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#文字でスケッチ

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眼前の光景に心のひだが震えた。絵に留めるかシャッターを切るか。いや僕らには文字がある。どの一瞬も文字で切り取ることができる。文字ならではの流麗さを以ってスケッチを試みる。#文字で… もっと読む
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2022年9月の記事一覧

いつもの道で|#文字でスケッチ

今日は出張会議があったので、いつもより早い時間に家を出て駅に向かった。 駅へ行く途中に、ひとつだけ横断歩道がある。横断歩道の対岸脇には、大きな楠が一本立っていて、今の季節は色づく前に風雨で落ちた薄緑の実が、あたりにちらほら散らばっている。 信号は赤。4、5人が並んで待っていた。私は後ろの方にいて、日差しの暑さもあり「早く信号が変わらないかな…」と思っていた。 やがて信号が青になり、並んでいた私たちは一斉に前進を始めた。そのうちの一人が、左右をキョロキョロした後、右手を挙

あそこのあのこ

本棚を買った。現品限りで4500円。組み立て済みの代物だった。 店員に「これください」と頼み込む。 「ただいまご用意いたしますのでそちらでお待ちください」と言われて、近くのソファに座った。 なんとなく、サービスカウンターに目をやる。そこでは新人研修が行われていた。先輩店員が新人にレジ操作を教える、ごく普通の研修だ。 「私もそんな時代があったなぁ」と微笑ましく見ていた。でも、既視感があったのはそれだけじゃなかった。 研修担当の先輩店員、よーく見たら知ってる顔じゃん… 同

番外編 降りてきた  #文字でスケッチ

首を振って、ため息をつく。 斜め60°くらい上を見上げる。 カーテンレールのもう少し上、天井と壁の境目あたり。 実際、見るために見ているのではないのだが。 そこに答えがないことはわかっている。 わかっているのにこういうとき、なぜ、必ず人は斜め上を見上げるのだろう。 空中を凝視していた視線を、今度はゆっくりと右へ動かし、それから左へ半時計周りに滑らせる。 下ろしてきた目線を次は真下へ向ける。 頬杖をついたまま、しばらくテーブルの木目を眺めたあと、右手の人差し指と中指を眉間に強

おじさんのかわいいカブ / #文字でスケッチ

20時の弁当屋さん前にカブ(バイクの)が停まる。 おじさんがヘルメットを脱いでいる。 僕は無性に食べたくなったのり弁ができあがるのを店内で待っている。 おじさんが入店してきて注文している。60歳台くらいかな。 窓ガラス越しにカブを見やる。 こぼれた店明かりが照らす緑ボディーと白シールドが夜に映える。 うん、やっぱいい。 もし乗るなら、カブだったら、ちょっとバイクも乗ってみたい、とか思ったり。 後部の荷台の横に取り付けられた“赤いバッグ”に目が留まる。 緑と白と赤