読書録:「人はなぜ夢を見るのか」④記憶の整理説・記憶題材説編
レム睡眠による記憶の整理説 - 海馬シータ・リズム
MITのウィルソン博士による研究により、夢機能の学習記憶説を裏付けるような観測事実がラットを使った実験により見つかった。ウィルソンの研究によると、ラットはレム睡眠中に海馬細胞が覚醒中に場所学習(迷路を解く等)時と同じ反応パターンを示すという発見をしている。
また、ラットが迷路を記憶・学習する際の海馬の発火パターンを記録すると、それに酷似した発火パターンがラットのレム睡眠中に現れる。脳の海馬で起こっていることが「実際に感じている」ことであると仮定すると、おそらくラットは昼間と同じ迷路を彷徨う夢を見ているのだろう。
また、ウサギやラット・有袋類の動物は特定の環境で海馬シータ・リズムと呼ばれる毎秒6Hzの正弦曲線に近い脳波を海馬から放つことがわかっている。ウサギの場合シータ・リズムは周囲を警戒している際に、ラットは探索行動をしている際に、有袋類は捕食行動をしている際にこの脳波を放つ。興味深いことに、これらの動物はレム睡眠中にシータ・リズムが出現する。
ウサはびびっている夢を、ネズはあてもなく彷徨う夢を、カンガルーは食い物を食べる夢をよく見るのかもしれない。
海馬シータ・リズムは海馬のシナプス可塑性を高める他、レム睡眠中はPGO波により大脳皮質が活性化していることから、ウィルソンはレム睡眠は覚醒時に獲得した短期記憶を増強し大脳皮質に送って長期記憶とする作用があるのではないかと仮定している。
学習してすぐに睡眠すると記憶力を統計的に有意に高める効果があることは、1924年に心理学者ジェンキンスが発見している。ジェンキンスはこれを覚醒時には他の情報処理を行うため忘却が進む、「逆行性抑圧」によるものであると提唱した。
ハーバード大学のスティックゴールドの実験によると、視覚的弁別課題を被験者に受けさせ昼寝をさせた後、2度目の追試を行うと レム睡眠>非レム睡眠>昼寝なし の順にテスト時の成績が有意に高まることを発見した。夢見やレム睡眠はテストの追試から迷路の探索まで、学習した後の記憶力を高める効果があると言えるだろう。
夢の題材となる記憶の問題
レム睡眠時には覚醒時に起こったのと同じ発火パターンのニューロンが作動する、ということは非常に確からしいことがわかったが、問題は主観的経験である「夢」と客観的観測事実である「ニューロンの発火パターン」は厳密には異なる、ということ。そこで、「夢にはこうした記憶過程で起こる脳の現象のうち、どれほどが反映されるか」を検証する必要がある。例えば、ウサやネズと違って私は昼間に起こったこととそっくり同じ夢を見ることはほとんどない。
夢の題材となる記憶にはどのような種類があるかを検証するには、まず人間の脳や神経系が記憶できる記憶のカテゴリーを把握する必要がある。
人間の記憶
夢における記憶と題材 - エピソード記憶・時間感覚が薄い?
著者の渡辺氏によると、夢の統計的調査の内エピソード記憶と分かる情報が夢に登場する割合は2.0%ほどとかなり低い。また、夢の62.7%には「何年何月何日」という時間に関する情報が存在しない。私の場合「夢の中でデジタル時計が10時39分→10時40分に変わるのを見て時間感覚がおかしいことに気づく」という体験をしたので、こっちはどちらかというとレアケースだったらしい。
夢の多くでは時間感覚がなくなり、エピソード記憶が断片と化し、意味記憶が異なる形の象徴として現れていると考えられる。渡辺氏はこのような夢の機能は過去の記憶の完全な再現ではなく、エピソード記憶と意味記憶を題材にした問題提起と予期した出来事のシミュレーションであると考えている。
個人的な体験だと、感覚記憶も夢に大きな影響を及ぼすと考えられる。例えば、「今日は寒いな」と思ったその日の夕方に氷を飛ばすキャラクターの夢を、その日の夜に雪原が舞台設定となっている夢を見た。また左手を火傷した同僚に話を聞くと、その同日に赤い蜘蛛が壁に張り付いているという夢を見たという。
モントリオール大学のニールセンの統計的調査によると、映画を見せた人の夢にその映画の記憶が反映されるかには個人差がありほとんど取り込まれないグループ・取り込まれるグループで大差がある。また、取り込まれるタイプのグループでは映画を見た初日・7日後にその映画の記憶が現れる確率が高い。
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