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ctの深い川の町

  • 初出『群像』2008年6月号

  • 『ctの深い川の町』2008年8月(講談社)所収

  • 約116枚/400字詰め換算

郊外に向かう私鉄の電車に乗り、吊り革につかまって立ちながら、タクシーの乗務員募集の広告をじっと見ていたのをおぼえています。タクシーの運転手になるとかならないとか、自分がなれそうかどうかとか、そういうことはあまり考えずに、ただじっと見ていました。私鉄の電車に乗ってどこへ行こうとしていたのかは、もうおぼえていませんけど。

ネット上の外国語のサイトを機械が和訳するのがおもしろくて、ずっとそればかりやっていたことがあります。ただの直訳だったり、意味不明だったりすることが多いのですが、時たまドキリとするような文言があって、でもなぜか、ぎこちない日本語のほうがおもしろいと感じられるのでした。そうした文言を島嶼のように配置し、水面下の稜線をたどるようにして小舟をこいで渡ったようなものかもしれません。

発明や特許、アイデアやちょっとした思いつきといったものが好きで、その種の話を小耳にはさむとウキウキしてくるのは、だいぶ昔からのことです。学研の『発明・発見のひみつ』が子ども時代の愛読書だったりもしました。世紀の大発明もいいのですが、だからなに? とか、それでどうなるわけ? と言われてしまいそうな、吹けば飛ぶようなちっぽけな発明に親しみを感じます。発明を足がかりにしたサクセスストーリーみたいなものは、それほどでもありません。成功の予感(みたいなもの)だけで、もう十分だと思えてしまいます。

この作品で気に入っているのは、ことほどさように小技で構成されているにもかかわらず、実人生ぬきでは書けなかったところかもしれません。なんにせよ、ちょっとヒネたところがあるにすぎないこの作品が、あまりにも大ぜいの人たちの前に出されてしまい、あっという間に追い払われることになったのは、無理からぬことだったと思います。

そういえば、当時の担当編集者さんに「もしかしてctってセンチュリーのことじゃないですか?」と聞かれたことがありましたけど、イエスともノーとも答えることができませんでした。


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