見出し画像

MOCKTAIL〜基本の考え方と構成する要素〜

この記事は少しプロ向けの内容になっていますが、前半はカクテルの歴史にも触れています。
「バーテンダーは普段こんな事考えて、カクテルを作ってるんだ」と思われるでしょうが、料理人にしろ、バーテンダーにしろ、言葉や表現方法は違えど本当に色々なことを考えて作っています。
この記事は私の考え方ですが、一つのスタイルとして読んでみてください。

はじめに

モクテルを作るときに、第一にバーテンダーが考えることはモクテルとは何なのか?という事があります。

カクテル=お酒+something

ということは世界中のバーテンダーが納得していただけるものかと思いますが、モクテルはどうでしょう?

モクテルとは、“ 擬似 ”を意味する『Mock』と『Cocktail』を組み合わせた造語で、直訳すると『カクテルを真似たもの』となります。
もう少しわかりやすく書くと「カクテル風ドリンク」というところでしょうか。

実際にこれまでのBARで出されるモクテルというのは、例えば

ライムを絞ったジンジェール
≒サラトガクーラー

ライムを絞ったトニック
≒ノンアルコールジントニック

クランベリー+グレープフルーツ
≒バージンブリーズ
などがあります。

これまでのBARシーンでは、BARというのはお酒を楽しむ場所という認識が暗黙の了解としてあり、お酒が飲めない方は、申し訳なさそうにバーテンダーにオーダーを伝える。というシーンを何度も見てきました。

もちろん、良識のあるバーテンダーはこのオーダーに嫌な顔ひとつすることなくモクテルを作りますが、BARにメインでいらっしゃるお客様は、やはりお酒を飲む方が大半であった為、残念ながら満足できるクオリティーのモクテルを出せるバーの数が少ないのが現状でした。

しかし、世界的にノンアルコールを自ら選ぶという潮流が生まれてきている現在、これまでのモクテルからの、飛躍が求められています。

カクテルの歴史

これまでのカクテルの歴史ザッとを見てみましょう。


潰れた果実が腐る過程で酵母が付着し、自然にワインが生まれました。アルコールの概念がない当時の人たちは酔う感覚を神と結びつけ、自分達の神事に利用しました。

生活に深く関わるようになった酒は、安定的に作られるようになりましたが、品質にはバラつきがあることが多く、美味しく飲むために古代ローマではワインに混ぜ物をして、古代エジプトではビールにハチミツやショウガを加えて飲んでいたといわれています。これが初期のカクテルとも言われています。

中世(12~17世紀)ヨーロッパでは錬金術による蒸留の技術が伝えられて、蒸留酒にハーブやスパイスを漬け込み、薬としての役割も担いました。
社交会では、ワインやスピリッツ類に薬草などを入れて暖めて飲むホット・ドリンクが流行。

グラスの技術が上がっていくにつれ、透明なグラスに注ぐお酒の色を楽しめるようになりました。

私達が普段飲むような現代カクテルは、1879年の製氷機の発明以来です。
蒸留酒に砂糖や水、ビターズという苦味酒を少量加えたものから始まり、お酒とお酒を混ぜたものが多く作られました。BARにあるお酒は数が少なかった為、材料は一緒でも分量が少しでも違えばカクテル名も違うというのも特徴でした。

20世紀になると、物流が発達するにつれ異国のフルーツやお酒をカクテルに使うようになったり、禁酒法で職を失いヨーロッパに移ったバーテンダーや、世界を旅する人により、地名を冠したカクテルが生まれるなど、カクテルの黄金期を迎えます。
現在でもカクテルブックに載るようなものは⑥以降のものであり、特に禁酒法時代には多くのモクテルが作られたとされます。

1980年代になるとドライ志向が高まり、カクテルはより洗練され、2000年代にはミクソロジーカクテルという考え方が広まりだし、フレッシュフルーツを使ったカクテルや、スパイス、泡や最新技術を使った新しい方法がカクテル作りに使われるようになりました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上のカクテルの歴史を踏まえた上で、何がモクテルとただのジュースの違いを生み出しているのかを考えてみます。

モクテル=⁇

カクテル=お酒+something
モクテル=ジュースなどのノンアルコール飲料+something

モクテル作りをする上でこの"サムシング"という感覚が肝になると考えています。

⑥の時代に生まれたとされる、シンデレラやシャーリーテンプルというモクテルがあります。

シンデレラ=パイナップルJ+オレンジJ+レモンJ
シャーリーテンプル=ジンジャエール+ザクロのシロップ

とても有名なモクテルで、生まれたのは1930年代とも言われています。

20世紀に入り、透明なグラスが大量生産されて庶民にも普及していたことを考えると(それまで透明なグラスは、とても高価な代物だった)、赤いシロップとジンジャエールで2層に分かれた美しい色合いのモクテルはとても魅力的だったでしょう。

また、シンデレラに入っている南国のフルーツであるパイナップルは19世紀に入り蒸気船ができるまではとても貴重で、貴族のためのフルーツでした。
日本でも、戦後しばらくは、庶民が気軽に食べられるものではありませんでした。1991年に上映された高畑勲監督の「おもひでぽろぽろ」にも、そんな情景が描かれています。

主人公の岡島タエ子(27)が少女時代(1965年)の回想するシーンです。

巷で話題のパイナップルを、お父さんが千疋屋で買ってきます。初めて見るパイナップルに、家族全員が居間に集合し、台所にいる母親を正座で待ちます。お母さんは扱いが分からず、とりあえずスイカの様に切るものの、全く熟成しておらず、固くて酸っぱいパイナップルに家族全員が、ガッカリし、そそくさとテーブルを離れていくというシーンです。

今では考えられませんが、当時はそれだけ珍しいモノだったのです。
そんな時代にあっては、南国を感じるフルーツが入っているモクテルは非日常の極みだったのではないでしょうか?

モクテル=ジュースなどのノンアルコール飲料+サムシング

に当てはめると、このサムシングに入るのが、目で楽しめる綺麗な色合いであったり、食べたこともないようなトロピカルフルーツの味わいといえます。

カクテルでは、嗜好品であるお酒が入るので、出てくるものも自動的に嗜好品(非日常を感じるもの)になりますが、モクテルではこの嗜好品の要素が入らない為、意識して組み込んでいく必要があります。

冒頭にも書いた、これまでのモクテルが通用しなくなってきているというのは、上記2つのモクテルの"何か"の部分が特別なものではなくなってきているからと考えます。

シャーリーテンプルの"色鮮やかな2層"という部分はグラスが生まれた時から日常的にある私たちにとっては特別なものではなく、
シンデレラもシェイクして気泡が入り、フワッとすること以外は、コンビニに売っているミックスジュースと変わりません。

これがモクテルとジュースの決定的な違いなのではないでしょうか。

モクテルの要素

では、どのようにこれからのモクテルを創作していくかという話をしていきます。あくまで当店のスタイルの話にはなりますが、

先ほどの方程式
モクテル=ノンアルコールドリンク+サムシング

に当てはめていくときに、

サムシング=刺激・違和感・テイストは違うが分子レベルで相性がいいモノ

などに仮定していきます。
この違和感というところは、「どこかで覚えはあるけれど、飲み物としての経験はないな。」といったものです。

カテゴリーで大別すると、
・酸
・香り
・甘味、テクスチャー
・辛味
・苦味・渋み

などがあります。簡単にご説明していくと、

・酸
普段、カクテルに使われるフルーツ由来のクエン酸だけではなく、酢酸(お酢の酸)など喉に引っ掛かるような酸をアクセントとして使っていく。
逆にペアリングなど食中のシチュエーションであれば、酒石酸やリンゴ酸などワインに入っているような酸をいれ、穏やかに酸のバランスをとる。

・香り
普段飲み物として飲まない香りなどを入れてあげることが多い。料理にコショウやスパイスを振る感覚で足してあげることが多い。ベースに合わせてマリアージュする様に香りを重ねることもあるが、強い香りと強い香りをぶつけても面白い。

・甘味、テクスチャー
カクテルにおけるアルコールのようにドリンクのボディの要素を担うことが多い。
甘味に関してはそれだけを加えてもモクテルのボディになりずらいので、少量の酸でバランスをとり甘酸味で味を構成していく。
バーテンダーが普段の感覚でノンアルコールを作ると、お酒の甘みがないので、バランスが悪くなることが多い。
普段飲むものに比べると濃く作ることが多い。

テクスチャーに関していうと、炭酸や卵白などの泡、粘度、フルーツを荒ごしして使うなど飲みごたえを調整するために使う。
逆に、液体を乳脂肪やペクチネーゼなどを使いクリアにすることで、カクテルらしい質感を出すこともある。

・辛味
アルコールの刺激の代替という意味では、とても分かりやすい。唐辛子や生姜の刺激、山椒や胡椒などの香りと刺激がモクテルに新たな一面を見せてくれる。ホットチョコレートに唐辛子を入れるだけで大人のドリンクになるように。

・苦味、渋み
お茶やコーヒーなど、嗜好品とされる飲み物に多く共通しているのがらこの苦味です。
お酒が好きな方は忘れてしまった感覚かもしれませんが、ビールやお酒などを初めて飲んだ時の苦さは、嗜好品には欠かせない要素です。

苦味はドリンクにキレを生みますし、味わいを複雑なものにします。
人間が感じる五味の内、最後に好むようになるのが苦味です。当店でもお客様から「1番、お酒っぽいの」というオーダーがあった際は、苦味をしっかりと意識しながらモクテルを構成していきます。

渋みに関しては適度にあると、モクテルにボディが生まれるので、普段カクテルを作る際は渋みが出ないようにするところをあえて、出したりします。

・その他
これはBARならではの事かもしれませんが、視覚や嗅覚、聴覚で、“サムシング”を伝えていく方法です。
例えば、モクテルのテーマが鳥であれば鳥型のグラスに注ぐなどグラスを特別な何かにしたり、燻製やアロマの香りをカクテルの一つの材料として、その場で煙を焚いたりするのも良いでしょう。

梅干しの話を聞くと唾がでるように、モクテルに関するエピソードを交えながらお作りし、特別な一杯に感じてもらう事もあります。

まとめ

以上が、各要素におけるモクテルづくりの考え方です。これらのバランスをとりながら一杯のモクテルをお作りするのですが、もう一つ大事にしている事があります。

それは、100点のカクテルを作り、そこからお酒を抜いていくという考え方ではなく、あくまでゼロから100点のモクテルを目指していくという事です。
お酒には、さまざまなフレーバーや味わいが混在しています。100点のカクテルを作りそこからアルコールを抜こうとすると、どうしても仕上がりが物足りないものになります。

正直モクテルとして美味しいレシピが出来上がったら、お酒を入れても美味しくなります。(もちろんお酒自体に甘みも考慮しますが)

また、味わいだけではなく「ノンアルコールのジントニックです。」と出されたものがトニックウォーターにライムを絞っただけのものだったらどうでしょうか?
「ジンは?」となりませんか?
BARはお酒を飲む所だから、という言い分は、若い層のお客様には通用しません。

これまでは、BAR=お酒を飲む人が来る場所、というのが当たり前でした。そんな中で少しでも楽しんでもらおうという、バーテンダーのホスピタリティで出されたノンアルコールジントニックは、ある意味優しい嘘で、素敵なものだと思います。

しかし、ノンアルコール市場は作り手も飲み手も、何が正解なのか手探りの中、成長しています。


残念ながら、緊急事態宣言下でBARでは現在お酒を出すことができず、お店を閉められる方もいます。
お酒が出せないなら、BARを開けても意味がないと考える方もいらっしゃいますが、私が知っているBARの魅力は、お酒だけではありません。人、音楽、空間、グラスなどなど、沢山あります。

アメリカで最も飲酒量が増えたのは、禁酒法の時代だと言われています。大変な時期ですが、平常に戻った時に、飲食店がこれまで以上に素敵な場所になれる一助になればと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?