【短い小説】 第二章 身なり

 ある時代、その社会では、クラスという「階級」が人々に与えられていた。その「階級」が、社会を構成していたと言ってもいい。

「その身なり、クラスCか?」

 そう言われた母子は、
「すみません、すぐ道をあけますので」

 見ると、子が道の真ん中に座り込んでいた。
 どうやら、道沿いの家の脇に入った猫を探していたらしい。

 そこへ「上級」のクラスBの人間が通ろうとしていた。つまり、クラスCの母子の「上級」の人間だ。
「下級」の人間は、「上級」の人間に、逆らってはならない、そのため、道を譲るのも当然、とされている。

 母は子を抱えると、すぐに道の脇に身を避け、クラスBの人間が通り過ぎるまで、膝をつき、頭を下げていた。
 そして、クラスBの人間が見えなくなると、子を抱え、そそくさと小道へ入っていった。

 小道の角を曲がり、外の大きな道からは見えなくなったところで、子を下ろし、手を引きながらある家の前まで着くと、やや乱暴に、どんどん、とその家の扉をノックした。すぐに、ガチャっと扉があくと、その母はいきなり、
「何やってるの? ノックする前に開けなさいっていつも言ってるでしょ」
 と、扉を開けた老婆を怒鳴りつけた。

 この老婆は最低階級のクラスGであった。
 母は、その老婆を押し除け、子を扉のところに放ったまま、家の奥まったところにある棚に真っ先に向かうと、手を合わせ、必死に何かを祈っていた。

 またある時代、その社会では、2つの派閥が争っていた。

「その身なり、ユニ派か?」

 そう言われた男女は何も応えずに、質問してきた男たちを睨みつけるように見ていた。
 質問を投げかけた男たちは、ものすごく緊張した様子で、背後の通りにその男女が入らないように遮っていた。

「誰に言われてここにいる? ここから先はアニ派の居住区だぞ? 許しがない者はここを通れないということがわかっているのか?」
 手を広げ、威圧的にその男女を追い返そうとする仕草を見せていた。

 問われた男女は、表情をわざとらしく緩ませ、
「いや、道に迷っただけだ。すまない、知らなかった」
 と、来た道を帰っていった。

 去っていく男女の後ろ姿を怪しむように凝視していたひとりの男に向かって、後ろから現れた別の男が声をかけた。
「部隊長、軍隊長がお呼びです」

「わかった、ご苦労。しばらくの間、警備を任すぞ」
 声をかけられたその男は、足早に、ある建物に向かっていった。

 その建物につくと、その男は扉に向かって敬礼をしたのち、
「軍隊長、お呼びですか」
 と強めに声を発すると、扉の中から、
「入れ」
 とだけ声が返ってきた。

「失礼します」
 と、その男が扉を開けると、ひとりの偉そうな男が真ん中に鎮座し、その横に、身体をこれでもかと鍛えた男が、部屋の中にいた。
 呼ばれた男が、改めて敬礼すると、偉そうな男が口早に話し始めた。

「さっそくだが、明日には作戦を開始する。準備を念入りにしておいてくれ。わかっているとは思うが、この作戦は革命と言ってもいい。我々アニ派はユニ派を打ち倒し、アニ派の人々を正しい世に導かなければならない。これまでのユニ派の階級社会は、人々を苦しめる悪しき歴史の産物だ。その歴史に終止符を打つためにも、我々はこの作戦を決行し、勝利しなければならないのだ」

 偉そうな男が言い終えると、呼ばれた男は少し緊張な面持ちに変化しながらも、敬礼したまま、
「わかっております。階級なき社会に向け、全力で戦って参ります」
 と、先ほどよりもさらに強い口調で応え、扉を開けその部屋を出た。

 部屋を出ると、さっと振り返りその建物の最上階を見つめると、その最上階にいるであろう自分たちユニ派の「先生」に向かって、改めて強い眼差しで敬礼し、決意を新たにして来た道を戻っていった。

 ところで、
 どんな時代にも、ある「存在」が常にいたことを、歴史はほとんど語らない。

「その身なり、捨て人か?」

 その者は、質素な服装に身を包み、髭を長く伸ばし、着ている上着に手をいれながら、ふらふらと歩いてきて、とある建物に歩き入ろうとした。その様子を見た建物の入り口に立つ警備員が、やや低姿勢になって丁寧にその前を遮った。

「「捨て人」の方ですよね? であれば、ここから先は危険です。お戻りください」

 警備員に遮られると、「そうか、わかった」と告げ、また別の道へ、ふらふらと歩き出していった。
 彼らは、行くあてなく、ただ歩いているのだという。遮られても、断られても、流されるように状況を受け入れ、歩き続けている。

 どの時代でも「捨て人」たちは、世を超越した存在として、「社会」とは切り離されるべきなのだと信じられていた。
 だから、「社会」の人間たちが絶妙なバランスで秩序を保っている集団居住地や、「社会」同士が争っている紛争地などからは、遠ざける必要があると思われていた。

 その結果、どの社会にも属してこなかった。それゆえ階級もない。
 だから、階級によって構成されている「社会」の人間たちにとって、自分よりも上級なのか下級なのかを判定できない彼らの存在を、どう扱っていいか判断つかないために、漠然と畏怖することしかできなかった。

 一方、そんな「捨て人」と呼ばれる彼ら本人たちは、世を捨てたとも、世に捨てられたとも思っていない。

 彼らに言わせれば、ただただ自分たちが思ったように歩いているだけなのだ、と。それが、たまたま、社会の中で「独自」だと思われているだけなのだ、という。

 彼らのことを「捨て人」と呼んでいるのは、「社会」に属する人間たち側だけで、自分たちの階級という基準で判定できない「独自」の存在ゆえに、そう呼ばざるを得なくなったというだけだ。

 これまでにない「独自」の事柄というものは、階級や歴史、つまり「社会」の中では処理できない。
 逆に言えば、「社会」というものは、「独自の存在」というものが混入してしまった時点で、容易に壊れかねない脆い概念でもある。

 だから、もし「社会」を転覆させようとするのであれば、その「社会」に「捨て人」を組み込めばいい。簡単な話なのだ。

 だが、そうしようとすると、矛盾が発生する。「社会」を転覆させようとする者たちも、同時に、別の「社会」の人間であるからだ。

 捉えることができない独自の存在である「捨て人」を、その目的のために組み込むことはできない。
 だから、「社会」を転覆させようとしても、結果、また別の「社会」に変化させることしかできない。

 ではどうするか。「社会」が「捨て人」になるしかないのだ。

 さて、最後に問おう。「社会」に属するか、「社会」に反しようとする「社会」に属するか、それとも独自にただ生きるか。

 その身なりを間違えてはいけない。

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