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読書感想②『異世界落語』

 いや〜実は、俗に異世界ものと呼ばれる、ネット小説、めちゃくちゃ好きなんですよ。
 何がいいって、物語を書かずにはいられない、紡がずにはいられない人が、情熱先走ってともかく書いてネットで発表するわけです。
 有名になった海外SF小説でもこのタイプの、個人サイトに掲載されたってのは多くて、などと言い出したら蘊蓄が止まらなくなるわけですが。

 さて、今回読んだ『異世界落語』は、おなじみ小説家になろうで連載されて書籍化した作品となります。
 寡聞にして私が本作を知ったのは書籍化後、本屋さんの新刊コーナーで見かけた時。

 外国へ落語を広めるために、アレンジして演じるという話を聞いたことがあったので、タイトルだけで「あー落語を異世界文化的にアレンジするんだな。面白そう!」と思ったのものの。
 買わなかったんですよね。買えよ、自分

 はい、で、Kindle Unlimitedになってたので全巻読みました。
 全7巻とシリーズとしては優しめの冊数となって……え?

 あれ……?

 打ち切りやないかい


感想〜

 まぁ、安定に面白いですね。

 ただ、まぁ、なんというか、この手の小説にありがちな、俺TUEEEESUGEEEが一巻から健在だったのがちょっと引っかかるところではありました。

 あ、一応解説しますとですね、「あの剣技はなんなんだ! 伝説の勇者ユウシャンでもあんなことできねぇぞ!」ってモブがわちゃわちゃすることを、俺TUEEEEあるいは俺SUGEEEというわけですね。
 筆者が自己を仮託している一人称主人公・俺さんが「つえー」「すげー」言われてる……ちょい痛い……ってニュアンスです。

 ま、小説なんて勝手にいろんなものを仮託して自己陶酔して当然ですから

 異世界で落語をぶつわけですけど、主人公がSUGEEEされるわけですよ。でも、まぁ、序盤はするやつがオタク系陰キャなんで、そいつのキャラのウザさに吸収されて、そんなに気にはなりませんでした。
 落語だけではなく、異世界ものの様式美も守られているわけですね。


 で、この小説の楽しむポイントは三つありまして。

 一つ、異世界・ファンタジー世界の世界観で鋳直される落語
 これは、タイトルになっていることもありますし、魅力の一つですね。
 落語を知ってる知らないにも関わらず、どちらにしろ未知の落語となるわけですから、面白いわけです。

 で、まぁ、異世界・ファンタジー世界で面白いように手直しされているというのは物語中での話ですね。これ、背後には異世界ものを楽しむ作者と読者がいるわけです。つまり、異世界もの好きな読者が楽しめる落語なんですね、これ。
 まぁ、これ、後で言及するんでちょい覚えておいてください。


 二つ、落語に影響されて動く異世界のストーリ。そして、暴かれる謎……?
 
はい、まぁ、最初の設定自体は、異世界ものを読んでる方が想像するザ・ファンタジーです。
 だいたいのストーリはこんな感じ。

 魔族の強襲により、国を追われたドワーフとエルフ、避難先の人間の国。魔族と対抗するために、救世主として異世界から召喚を試みるものの、手違いで噺家・一福を喚んでしまう。
 でも、彼の落語は人々に影響を与え、物事を好転させていくようで……?

 結構、異世界サイドのストーリは王道の詰め合わせなんですよね。
 ファンタジー好きなら気軽に楽しめますし、面白いです。
 そして、「魔族とはなんぞや……?」と先入観のない一福さんは思うわけです。何か、裏があるみたいだぞ、というわけです。これが、異世界サイドのストーリの謎になります。

 いろんな設定やストーリが、ツボに入る人も多いと思います。でもね、それがね……ちょい仇になってる部分があるかなとも思います。ここも後で言及しますね。


 三つ、もう一つの謎。一福さんは一体……?

 この方ね、ずっと落語しかしないんですよ。
 異世界サイドのキャラたちでストーリ自体は回っていくんですね。もちろん、異世界落語を作るために色々してるんですけど、それ以外がない。
 最初は、「異世界きて不安じゃねーの?」って思うくらい感情描写もないですし、「そもそもなんで落語してんねんw」って思うくらい落語をする動機も明かされないんですね。

 で、結構、この秘密がですね、手が込んでていいんですよ
 二転三転……三転はしないんですが、1巻冒頭の召喚方法がネックのミスリードから真実という形になっていて、「一福さんそんなもの背負ってたんか!」と。
 この回はちょっとシリアスになるんですが、異世界ものへのアンチテーゼもこもっていて、既存の異世界ものに「ちょっと食傷してきたな」って頃合いですから、かなり爽快ですね!

 「異世界ものではあるんだけど、一味違うぞ!」と思いました。
 異世界ものも、ファンタジーも好きなので、ものすごく楽しんで読ませていただいた次第です。


ネット小説から書籍化の広告戦略について

 さて。

 今回、感想の他に二つ見出しを立てているのですが。

 『異世界落語』は承前の通り、「小説家になろう」で連載されて書籍化されたんですね。
 アマゾンレビューを見ると、なろう版と書籍版は扱う落語からして順が違うなど、結構が改変を行われているらしいんです。

 現在、なろう版は読めるのですが、販売当初は話を削除されてしまったみたいなんですね。

 出版社さんから消すように求められたのか、作者さんがご自分で自主的に消されたのか、真相を知ることはできませんが。
 バージョンが違うなら、ファンの原点であり無料の広告でもある、なろう版は消さなくていいのでは? と思うのです。

 まず、ファンについて。ファンの獲得、これは購入者につながりますから、無視できない要素ですね

 ネット小説の書籍化は、それ以外の小説と違って、最初からその小説自体にファンがいるわけですね。
 作家さんのファンがその作家さんの小説に期待するのともまた違って、刊行されるものの内容を既に知っていて、それのファンであるわけです。

 一番コアなファンは、ネットで小説の更新を楽しみにしていて書籍も買う方ですよね。

 その一番コアなファンは、まず「小説家になろう」にアップロードされている小説のファンなわけです。なろう版はファンの原点なわけです。
 ですから、不用意に削除をしてしまうと、「え? どうしてこっち消すの?」と困惑し、ずっと好きだったものが消えてしまったわけですから、裏切られたような感情を生んでしまいます
 わざわざ発売後など初動の段階で、ファンの負の感情を生むようなことは避けた方がいいでしょう。最も、出版社との兼ね合いでどうしても削除しなければならない場合は、前もって重ね重ね周知を図る必要があるでしょう。急な削除は絶対に悪手です。

 そして、「小説家になろう」のランキングを確認したりスコッパーしたりするほどの異世界もの好きは世の中のほんの一部です。むしろ、わたしなんか最近、書籍化という編集者のフィルターが入ってから読んでもいいんじゃないかなと思うくらいですからね。
 ですから、書店で本を手に取って買って、そこからファンになるという方も当然いるんですよね。

 後発でファンになっているわけですが、それでも、一番コアなファンに好きな気持ちは負けません
 「小説家になろう」を知らなかろうが検索してサイトを知り、続きを読もうとする方も一定いるでしょう。
 すると、削除されていて、しかもそれは書籍版とは内容が違う……と判明するわけですね。
 この時点で、後発ファンは、一番コアなファンに絶対追いつけなくなってしまうんですよ。
 がっかりするし、「それならもう続きも読まなくていいや」と思ってしまうかもしれません。

 「そんなことで、読むのやめる?」と思われるかもしれませんが、「一番のファンである」って結構大切ですからね。
 例えばソシャゲでも、所持していなかったり、カンストしてないキャラが好きって言いにくくないですか? 所持してなくても○十万溶かしとか何かしらのステータスないと、「それほど好きってわけじゃないんだなー」思いません?
 後発ファンがコアなファンの仲間入りする道も消してしまっている、これがファン獲得のネックになると思うんですね。
 ですから、ファンサイトまではいきませんけども、ファンの原点であるネット版はなるべく大切に扱うべきです。


 さて、ここまではファン側からの視点でした。
 次は、セールス上の「小説家になろう」版の役割を考えてみたいと思います。

 書籍版となろう版で内容が異なるのであれば、同じである場合よりも競合しません。
 同じであれば、書籍版の売り上げへの影響を懸念してもいいでしょうが、言わせてください。バージョンが同じでも削除をする必要はないと考えます。

 書店で書籍化タイトルを知った方が、「小説家になろう」で読めるから本を買わない、売る側はこれを避けたいのでしょう。
 でもですね。
 無料で楽しめないからといって、必ずしも人はお金を払うわけではありません。「無料じゃなければいいや〜」って方の方が、「無料じゃないならお金払うか〜」って方より多いでしょう。

 そもそも、無料のコンテンツはこの世の中溢れてるんです。それこそ、「小説家になろう」の他の小説もですし、YouTube動画もですし、ソシャゲもです。Twitterで面白いツイートをみたり、Instagramでおしゃれな写真を探す、これもです。
 全部、小説の競合なんです現代人の一日24時間、その奪い合いをしてるわけです。

 つまり、「小説家になろう」で読もうと思う人の大半は、買わずに他の無料コンテンツを楽しみます
 そして、結局、「小説家になろう」の掲載を削除した場合、削除しない場合より購入者が減るんです。

 「何を言ってるんだこいつは」と思われるかもしれませんが、ちょっとお付き合いください。

 まず、どちらの場合でも、購入してくれる方はどんな人たちでしょうか。
 一番コアなファンは購入してくれますよね。これは、前々からなろう版を知っていた方の一部です。
 次に、書店で見かけて即購入を決めてくれる方。

  では、違いが出るのは?

 まず、「小説家になろう」の掲載を発売と同時に削除した場合
 なろう版を読んでいて、読めなくなるなら購入しようと思う人たち。すごく少ないと思いますが、ゼロではないかもしれません。
 しかし、この人たちは、そもそも無料で読める小説を求めて「小説家になろう」のアクティブユーザーであるわけです。だから、他の面白い小説を求め、ファン(ブックマーク登録者)でなくなってしまう可能性の方が高そうですよね。

 次に、「小説家になろう」の掲載を削除しなかった場合。 
 書店で見て購入はしなかったものの、「小説家になろう」へ流れてきた人たち。そのうちの幾らかは、コアなファンと同じくらい好きになってくれて、書籍も購入するでしょう。
 また、「書籍版となろう版は違う」と知った時、「なろう版がこれくらい面白いなら、書籍の方も期待できるな」と思う方もいるでしょう。なろう版の閲覧者から、書籍購入者の流入が期待できるわけです。

 ここで、なろう版は無料の広告の役割を果たしてるんですね。その無料の広告を削除してしまうのは非常に勿体ないと思うのです。
 出版社さんがどのような広告戦略を立てられているか分かりません。しかし、ファンの原点でもあり、無料の広告にもなりえると捉えて、なろう版をどうするか決めていただきたいと思う次第です。


⚠️ネタバレあり! まさかの打ち切り……

 打ち切りなんですよ。ショックですね。

 打ち切りの原因をつらつら考えてしまうくらいには、ショックです。
 伝わりづらいと思いますが、わたしの中では結構なショックの部類に入ります。
 「なんで打ち切りなんだ!!!」と心が叫んでるんです。

 まぁ、読書メーターの登録者数の減りが尋常じゃないので、致し方ない気もします。
 そして、わたしも結局買ってないですからね。でも、読書メーターの登録者の減りがおかしいんですよ。1巻が500以上あるのに、7巻は38なんです。読みたい本に登録してもカウントされますので、実際に読んだ方はもっと少なくなるわけですから……。

 どうしてなんだ!


 はい、というわけで、感想であげた面白い点に沿って考えてみます。

 まずは、異世界落語ですね。

 異世界もの好きな読者が楽しめる落語と分析したわけですが、これがちょっと欠点ではないかと思うのです。異世界もの好きで落語も楽しめる。ここしか、グッとくる読者がいなかったのではないでしょうか。
 「落語」要素で従来の異世界もの好き以外も取り込めそうな反面、実は、積集合しか楽しめない……という。

 2巻くらいまでは楽しめても、ファンタジーのあれこれの知識がないとイマイチ楽しめなくて、異世界もの好きしか残らなかったのではないかと思う次第です。
 結構、俺TUEEE SUGEEとか従来の異世界もののテンプレも入ってるので余計ですね。

 そして、毎回落語が中心になるため、酒場で落語をするという、同じ構造の話が続きます。これが飽きの原因になったのではないかと思います。
 特に、酒場でやらなければならないという明確な縛りも用意されてませんし、他の場所でやる回があっても良かったんじゃないかなと思います。
 2巻でお祭りの場でやっているのと、6巻でストリート落語をしているくらいですかね?
 学校とかせっかく現実社会に寄せた設定を持ち込んでるんですから、初等教育の子どもが集まる場で、子どもにウケる落語を演じる回とか。それに、せっかく宮廷があるんですから、宮廷でやる回があってもいいと思うんですよね。エルフの宴、「あ、いかないんだ!?」って感じでした。

 実際の落語家さんはお仕事に呼ばれて全国津々浦々いろんなところに行かれるイメージがあるので、勇者ラッカ君の任務に途中までついてていって田舎遠征とかもアリだったと思うんですよね。
 いつもの極楽酒場に戻った時に、田舎の文化を取り込んだネタをやるとかもできますし。

 そして、向かいの地獄酒場をハブり続けるのもいけずやなと思ってしまうんですが。昼間はそっちでやりますとか、そういうのもダメなんですかね。
 客層が違うので苦労するとか、そういう話があっても面白いですよね。
 で結局、「実は静かに飲みたい時は、地獄酒場に来ているからこっちでは落語しないでくれ」みたいな苦情があって、数回しかしませんでした、とかにしたらいいんじゃなかろうかと思うんですね。


 次は、異世界サイドのストーリ

 これは、ですね。あのですね。
 一福さんが魔族に攫われるんですよ。4巻のラストで
 そして、次からそっちで落語やり始めるんです。つまり、5巻から出てくるキャラが一新するんです。

 で、ですね。異世界サイドのキャラを中心にストーリが進むので、「あ、むしろ主人公はこの子かな」となっているわけですね。
 4巻まで王道ストーリが続くので、「このキャラが好き〜」とかあるじゃないですか。
 5巻まできて、その好きになったキャラがほとんど出番なくなるんですよ

 わたしは一気読みしてますから、まだスッと読めたんですけどね。
 「魔族になにか秘密がある」って臭わしでわかってますから。「ついに魔族サイドの話だぞ!」って読みながらテンション爆上がりですよ。
 ただ、新刊出るまでに、キャラをちょっと忘れたりするくらい時間があるじゃないですか。現行だと、流石にこの興奮は冷めると思うんですよね。
 「ここまで買ったけど、次の巻、あいつでないんだったら、いいか……」ってなってもおかしくないですよね。
 せめて3巻くらいで魔族サイドへ入っていた方が良かったんでは……などと思います。


 最後に、一福さん自身の秘密

 これ、判明するの6巻なんですよ。
 それまで、彼に感情移入できないんです。主人公に感情移入できないの、ちょっときついですよね?
 魔族の秘密は臭わししかされておらず、異世界ストーリ側の謎はまだ判明してはいないので、ストーリは色々余地を残しているんですがあらかた形は見えて、それでもそこまで主人公に感情移入できないんですよ……。
 俺TUEEEされる主人公に感情移入できない、となると冷めた感情になってしまう読者まで出てくると思いますね。異世界ものの文脈に慣れていない読者が脱落する要因になってそうです。

 わたしは一気読みをしましたから、「まだかな? 次かな?」と読む原動力になりました。
 。現行だと、ちょっと厳しくないでしょうか。だいたいシリーズ三年かけて主人公の諸々の動機が初めて語られるわけです。

 あの人気作『炎炎ノ消防隊』は1巻まるまる使って、主人公の動機を明らかにしてましたよ。
 特に少年漫画は少年少女が主人公を応援できないと続かないのでしょうが、それは異世界ものでもある程度通ずるところがあると思います。主人公を応援できないまま、読み続けるのはちょっとキツイです。
 それでも、ライトに落語を楽しめるので、2・3巻まではそれで乗り切れるんですよね。

 ただ、あまりにも巻数を重ねすぎると、最初の方を思い出せなくなりませんか。
 真相が明かされることによって、一回読んだ部分の意味が変わる。これを楽しむところですよね。
 
でも、時間が伏線を無効化しちゃう
 「あの時は、こんなことを思って頑張ってたんだ……辛かったね、ううう」ってのがどんどんしづらくなるんです。
 それは、まぁ、もう一周してくださいってことになるんでしょうが、エンタメコンテンツが溢れている現代には優しくないですよね。

 一つ一つの設定や謎は面白いんですが、その面白さを引き出す構成になっていないな、と思った次第です。
 面白さって全部読まなきゃ分からないわけですから、どんどん先を読ませる仕掛けも重要になってきます、というお話でした。

 でもまぁ、面白いんですよ!
 とにかく面白いんです!
 重要なので何回も言っておきますが、面白いんです!


 はい、というわけで、長々と(なんと7000文字以上!)感想や、稚拙ながら考えたことなどを書き綴ってきました。
 最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
 つまみ読みでも、ここまでスクロールしてくださってありがとうございます。
 それでは、また別のシリーズの感想でお会いできることを願ってます。

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