あの母の娘
先日の金曜日、自分のために卵を二つ溶いてオムレツを作り、昼はサーモンまで焼いた。
普段、自分一人のために料理する-単なるオムレツでさえ-なんて、滅多にないのだけれど、今週は夕飯を食べない日が多かったので、体が猛烈にたんぱく質を欲していたのだ。
たいてい昼は、週末にたくさん炊いて冷凍してあるキヌアや、まとめて10個茹でて冷蔵庫に入れてあるゆで卵や、アボカドなんかを適当に食べる。
一人の時に
「何を食べようか?」
と考えたり、作るのが面倒なので、自宅で仕事をしている時は、月曜日から木曜日までほとんど同じメニューなのだ。
夫などは
「よくそれだけ毎日同じもの食べて飽きないね....」
と言うが、飽きたら違うメニューに変えて、それをひたすら食べる。
これは母親からの遺伝にちがいない。
母の昼ごはんは、トーストに黒ごまのペーストとハチミツを塗ったものと、ゆで卵。
*
私や母よりもよほど食い意地が張っている妹は、30歳も半ばになった今でもしょっちゅう
「小さい頃、全然外食に連れていってもらえなかった」
と文句を言っている。
確かに、私も幼い頃家族で外食した記憶がない。
母いわく
「だってお父さんのお酒代がすごくて、全然お金がなかったんだもん」
公務員だった父の20代から30代半ばのお給料といえばそれほど多くもないだろうし、母は専業主婦だったし。
それでも、色々な習い事をさせてくれたし、娘二人を大学まで卒業させてくれた。
その代わり、母が自分のために贅沢をすることはなかったし、少しでも節約して貯金をするという節制が徹底されていた。
栄養士でもある母は、ちょっとした健康オタクでもあり、出来合いのおかずやジャンクフードもほとんど買わず、おやつもよく手作りしてくれた。
妹は、その反動でジャンクフードも外食も大好き。美味しいものためならお金は惜しくない、という大人に成長した。
私はといえば、幼いながらに
「お金がないならどうしてお母さんが働かないんだろう」
なんて不思議に思っていたことが潜在意識に染み付いたようで
専業主婦や、パートしかできない人生はあり得ない
というのが、いつしか人生のモットーになった。
*
そんな母も、今では週末に妹と銀座でランチをして、京都や温泉なんかの旅行を楽しみ、習字やらヨガやらを習い、数年前に購入した2件目のマンションは、オーダーメイドのキッチンも窓からの景観も、母の夢の結晶。
「ようやく人並みの楽しみが持てるようになった。」
と言っている。
今考えると、それほど悪い人生でもないのかもしれない。堅実という言葉そのものの人生。
私も、もう少し自然に贅沢が楽しめる体質になりたかったけど、あの母の娘だから仕方がないよね。
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