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はじめまして 娘々 です。

はじめまして、娘々(にゃんにゃん)と申します。
現在 20歳 の大学生です。教育学部に所属しながら、哲学や社会学、セルフラブやセクシャルウェルネス、ファッション、美容などに興味を持ち、日々学びながら生きています。

InstagramやTwitterを愛用し、そちらでも書いたり、呟いたりしています。しかし、文字数制限などの関係で、なんとなく上手く書けずモヤッとするトピックも多々あり、見る専で活用していたnoteに書いてみようと決めました。拙い文章ではございますが、読んでいただける方に何かお届けできたらいいな、という気持ちで書いています。

教育学部で ぶち当たった 違和感

教育学部に所属して、2年が経過しました。1年生の頃は、課題をこなすこと、単位を取ることに兎に角 必死でした。今 読み返すと、なんて忖度レポート書いてんのよ!というような仕上がりのレポートばかりを、必死に書いている日々でした。なので、とても忙しくて退屈な日々。

2年生になると、慣れによる余裕がでてきて客観的に大学生活を見つめられるようになりました。さらに、対面の授業がほとんどになり、教授と面と向かって話すことが増えました。そこで、いかに1年生のときに理想像で物事を、教育を、語っていたかを痛感しました。それは、とある社会学の授業を履修したことがきっかけで... 。(人生を変える授業だったので、後ほど必ず投稿します)
そんなことに気づいた?気づいてしまった?私と友人は、兎に角おかしいと思ったこと、引っかかったことは、ハッキリと教授に伝えるようになりました。例えば、いい教員になりなさい、教育に尽くす生活を送りなさい、といった教授からのエール?いや、洗脳と紙一重の発言。私たちは、教員志望で学部に所属していることは間違いありません。しかし、私という人間や生活、アイデンティティが完全に無視されている発言としか思えません。それを、笑顔で言ってくる教授のなんという多さに、毎回 絶望です。また、学習指導要領を読み込みなさいとよく言われますが、ただ、全てを鵜呑みしているようにしか、私には見えないのです。学習指導要領の裏には、国の明らかな洗脳的な面がくっきりと見えてくるわけで、私たちはそこを突きますが、答えは勿論 返ってきません。

そういった、矛盾や憤りと1年かけてずっと戦ってきました。しかし、それらは驚くほど無かったかのように無視されます。20人くらいの教授の中で、受け止めてくれるのは、せいぜい3人くらいでしょうか。ビクともしない、変わらないという現実。教員を養成する場がこの状況なのだから、日本の教育が変わらないのには納得してしまいそうになります。ましてや、教授多くが、現場での経験を積んでいません。なんて、ことだと思っても、教育学部に入る前は気づけるわけもなく。そんなことを教えてくれる人はいません。なぜなら、良くも悪くも、みんな仲良く、そうだね、という話し合いのが多い環境だからです。私には、授業中、疑問しかありません。なぜ、何も感じない?もしくは、無視できるのか。

こんな違和感を抱えつつも、逃げられない。むしろ、逃げて考えるのをやめてしまったら、呑み込まれることになるから、その選択のほうが絶望的であると言えます。教員になるやつが、こんなこと…と言われるのかもしれません。しかし、教育という世界がいかに社会と切り離されてしまっているか、異質なものかに気がつかないことの方が、私はヤバいと感じます。それに、もう気づいてしまったから手遅れです。私は、もう戻れません。そんな感じで、大学では勿論、浮いているし、それは自分でもわかっていて自分のスタイルで堂々と生きてます。だから、今さら何を言われても、という感じ。今は、こんな私の書く文章を一体、どんな人が読んでくれるんだろうとワクワクしています。

あまり、いや 本当にまとまりのない初めての投稿になってしまいましたが、セルフラブやファッションも、感じているモヤモヤなどもゆっくり書いていきたいです。ここまで、読んでくださりありがとうございます。また、お会いできることを願っています。

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