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満月横流し

ゆうちゃんと道を分かれて数日、決定的に解散したその日に気を紛らわせようと会った男と私はピザ屋のベンチで手を繋いでピザを待っていた。


「さーちゃんしりとりしようよ」

「よ、寄り道」


私のアグレッシブなしりとりの始め方にその人は笑ってくれた。


「そういう所いいわぁ」


向こうが始めたしりとりなのに私の出した(ち)のパスは何故か1ターン目で流された。でも良いと言ってくれることが嬉しかった。認めてくれるこの人と繋いだ手の感覚が鋭くなり体温を感じる。この状況に(道はこっちだったのかな)と思う気持ちが芽生えなくもない。

狭いピザ屋のドアが開きカップルが入ってきた。2人は注文を終えるとドアを挟んだもう1つのベンチに座る。


「イントロクイズしよ」


女性が楽しそうに持ちかける


「えーマヤからね笑」

「えー!急には出ないよっ」


何故か持ちかけた側のマヤさんは照れ、結局イントロクイズは始まらない。

数分前の自分達と同じ様などこにでもある会話を交わすカップルを眺めているとカップルの男性と私が手を繋いでいる男の髪型が一緒であることに気付く。
ついさっき「認めてくれるこの人」と感じた男のわざと伸ばした襟足を急に憎たらしく感じた。自分だって隣のカップルの女性と変わらないのに。

急速に不快に感じ始めた繋いだ手を髪の毛が口に入ったふりをして解く。そのタイミングで私達が注文したピザが出来上がった。

相談して小さめを注文したはずのそれはいざ手にすると大きくて、これから2人でこれを食べなければならないことが憂鬱で仕方なかった。
そんな事を考えている私に支払いを奢ってくれている男にとても申し訳無く感じた。

しかし、この期に及んで私の思考を占めていたのはプライドが高めなゆうちゃんを思ってお会計はゆうちゃんに任せて店を出てから半分渡していた事や暫く経ってからその気遣いは必要無いのかもしれないと気付いた事だった。

私は自分がこの男といる事を「特別なこの人との特別な経験」とは感じられない事を悟った。ゆうちゃんに会いたかった。ゆうちゃんとネタをする自分のことは特別だと思ってたのかもなぁ、

帰り道私は手を繋がれない様に2人の間側にピザの袋を下げた。しかしどこまでも優しいその人は「持つよ」と袋を取り、さっさと手を繋いでくれた。どうにかして手を離したいと考えているのにどうしてこの人の家に向かっているのか、もう訳がわからなかった。


「ねぇ見て月めっちゃでかいよ!」


私の気持ちは悟られる事無く、男がそう言った。月は本当に大きくてそれまで上の空で会話していた私も立ち止まって月を見た。
私は空いている右手でゆうちゃんにLINEを入れた。


『ゆうちゃん、月めっちゃでかい』


私の左手を握っている優しい男は別の男に月を横流しする失礼極まりない私の行為に気付かない。

後日ゆうちゃんから


『それを1番に報告する相手が自分で光栄です』


というとんでもない返信が来た。相変わらず自意識過剰の塊の様な人間である。
ゆうちゃんが自分に1番に報告されたと思っている月は襟足男と見た月の横流しである。
きっとそんな事は微塵も想定していないのだろう。
私の方こそ光栄だなぁ

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