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見えなくてもやってもらえばいいじゃんとは言う物の

以前アメリカの盲ろうの弁護士ハーベンさんの著書について書いた。

彼女曰く、障碍者は人に頼むエキスパートとの事だが、私は誰に何をどの程度頼んで
いいかの下限がわからず、それが面倒なのでなるべく自分でやれることはやる事にし
ていると書いた。

ちなみにハーベンさんの本の音訳を点字図書館に依頼したところ、出来上がるのは来
年の年末だとか。


そして障碍者の中には物を頼むエキスパートすぎる人がいるのも事実。

「空気を読む」という言葉はあまり好きではないが、障碍者の中には、それがことの
ほかうまくできない人がいる。

私も正直そこらへんのさじ加減がわからないし、受け取り方も人それぞれなので、頼
まなくて済むなら頼みたくないのである。

中には、自分たちは不自由なんだから、健常者がやってくれて当たり前と思っている
極端な人もいる。

例えば、ランニングの伴走を請け負ってくれた人に、買い物だ引っ越しだと車を出し
てくれという人、引き受けてくれたのは伴走であって日常生活補助ではないことがわ
かっていない。


私たちが何かをお願いすれば、大抵の人は請け負ってくれる。
それに味を占めたのか他に人を探すのが面倒なのか、同じ人に何度も頼む人がいる。

ヘルパーさんのように仕事で決まった時間に決まった仕事をする事になっている人は
いいが、ちょっとしたボランティアをするつもりが、流れでただ働きさせられる方は
たまったものではない。

そういう人が、「もう障碍者にはかかわるまい」と思うのは当然の流れだろう。


当たり前のように、何の悪気もなく、人に丸投げしてくる人と言うのは障害の有無に
かかわらず、あちこちに潜んでいる。

しかし、障碍者の場合、お願いされた方は、相手が弱者で不自由な人だから無下に断
ることもできず、かと言って確実に負担にはなっているからもやもやするのである。


確かに、見えないとかなりいろいろできない。
できても時間がかかりすぎてお話にならないことが多々ある。
だからどうしても人に頼らなければならない場面が多くなる。
これは仕方がない事である。

でもちょっと考えてほしい。逆の立場だったらどうか。
相手に過度な負担を強いていないか?!お願いしたこと以上の負担をかけていないか!?


ボランティアの方、自分が負担だと思ったら「もう障碍者とは関わりたくない」と思
う前に、うまく断ってほしい。

ダイレクトに「もう大変だからいやだ」とは言いにくいだろうから、「仕事が忙しい
」とか「家庭の事情で」とか、嘘も方便と言うやつだ。


しかし、以上の面倒事も、多くは障碍があるから生じる問題であって、障害がなけれ
ば自分で解決できるような事が多い。。

ちなみに私はこの不自由さはもう不幸の領域だと思っている。

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