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28歳さいごの夜に…


明日(3/12)で29歳になります。今日は28歳さいごの夜です。この状況を使って何か書けねえかなあ、なんて思ったので、レモンサワーを飲みながらカタカタキーボードを打っております。せっかくの機会なので、今日は自分語りをさせてらおうかなあ。過去の自分にメッセージを投げてみます。


17歳のぼくへ


えっと、まずは17歳のなおとくんへ。君が高3の夏に告白した女の子いるじゃないですか、夏に区役所の前で告白して、返事をもらう前からOKもらえた気になって、部活の後輩にいいふらかした後に振られたあの女の子。あの子と君は結婚します。1年後くらいかな、その子から「アドレス変更しましタ‼️」みたいなメールが届くから、ちゃんと返事をすること。そうしたら君は結婚できるよ。


22歳のぼくへ


次は22歳のなおとくんへ。君は5年後の東京オリンピックを目指しているけれど、本戦に出るどころか選考会にすら出られません。フィールドに君の姿はありません。「やめなければ絶対に最後に笑うのは自分だ」と計算していたけど、その「やめなければ」の詰めが甘かったね。


君は命をかけてやっているスポーツを、来年の秋頃にやめることになります。しかも今周りにいてくれる人からめちゃめちゃ嫌われて、逃げるように地元を離れることになります。ああ、考えただけでも怖いね。だけど大丈夫。29歳になろうとしている今でも毎月必ず夢に見るほどビビってるよ。


22歳からの約2年は、君の人生史上もっともハードな2年間になります。びっくりするくらい否定されるし、信じていたことが全部崩れていくし、後ろ指刺されるし。一生分の悪者扱いを受けます。でもそれは自由に生きるための洗礼のようなものだと思ってください。


なおとくんは泉の水を浴びてキレイなジャイアンになるのです。「あの時に比べたら屁でもねえな」というメンタルで君は力強く生きていくようになります。


25歳のぼくへ


お次は、25歳のなおとくんへ。個人事業が軌道に乗って、外れて、貯金が底を尽きて、絶望している頃かな。そろそろ気づいてくると思うんだけど、君の持っている本当の資産はゆうちょ銀行の残高なんかじゃなくて、すっからかんになっても隣にいてくれる人の存在なんだよね。


君はそこから1年くらいかけて自分の仕事を立て直すんだけど、支えてくれる人がいて、選んでくれる人がいて、はじめて君のやっていることは成り立つことを忘れないようにね。君1人が頑張ったところでたかが知れてる。信じて背中を預けることもまた愛だよ。


28歳のぼくへ


それから、1年前のなおとくんへ。奥さんのお腹の中に新しい命が宿って、ウキウキソワソワしている頃だと思います。そのときは何ミリとかだった子供が、今では6.2kgになってるよ。毎日ミルクをあげて寝かしつけるんだけど、日に日にずっしり重くなってます。


自分の子供がいるって変な感じだよ。まりちゃんと出会ってなければこの子はいないのかあ、なんて考えると哲学が止まらなくなる。あとは無限に時間が溶けていくね。赤子を抱いてるとスマホも見てないのにあっというまに2時間とか経ってるよ。んで、あっという間に夜になってるし、それが150回繰り返されたら5ヶ月経ってたよ。


忙しいけど何もしてねえ、それが子育てだよ。本には書いてなかったね。でも君がよく語ってるビジネスについても同じだよね。本に書いてあることなんてほんの一部でしかなくて、実際に経験してみないとわかんないことたくさんあるもんね。


こんなに多くの人が体験する子育てってイベントでさえこうなんだから、今君が一生懸命言語化しようとしているビジネスについてなんて、言葉で伝えられるはずがないんだよ。1年経った今でも全然言葉にできてないし、伝えられている気がしないよ。でもそんなもんじゃないかなあ。スッキリなんてしないよ。でもきっと伝えようとし続けるんだろうね。これからも。


29歳のぼくへ


さいごに。これは明日以降の未来のなおとくんへ。きっと君(ぼく)はこれからもいろんなことに悩んで、苦しんで、「そっか!楽しめばいいんだ!」なんて何万回出したかわからないような結論に辿り着いて、そしてまた悩み始めるんだろうね。


でももう仕方ないよ。楽天家に生まれ直すことなんてできないし、うじうじ考えているからこそ育った思考力が今のぼくの飯のタネだからね。ないものねだりはよくない。あるもので作んなきゃ。


22歳のぼくは17歳のぼくが想像した姿をはるかに超えるぼくだった。25歳のぼくは22歳のぼくが想像さえできない姿だった。28歳のぼくは25歳の僕が見たら驚くだろうな。


そんなふうに、きっと今のぼくから見た32歳のぼくは、どんな姿か想像することはできないけれど、きっと今の考えられる延長線上にいないんだろうということだけはわかるね。未来のことなんてわからない。ぼくは誰かがひいてくれたレールの上を歩いていない。だから未来はいつだって未確定だ。


そんな人生をもっともっと楽しんでいきたいし、何が起こるかわからないからこそ、ハプニングもアクシデントも全部含めてアトラクションにして生きていきたいなと思うのです。



あなたへ


そしてこんな文章を最後まで読んでくれたあなたへ。あなたはぼくにとって大事なひとです。noteという自己表現はそこに受け取ってくれる相手がいないと成立しない。書いている時間はひとりだけど、ひとりでは決してできないコミュニケーション。それがこのnoteなのです。


発信者と受信者、この場所だけで見ると一方的な関係かも知れないけど、この場を通して出会った人といつか直接関わることができたらなあって、そんなことを思いながら感謝の気持ちを伝えて駄文を締めくくろうと思います。


ぼくと関わってくれているみなさま、いつも本当にありがとうございます。ぼくはこれからもぼくらしく、時に迷走しながら時にどうでもいいことでうじうじ悩みながら、傷つけ傷つけられながら、それでも声を出すことを辞めず、伝えようとし続けることを辞めず、大切にしたい人をまっすぐ大切にできる人でありたいと願いながら、きっとそうでない日もたまにはあるとはおもいますが、元気に生きていく所存です。そんなぼくも含めて温かく見守っていただけると嬉しいです。


それでは!


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いただいたサポートはミックスナッツになって僕のお腹の脂肪として蓄えられます。