【短い物語】 チャンスの追いかけ方

自宅の近くに喫茶店ができた。
別に洒落た店じゃなくて、よくあるチェーン店だ。

その店ができて少し経ったあるときから、毎日通っている。

お目当ては、店長の女の子だ。

ずばりタイプである。
見た目、雰囲気、話し方、すべてがど真ん中だ。

そして、通っている間にわかったのは、その日のバイトが一斉に休憩に入る時間帯がある。ランチどきのピークタイムの少しまえだ。
ゆえに客席も嵐の前の静けさをみせるように、店内がまばらになる。

つまり、店長を独占できる確率がとても上がる時間帯なのだ。

とはいえ、何ができるわけでもない。

店の扉を開ければ、
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
と言われ、
座ると、水とおしぼりを出され、
「ご注文決まりましたらボタンを押し」
と勢いよく言われそうになるが、言いきるまえに、
「あ、ブレンドのブラック」
と伝える。

それだけだ。

オーダーをとり終えると、店長はカウンターのなかに入り、コーヒーを入れ、運んできてくれる。

そして、
「お待たせしました。ブレンドのブラックです」
と、机にコーヒーカップが置かれ、その戦いは終了する。

何かできるタイミングがあるなら教えて欲しい。
どこにも隙がない。
すぐに今日のチャンスが消えていく。

置かれたコーヒーを、息をふきかけ冷ましながら口に運ぶ。もちろん店長を横目で追うが、こちらを一瞬たりとも見ようとはしない。

もはや俺など存在しないかのような振る舞いだ。

なんだ?俺を避けているのか?
何か俺を妨害する空気をこの店は出しているのか?

まさかそのせいで、おれはチャンスをものにできていないんじゃないか?

憤っていると、なぜかふと、以前クラシックコンサートに行ったときのことを思い出した。そのときにも同じような空気を感じた覚えがある。

強烈に覚えているのは、会場のなんとも言えない息苦しさだ。

コンサートはだれのものでもない。チケットを買えばだれでも行ける。それ以上の条件はない。
もちろん多少のマナーがあることは承知している。ただそれたけに留まらない閉鎖感があった。

そこにいるだれもが、新参者である俺を視界に入れようとしない。
見て見ぬふりではない。そう、まさに存在しないことにしている感だ。

自らの価値を認めてもらうために視界を閉じているのか。
そう思って早々に会場を立ち去り、行きつけのバーで愚痴をつまみにしようと思ったその瞬間、鏡にうつった自分をみて気づいてしまったのだ。

違う。

彼らを描写している自分こそが、その閉鎖感をつくりだしているに過ぎなかった

鏡にうつるその姿は、周囲の彼らとは比べ物にならないくらい哀れだった。

自身の存在を認めてほしいがために、周囲に罪を擦り付けて、自身の様を彼らに押し付けていただけだ。

よくみれば、彼らはこちらに対して、なにもしていない。こちらが勝手に閉じているだけなのだ。

そうだ、思い出した。
そのときと同じなのだ。

店長は、なにもしていない。
無視をしているわけでも、嫌悪しているわけでもない。
とにかく、こちらに対しては、なにもしていないのだ。

では、どうするか?

店長に何かをしてもらうためには、こちらが一歩踏み出さなければいけない。

会計のときだ。
まさにその瞬間こそが虎穴に入るときだ。

いざ、
意を決し、出口に向かって歩きだし、会計をしようとしたとき、

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

ランチタイムに入ってしまった。
店長は入ってきた4人組を席へと案内し、時を同じくして休憩から戻ったバイトの男に会計をしてもらい、店を後にした。

それから1年、

まだ、なにもしていない。

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