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カツオと日本と

「目に青葉、山ほととぎす、初ガツオ」という句は、ここ鎌倉で詠まれたものです。だいたい、五月頃の句のようで、本当に空が広々と青く広がるような感じのする鎌倉の初夏の様子が、よくでています。作者の山口素堂は、松尾芭蕉とも親交のあったと言われている、江戸時代の俳人です。のびやかで、爽やかな句は、一度聞いたら忘れませんね。

鎌倉は日本のナショナルトラストが始まったところですから、緑地保全の運動も盛んです。都心からくると、緑が多く感じます。山にずっと住んでいるホトトギスが、恋の季節に備えて唄の練習をしているのが聞こえたりします。ホーホケキョにならないで、ホーホケとか、ケキョケキョと言っているのですね。これで上達したらデビューなんですね。

最後に名前のでた初ガツオは、この時代、江戸っ子に珍重され、「女房を室に入れても初ガツオ」とまで言われたものです。歌舞伎役者の中村歌右衛門が3両で買ったのが評判になりましたが、これは現代で30万から40万円だそうです。とても庶民に手の出る値段ではありませんね。これはとても話題になったでしょうから、それを狙ったと見えなくもありません。家族で食べたとしても、冷蔵庫のない時代に傷みやすい魚ですから、早々食べきれるものではありません。役者としての宣伝活動も兼ねた投資だった、と言う気がいたします。庶民がかつおを食べるのは、秋になってエサを沢山食べて北上してくるのを待たなくてはならなかったようです。この秋の戻りガツオは、初夏よりは沢山水揚げされたので、お値段も少しお安くなっていたのです。

初ガツオは、あまり脂がのらずあっさりとした味わいで、タタキにして食べると、美味しいのだそうです。戻りカツオは、脂がのり刺身に向くそうです。この時代は、まぐろの脂ののったトロは捨ててしまい、赤身を好んで食べ言いました。時代の嗜好もあるでしょうが、江戸時代の物流や、保冷設備を考えると、脂がのっているほうが痛みやすかったのではないか、と思います。カツオも初ガツオが珍重されたのは、そうした理由もあったように思います。

奈良時代には、干したカツオを税として納めていたようです。これは今の鰹節のように固いものではなく、濃い塩水で煮てから干したものだったようです。この塩水も、干したかつおも、調味料のような使われ方をしていたようですが、塩水の方は廃れてしまいました。鯵のくさやの付け汁の様に、悪臭を放っていたのではないか、それで廃れていったのではないか、と勝手に想像いたしております。干したカツオは、江戸時代にカビ付けをして鰹節にするという技術が確立しました。カツオは高級品でしたが、鰹節は庶民でも手に入る価格で、かつおだしで煮たものに削り節をかけるほど、江戸の人には好まれていたようです。

この鰹節の原型ではないかと言われているのが、モルディブのモルディブフィッシュという加工品です。作り方は、奈良時代の干しカツオとほぼ同じで、沖縄経由で日本に伝わったのではないか、と言われています。海で航海していた船が、流されたり遭難したりして、色々な文化が伝えられてきたのでしょうか。船に溜まった海水のことを「アカ」といい「アカを汲みだす」などといいますが、これはラテン語のアクア(水)が語源だそうです。どうやって伝わったのか、想像すると楽しいですね。

世界のカツオの8割は缶詰としてツナ缶になってしまいます。日本では、カツオの缶詰はツナ缶と表記してはいけないと決まっていますので、日本のツナ缶はマグロです。そう考えると、日本のツナ缶はなかなか高級品ですね。

カツオは焼いてしまうと、脂が落ちてぱさぱさになってしまいます。諸外国で、オイル漬けの缶詰にするのは、このぱさぱさを補う為かもしれません。スペイン料理で、カツオをニンニクと一緒に焼くものがありますが、オリーブオイルをたっぷりかけて、脂を補う料理法です。生や、たたきで食べている日本人が、一番美味しい食べ方をしているのかもしれません。

カツオのたたきと言うのは、日本料理の魚の食べ方の中で、かなり異色の存在です。通常、刺身にニンニクを使ったりはしません。以前読んだ話で、四国に流れ着いた外国人が、地元の人に暖かく迎えられて生活していたが、食事があまりに母国と違うので、ステーキを懐かしく思い、つい口にしてしまったそうです。それを聞いた地元の人が、動物の肉を食べる習慣のなかった時代ですね、赤身の肉の代わりに、赤身の魚であるかつおを用意し、中が生になるようにして炙り、ニンニクを添えて用意してあげたそうです。これがたたきの起源という話なのですが、とても温かみのあるお話ですね。きっとこの外国の方も、地元の人の思いやりに触れて、胸が熱くなる想いだったことでしょう。

カツオは和食に欠かせない鰹節といい、刺身やたたきで食べるカツオといい、日本人の暮らしを彩る大切な存在ですね。


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