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オーボラの人生回顧録 -銀座ダクション死闘篇-其の7

ウイイレとは説明するまでもないと思うが、プレイステーションで出ている大人気サッカーゲームの「ウイニングイレブン」のことである。このウイイレの対戦モードでお金を賭けて勝負するのだ。
私がそこそこ、このゲームをやれるということがわかった3人は夜な夜な私を誘った。たまに、永谷や林も参加したがあまり上手くなく、金をむしり取られるのを恐れて、逃げ回っていた。

私はこのゲームをある時期かなりやり込んでいたため、腕には自信があった。ただ、悪魔のような先輩3人とお金を賭けて勝負するというプレッシャーからか、はじめのころはかなり負けた。
が、次第に馴れてくると勝ったり負けたりの良い勝負をするようになり、勝負を楽しめるようになっていった。
そもそも金田、木本はサッカー観戦が趣味で、造詣が深かった。
なので、二人はいつもじゃれあうように、選手や監督、スタジアムの名前、背番号などをもじったり、いじったりしながら、言葉遊びみたいなものをしていた。
金田は魅せるサッカーを信条に、あまり個人技に頼らず、パスワークで崩すをモットーとしていた。
木本は、チェルシーが好きで、サイド攻撃で攻め上がり、クロスをあげてドログバがフィニッシュというワンパターンなのだが、わかっていても止められない、シンプルな強さがあった。
生島は、あまりサッカーに詳しくなく、ゲームの実力も2人よりかは僅かに劣っていた。ただ、型のないプレイスタイルで、ハマるとたまに猛烈に強い時があり、よくわからない爆発力があった。
私は、ドリブルを多用するタイプで、ACミランを好んで使っていた。能力の高いカカで抜いていって、そのまま一人で決めるみたいなことが多かった。

なので、金田と木本からは、オーボラのはサッカーじゃないと猛烈に批判された。ハメサッカーだと揶揄された。
しかし、お金がかかっている以上そんな言葉に落ち込んだり、プレイスタイルを変えたりするわけもなく、なんと言われようが、スピードとドリブル能力の高い選手を中心に個人技で点を取っていくスタイルを貫いた。
雨の日も、風の日も、我々は夜になると会議室に閉じこもり、ウイイレに興じた。
点を決めると、
「しゃいー!」「オラァー!」
などはもちろん、選手名の名前を叫ぶ、歌う、踊る、走り回るなど、どんどんエスカレートしていって酒も飲んでいないのに騒ぎまくった。私も先輩だからと最初は遠慮していたが、後半終了間際に、カカが3人くらいをぶち抜いて決勝点を決めた際には、「カッカー!!!」と叫びながら、会議室のテーブルにダイブしたりしていた。

ウイイレにまつわるエピソードはたくさんあるが、一旦この辺にして、仕事の話に戻そう。社運をかけた大型案件。ただ、私にとっては入社2ヶ月くらいでの初のチーフPMの担当作品となり、この作品で私はCMをどうやって作っていくのかということを学ぶ事になる。

CM制作とはざっくりというと、

●企画
企画会議→プレゼン資料作成→クライアント提案→お戻し→再提案するための会議→資料作成→提案
●撮影準備
スタッフィング→各種打ち合わせ→ロケハン→オールスタッフ打ち合わせ→PPM
●撮影
建て込み→アングルチェック→撮影
●仕上げ
仮編集→仮編集試写→クライアント社内試写→お戻し→修正試写→カラコレ→音楽録音→本編集・MA(ナレ録)→初号試写

みたいな工程になる。
当然当時の私は何もわからない。撮影現場経験だけはそこそこあったので、撮影日当日の立ち回りや仕切りには自信があったが(ヘルプでいった永谷の現場での動きなどを見て確信した。私は現場では通用すると。)それ以外は全くの未体験だったのでいちいち金田に質問しては、そんなことも知らねーのかと怒られた。

ついでに、私がコンビニの現場で初めて知ったCM制作の(プロダクション側から見た)ヒエラルキーもここで整理しておきたい。

まず一番偉いのが、クライアント。広告主。ここがお金を払ってCMを作っているのだから、一番偉い。CMとは映画とかとは違って、あくまでサービスや、商品を売り込むためのもので、アートではなくビジネスなので、やはり、お金を出しているクライアントが一番偉い。

次に偉いのが、広告代理店。ここは、クライアントから依頼を受けて、どんなCMが良いかの企画の中身などを考えるCRの人たちと、クライアントの相談相手となり、予算や媒体なども含め一緒に考える営業の人たちがいる。(他にも色々な職種がいるが)
ここのポジションは、映画やドラマにはなく、最初全く理解できなかった。

で、その次に偉いのが、監督である。映画やドラマでは少なくとも現場では頂点なのに、CMでは三番目。
なので、監督の好き勝手やるみたいなことはあまり出来ない。代理店のCRの意向も汲まなきゃだし、クライアントの意向だってある。
代理店のCMプランナーが作った企画の中で、どれだけ良い、視聴者に刺さるCMを作るかを考える大工の棟梁みたいなポジション。

で、その次が本当は監督より上であるはずなのだが、そうなっていないのが実情のプロデューサー。
プロデューサーは決定となった企画を見て、CRと相談して、監督をスタッフィングするのだから、本来監督からすると仕事の発注者にあたるわけで、監督より偉い!ってなりそうなものだが、不思議とほぼそうなっていない。
まぁ実質監督の指名は、ほとんどの場合、CRが決定することが多いので、その事情を知っている監督たちからはリスペクトされないと言う悲しい現実なのかもしれない。もちろん、人それぞれで監督からもたくさん信頼を集めるプロデューサーもいれば、全く存在感のない、カメラマンどころか、撮影チーフにまで舐めた口をきかれるプロデューサーもいる。

で、次が、カメラマン、照明技師、美術デザイナーである。
撮影現場では、どんな現場でも撮影部、照明部、美術部が中心となって、あちゃこちゃやりながら進めていく。
その頂点であるこの3人がイコール、現場の頂点とも言え、アシスタントたちは監督よりも、この自分の部署の長の言うことに絶対服従なのである。
個性豊かな人ばかりで、皆一癖も二癖もある人ばかりである。
巨匠クラスや今をときめく売れっ子クラスになると監督よりも遥かに偉いケースも多々ある。

で、ここの軸とは別の世界線でヒエラルキーを確立しているのがタレント事務所、キャスティング周りである。
その力は、クライアントとタメを張ると言っても過言ではない。
本来、広告主に勝る勢力などあろうはずもないのだが、唯一クライアントの要望を突っぱねる力を持つ人たちである。
・ウチの〇〇には、そんなことはさせられない。
・〇〇だとこういうセリフは言わないから、変えて欲しい。
・〇〇は食が細いので、あまり食べれない。(飲めない)カット数も減らして欲しいし、1カットは2、3テイクで終わらせて欲しい。
などなど、私が経験しただけでも山ほど色々なことを言われてきた。
ひどいところは、現場だけでなく、編集にも口を出してくる。
肌修正と呼ばれる、女優やモデルさんの肌を編集で整えるみたいなのはCMの場合は、ほぼディフォルトであるのだが、それとは別で、CMの編集まで口を挟んでくるケースもあった。
絶対に侮れない最大限配慮をしなくてはいけない勢力である。

で、私が今回担当するプロダクションマネージャー(PM)は、すべてのヒエラルキーの最下層に位置する。なので、あらゆる困難な場面で、責任追求や不満のはけぐちにされやすいポジションである。
ただ、忘れて欲しくないのは、PMは現場の実行予算管理をするポジションでもある。プロデューサーからいくらと言われた、数字で、会社に利益を残すべく、各部門と交渉をして、数字を決めていくポジションである。
なので、頭の良いスタッフは、PMに優しかったりする。PMだって人間ですから、あまりにも嫌なことをしてくるスタッフにはあまりお金を払いたく
なくなるものですし、もっと言うと次回以降の作品で起用したくないと思うものですから。(スタッフィングの権限はないが、あらゆる手段【主に嘘】を使って起用しない方向に持ち込むことはできるのだ)

話を戻そう。
その初めてのチーフ案件で、前回書いた通り企画打ち合わせを行った。
企画は何にも決まっていなかったが、金田からの指示で先日でた話をもとに映像資料を次回打ち合わせまでに集めておくこと、と言われた。
インスパイア名物資料地獄の始まりだった。
後に別の会社でのやり方なども知り、インスパイでの資料探しは異常だったとわかることになるのだが当時の私は知るよしもなく、言われた通りに探すしかなかった。
この資料探しには基本終わりがない。締め切り=終わりである。
締め切りが来るまでは永遠資料探しが続くのだ。途中金田のチェックはあるが、OKが出ることなど稀でひたすら探し続ける事になる。
「shots」を観て、資料になりそうなCMを抜き出し、CRが見やすいようにカテゴライズして編集する。
金田のOKがなかなか出ないと言うことを知らない私は、最初、2日かけて資料を集めて、金田を捕まえて見せた。
一言「全然ダメ。足らない」と門前払いをくらい、結局次回の打ち合わせ当日まで1週間くらいずっと資料探しをする事になる。
金田に門前払いをくらった私は、何がOKになるのか全く検討がつかず、資料探しの名人と言われていた林に相談したところ、

林「やった感がもっとも大事です。いかに時間をかけて資料と向き合ったことが金田に伝わるように、金田にチェックしてもらうときは、
テーブルにあえて、shotsを山積みにして、紙資料の本とかも、震度1くらいの地震が来たら倒れるくらいにタワー型に積み重ねのは基本。
その上で、髪をボサボサにして、目の下にはクマを作り、死んだような目で、自分に与えられたすべての時間を使って、資料をあたりまして
今日見せてるのは、その中のほんの一部ではあるが、選りすぐりの資料です、みたいな言い方をすると内容に関わらず通りやすい」

と言われて、なんたる境地に辿り着いているのか、この男は、と驚愕した。
また、金田から、「今後企画コンテ作成があるから、お前はPCスキルがないと聞いているから、使えるようにしとけ」とも言われており、資料探しの合間に、イラストレーターや、フォトショップの勉強も始めた。
編集ソフトであるファイナルカットは自主映画などでもともと使っていたのだが、イラストレーターやフォトショップはほぼ使えなかった。
生島が得意と聞いて、生島に声をかけて教わってみたのだが、天才なのかバカなのか、絶望的に教え方が下手で、巨人の長嶋監督かとツッコみたくなるくらい、感覚的な言葉で、「ここをビョーンとやって、スッとやるとマスクが簡単に切れる」みたいな言い方でそもそもマスクを切るとかそれ以前の話を聞きたいので、あれこれ質問するのだが、全く会話が噛み合わず、こちらの意図とは全く違う答えが返ってくるばかりでこれは無理と判断し、本を買って勉強をし始めた。

企画作業において、プランナーが考えたCMの企画をクライアントが見やすいように、プランナーの手書きの粗末な絵を、絵コンテライターと呼ばれる人に発注して、絵を書き直してもらい、上がってきた絵をページにレイアウトして、セリフやト書きを配置して、コンテを完成させるのがPMの仕事である。
これがプランナーによっては、かなり細かいところまで、チェックが入れられ、ここの文字をあと1ポイント小さくして、ちょっとだけ右にとか。
この文字間や行間を少し狭めてとか、ここの吹き出しの線をもう少し太くとか、そこそこスキルを求められる。

こうして、昼は、イラレや、フォトショの勉強と資料探し、夜はウイイレ、深夜にまた資料探しみたいな日々がしばらく続いた。

続く。


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