の中快く受け入れてくださった第一酒造の皆さま、ありがとうございました。

島田嘉内さんの表札とともに。本日2つ目の甘酒ソフトをぺろり。

🍶 第一酒造株式会社 栃木県佐野市田島町488
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📚参考・引用ページ及び参考文献
・SAKETIMES,日本酒の「特定名称酒」とは?【イラストで解説!ひと目で分かる日本酒】,2024/5/21閲覧
・SAKETIMES,日本酒って、どうやって造っているの?【イラストで解説!ひと目でわかる日本酒】,2024/5/21閲覧
・栃木県酒造組合,下野杜氏とは?,2024/5/21閲覧
・大髙八三郎「島田嘉内家酒造り三五〇年の歴史-その1 -徳川幕府の酒造統制と米価調節-」,2023,安蘇史談会  史談 会報第39号
・国立国際医療研究センターほか,2023/12/8,ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(NCBN) の試料を使った全ゲノムシークエンス解析


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