痴漢疑われた男性が死亡~現職刑事に聞く、痴漢捜査の裏側
① 痴漢を疑われた男性が逃げようとして死亡。今月だけで二件。
② 痴漢逮捕するかどうかは、「被害状況の再現」がカギ
③ 多額の示談金を受け取った被害申告の常習者もいる。
■死者が相次ぐ
また痴漢事件をめぐって死者が出た。昨夜午後8時過ぎ、帰宅ラッシュの田園都市線青葉台駅で、痴漢を疑われた男性が線路に飛び降り、電車に轢かれて死亡したのである。今月12日にもJR上野駅で痴漢を疑われた男性が逃走、近くのビルから転落して死亡している。線路を逃走するケースもあとを絶たない。
彼らが本当に痴漢をしたのかどうかは分からない。だが、毎日朝晩、満員列車に揉まれるサラリーマンたちの間で、「逃走こそが冤罪防止の最善の策」という情報が広まっているのが現実だ。
痴漢を疑われたら即逮捕――。これは本当なのか。現職の刑事たちに捜査の実態を聞いてみた。
■逮捕のカギを握るのは?
竹内】痴漢容疑事案で逮捕するかどうか、どう判断するのですか?
刑事】痴漢が発生したら、まず目撃者の有無を確認する。目撃者がいて被害者の証言と一致すれば現行犯逮捕する。いなければ被害状況の再現をして、被疑者が触れることが出来る場所に居たのか、被害者が触っている手や腕を見たのかを確認する。手を見たというのなら、腕時計とか、ワイシャツの袖の色を被害者に確認する。さらに手を辿って被疑者の顔を見たのかも確認する。
竹内】被害者の証言以外に客観証拠は?
刑事】路上なら防犯カメラを集めるのだけど、電車の中にはない。だから手のひらの微物鑑定をする。繊維などの付着物を見るんだ。でもその前に、犯行状況の再現で蓋然性が高くて、被害者の証言に信用性が有ると判断すれば、逮捕するのが現実だ。
警察が逮捕するかどうかは、「被害状況の再現」がカギを握る。このとき被害者の証言がブレたり、触った腕などを視認していなければ、微物鑑定を行うことになるようだ。微物鑑定とは、被疑者の手のひらについている繊維を鑑定して、被害者の服や下着の繊維と照合する科学捜査だ。手に被害者の体液が付着していないかも調べ、DNA鑑定を行うこともあるという。こうした鑑定を行う場合は、現行犯逮捕ではなく、いったん家に返され、鑑定結果でクロとなれば通常逮捕されるという。
■被害申告の常習者も
刑事】女性の主張を吟味もせずに丸呑みしてしまう警官が多いのも問題。中には示談金目当てで被害を申告する常習者もいるからね。俺が取り扱った事件でも危ないのがあった。被害者は大手企業勤務の女性だったのだけど、被害にあったのが帰宅ルートとはまったく逆の電車、しかも痴漢列車として有名な車両に乗っていた。被疑者は否認しているし、女性の説明もあやふやだったから、念のために他の署に照会したら、その女性はあちこちで痴漢被害を訴えていて、合計数百万の示談金をとっていることがわかった。一件につき、五十万から百万円とっていた。だからといって、実際に複数回被害にあう女性もいるわけだから、警察が被害申告常習者のリストを作るわけにもいかない。難しいところだ。
竹内】そういう話を聞くと、男性サラリーマンは怖くなる。逃げるしかないということになりかねないですよ。
刑事】警視庁の警察官も何人も逮捕されている。俺の同僚も逮捕された。中には嫌疑なしで釈放されて、復職しているヤツもいる。でも、警察官が痴漢で逮捕されると、新聞に名前を書かれる。いくら復職しても家族の心の傷は深い。俺たちも上司から「満員電車に乗って女性が傍に来たら反対側を向け。つり革を両手で掴め」と指導されている。いつも痴漢事件があると「また警視庁か」と言われるが、地方の県警なら満員電車はないし、自家用車の通勤も許されている。警視庁は圧倒的に不利な環境にあるよ。
■どうやって冤罪を防ぐ?
刑事】俺は満員電車には乗らない。朝は五時半くらいに家を出ているし、酒飲んで遅くなったら職場に泊る。酒を飲んでいれば、抑制が効かないと判断されて、不利になるからね。
竹内】やっていないのに痴漢を疑われたらどうすればいい?
刑事】俺だったら、被害者に対して「私はやっていません。一緒に警察に行きましょう。もし私がやっていないことが証明されれば、損害賠償を求めて提訴します。それでもいいのですね」という。線路に飛び降りて逃げようとすれば、痴漢の嫌疑が深まるばかりか、鉄道会社に損害賠償を求められるし、鉄道営業法にも問われる。通行人にぶつかって怪我をさせれば傷害罪に問われる。まったくいいことはないよ。
竹内】堂々と合理的に説明して、逮捕されてしまえば裁判で争うしかないのですね。痴漢被害者を守りながら、冤罪を防ぐ根本的な解決策はないのですか?
刑事】電車内のいたるところに防犯カメラをつけるか、電車の車両を完全に男女別に分けるしかない。痴漢被害に泣いている女性もいるわけだから、警察が捜査の手を緩めることはない。鉄道会社の努力も大事だと思う。
了