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瞬間小説 『虹のあっち側』

雨上がりの夕暮れ時。
気がつくと、私は虹の上を歩いていた。

「あれ? いつのまに?」

たしか今日は、勇気を出して初めての有給休暇を取って、えーっと……、
あーそうだ、せっかく平日に休めたっていうのに、何をすればいいか分からなくって、近所の河原を散歩してたんだ。
でも、結局仕事の事ばかり考えちゃって、周りの景色なんて全然見えてなかったんだな、私……。

遥か下の方から子供たちの声が聞こえる。
どうやら、この虹を発見してワイワイはしゃいでいるようだ。

「そういえば……」

『虹の橋を渡ると、あっち側の世界に行ける。』

小学生の頃、そんな噂が流行っていた事をふと思い出す。

今思えば、たわいもない都市伝説の1つだ。
しかも、トイレの花子さんなんかと比べれば、ひねりのない地味な都市伝説だったと思う。

でも、子供ながらに生きるのが辛いと感じていた当時の私にとって、その噂はある意味、希望の光だったのだ。いや、もっと夢の無い言い方をすれば、保険だったのだ。

こっちの世界がイヤになったら、虹を渡ってあっちの世界に行けばいい。
そう思えば、どんなにイヤな事があってもとりあえず耐える事ができた。

社会人になった今、すっかり虹の話は忘れていたが、こうしてなんとか生きてこられたのは、どこか心の奥にそんな記憶が残っていたからかもしれない。

「でも……どうしよう?」

このまま、あっちの世界に行ってしまっていいのだろうか?
こっちの世界に未練は無いだろうか?

私は、虹の上をゆっくり歩きながら考える。

仕事も怒られてばっかりで全然楽しくないし、恋愛だって思い通りにいかない事ばっかりだ。親や友達と会えなくなるのは寂しいかな……。
でも、こっちの世界に踏みとどまる理由としては、なんだかちょっと決定打に欠ける気がしなくもない。

……なんて事を考えながら歩いている内に、私は虹の頂上を通り過ぎ、もう下り坂にさしかかっていた。あっちの世界はもうすぐそこだ。

こっちの世界とのお別れを盛り上げるかのように、沈みかけの夕日が空を真っ赤に染め上げ、近所の学校から帰宅を促がすチャイムがこだまする。

「あ!」

私は、初めて足を止めた。

「今日は、私がワンタローのごはん係だった! 早く帰らなきゃ!」

私は、オリンピック選手並みのクイックターンで反転し、歩いて来た虹の道を猛ダッシュで戻る。嬉しそうに尻尾を振るワンタローの姿を思い浮かべながら。

<完>

☆表紙絵 by さとねこと さん → https://note.mu/satonekoto

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