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彼女がいる人を好きだった5年間のこと(4)

あの日以来、ヨシダ君と仕事帰りに飲みに行くことが増えて、私たちはとても仲の良い先輩と後輩になった。

季節は秋になっていた。

ちょうどその頃、職場で大きな仕事を任されることになった。私にとっては初めての大きなプロジェクト。なんの因果だろう、サブで付いてくれることになったのは、ヨシダ君だった。

私たちは、本当に良いチームだったと思う。毎日遅くまで残業して、大変なこともたくさんあったはずなのに、自分たちで考えたことが形になる、ということが嬉しくて毎日が楽しかった。ヨシダ君は、先輩である私を立てつつ、でもきちんと自分の意見も言ってくれる。同じボートに乗って、呼吸をぴったりと合わせて、2人でオールを漕ぐ。そんな心地良さがあった。残業のあとは、夕食の代わりに、会社近くの焼き鳥屋さんに行って、1時間だけ飲んで帰る。ヨシダ君は、飲んでるときもまじめに仕事の話をしたり、かと思えば突然くだらない話をしたり、いつでもバランス感覚が良かった。

とにかく、毎日があっという間だった。充実していた。楽しくて、夜寝るときも、子供の頃の遠足の前日みたいに、早く明日にならないかなぁ、と朝が待ち遠しかった。

そして、約1ヶ月半をかけて、プロジェクトは無事に終了した。

プロジェクトをまとめたレポートを提出したその日は金曜日。言葉を交わさなくても、目を見ればヨシダ君が飲みに行きましょうと言っているのが分かった。ずっと前から約束をしていたかのように、私たちは、打ち上げに出かけた。

今日は、ちょっと良い店にしようか、と個室の居酒屋にした。プロジェクトが終わった達成感もあって、私たちはハイペースで飲んだ。ヨシダ君と一緒の仕事は本当に楽しくて、終わってしまうのが心から寂しかった。その気持ちを口にすると、もっと寂しくなってしまいそうで、その気持ちをかき消すかのように、私は明るく振る舞った。いつもは2人で飲みに行くとヨシダ君がたくさん話をしてくれるけど、この日は私の方がよくしゃべったように思う。仕事の話もひと段落して、いつの間にか、ヨシダ君の彼女の話になった。

ヨシダ君の彼女ってどんな子なんだろうなぁ。純粋に興味があった。ヨシダ君みたいに、明るくて爽やかで、真面目でまっすぐで、こんなにも眩しい人はどんな人を選ぶんだろう。私は仕事中のヨシダ君しか知らない。恋人としてのヨシダ君の顔を覗き見たくなって、彼女についての質問をした。どんな子なの?どういうところが好きなの?どんなデートをするの?

その質問を遮るように、突然、声を荒げてヨシダ君が言った。

今日は、彼女の話はやめませんか。

ちょっと前まで笑顔だったヨシダ君の、真剣な顔。今日は彼女の話じゃなくて、はるさんとの話がしたいです、とヨシダ君がまっすぐわたしの目を見ている。

心臓が止まるかと思った。

初めて、私たちが男と女であることを意識した瞬間だったと思う。今まで「先輩と後輩」で通してきた関係性がぐらっと揺れる、そんな強い口調だった。

個室の居酒屋だったから、周りには他のお客さんがいない。静かだった。ヨシダ君の言葉にどう返していいか分からず、2人の間に、しばらく沈黙が流れた。なぜだか、泣きそうになった。

そして、沈黙を破るようにヨシダ君は言った。

キスしてもいいですか。

悪魔の質問に、私はどう答えたんだろう。

私たちが初めてキスをした日。その日から、私の長い片想いが始まった。


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