見出し画像

あまりにも有名なトライアングル

相次いでコンサートが消えてゆくなか、先月聞きに行った小さな演奏会の紹介を。

長久手文化の家では「午后の佇みシリーズ」というワンコイン・コンサートを定期的に開催している。前回は11月、ジャズとクラシックの交差点という大変面白いプログラムだった。

その時に勢いで今回開催分のチケットを買ってしまった。お題は「ヴァイオリンとピアノで贈る珠玉の名曲集」。平光真彌氏のバイオリン、丸尾祐嗣氏のピアノという組み合わせで、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ。ロマン派の王道で、これも楽しみな内容だ。プログラムは以下の通り。

クララ・シューマン:3つのロマンス 作品22より第1曲
ロベルト・シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番
ヨハネス・ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番

ブラームスと大変縁の深いシューマン夫妻の曲も合わせて演奏される。この三人が家族のような絆で結ばれていたことは、クラシック界隈ではあまりにも有名な話で、作曲家だけでなく音楽批評家としても精力的に仕事をしていたロベルトがブラームスを見出し、ブラームスはロベルトの音楽観に大きな影響を受けただけでなく、一流のピアニストだったクララにも大変な尊敬の念を抱き、シューマン一家とは家族同様のつきあいをするようになった。ロベルト亡きあとは、ブラームスがクララと子どもたちを支え続けた。

この三人のつながりを音楽で表現しようというのがコンサートの主眼で、演奏の合間に平光氏が曲の背景を説明するのだが、これが実に丁寧でブラームス愛にあふれた素敵なものだった。

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ1番は《雨の歌》として知られるが、これは、幼くして亡くなってしまったシューマン夫妻の末子、フェリックスを哀悼する曲としてクララに捧げられている。もともと《雨の歌》のテーマはフェリックスの闘病中、クララに宛てた手紙の中に書きつけられていたという。もちろんお見舞いのメロディとしてだ。その後、ヴァイオリン・ソナタという形をとったわけだが、平光氏の話によると、ブラームスはこの曲を当時の恋人に「献呈してほしい」とおねだりされたのを断ってクララに捧げた。

ぶっちゃけた話、クララとブラームスができていたとか、亡くなった男の子は実はブラームスとの間にできた子ではないかとか下世話な噂話は彼らが生きていた当時から流れていたわけだけども、こういうエピソードを知ると、ブラームスにとってクララは恋愛対象以上の、家族にも等しい存在だったのだとわかる。

何より、曲を聞いていると、そんな下らない話はどうでもよくなってくる。そこに流れているのは純粋に音楽と師に対する愛情なのだから。

最後に蛇足を承知で書き足しておこう。ブラームスやシューマン(夫)が作曲家として活動していたことは有名でも、クララが曲を作っていたことを知っている人は少ないのではないだろうか。売れっ子ピアニストとしてヨーロッパ各地で演奏活動をしていたクララ、実は音楽的才能は夫以上だったが、女性だったがために作曲の道に進めず演奏家として活動せざるを得なかったという話もある。シューマンもブラームスも、曲が出来上がるとまずクララに批評してもらったという逸話も残っているぐらいだ。そんな彼女の曲が現代になって発掘され、演奏される機会があるのは、喜ばしいことだと思う。

この記事が参加している募集

イベントレポ

投げ銭絶賛受付中! サポート頂いた分は、各地の美術館への遠征費用として使わせていただきます。