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見えなくてもインクルーシブ ?!

前に「閉経した女性はもはや女じゃない」みたいな発言をした政治家にこりゃひどい
と立腹していたところ、友人が「こういうあからさまな事を言ってくる人はまだまし
なんだよ。本当に怖いのは耳障りのいいことを言ってくる人なんだよ」と言っていた


SNS全盛時代、ヘイトスピーチが問題になっていて、刑罰も厳しくなってきている。
そんなニュースを聞いたそばから」障碍者皆殺し」みたいなコメントを平気で書く人
がいる。バカなのか?!いや、かわいそうな人なんだろう。そしてこういう悪意丸出し
の人はわかりやすいのでまだ対処の使用がある。

一番たちが悪いのは、無意識で差別や虐待をしてくる人である。

運転が下手なボランティアの車に乗っていた弱視の友人が途中で気分が悪くなり、車
を降りたいと言ったら、そのボランティア、いきなり機嫌が悪くなってどこかわから
ないところに弱視の彼女を降ろしたそうだ。そのボランティアには私も置き去りにさ
れたことがある。たまたま他の晴眼の友人に見つけてもらい、事なきを得た。
私はこのボランティアが特殊な人なのかと思っていたのだが、他にも何軒か同じよう
な話を聞いてびっくりした。視覚障碍者をどこかわからない所に置き去りにするとい
うのはもはや虐待である。

こういう人は障碍者に対して思い入れが過剰で、「自分が彼らのために」という押し
付けをしてくる傾向がある。普段は本当によく助けてくれてありがたい存在なのだが
、自分のやり方に障碍者側が異議を申し立てるといきなりへそを曲げる厄介な面を持
っている。。


昔電話交換手をやっていた時、晴眼者の中に何人か視覚障碍者を雇った。晴眼者の中
には「盲人と同じ扱い」が嫌だったのだろう、よく知りもしないうちから視覚障碍者
を仲間はずれにしようとしたり、何かというと文句を言ってきたりする人がいた。
採用された視覚障碍者は個人の能力差がかなりあったのだが、とにかく十把ひとから
げにされていた。
そんなこんなであまりいい環境とは言えなかったので、この職場が閉鎖される最後ま
で残った視覚障碍者は6人中一人だった。

転職してからも、私より10年くらい後に入ってきた派遣職員がいろいろ命令してきた
。パソコン画面が見えないとわからない部分があるので見てほしいとお願いすると、
「こんなのもできないのか」という対応をされる。私にはできない「こんなこと」が
たくさんあるので、上から命令してもいいのだと勘違いをしていたのかもしれない。

私の場合、障碍者であるばかりでなく、小さくて弱キャラだという事も無下に扱われ
る要因なのだろうが、大きいおじさんたちからも見えないゆえに精神的圧力をかけら
れたという話を聞いている。

どの人もまじめだし基本悪い人ではない。悪意というよりは潜在的な差別意識なのだ
ろうか。本人たちに聞いたら、少なくとも電話交換の人以外は、盲人を虐げたという
自覚はないだろう。でもこういう無自覚な虐待が一番質が悪い。


、「障碍者が職場に定着するためには何が必要か」というアンケートに、弱視の友達
が「鈍感力」と答えた。まさに言いえて妙である。結局一人ではできないことが多い
から、誰かに手伝ってもらわなければならない。はじめのうちは腫れ物に触るように
接してくるが、慣れてくると、「こんなこともできないのか」になってくる。そして
「こんなこともできない」人は実はさぼっているのではないか?そしてだんだん面倒
くさくなってくるのだと思う。
障碍者が職場に定着するには、こんな時、嫌味も嫌味と受け取らずに済む、強い「鈍
感力」が必要なのである。


確かに障碍者は面倒くさい。どこまで手を貸してやればいいのかもわからないので無
駄に気を遣う。同期の飲み会なんてのがあっても、会社の公式のものでなければ絶対
誘いたくない。仲間で羽目を外したい時に誰が面倒見るのだ。下手になつかれてあれ
これ手伝わされるリスクを考えたら近づかないのが吉。

世の中多様性だのインクルーシブだの耳障りがいいことを言っているけれど、これは
みんな蚊帳の外の話。パラ選手や頑張る障碍者もテレビの中の人たちだから無責任に
応援できる。これは省庁が障碍者を雇わなければいけないところ、適当にコマ化して
いたという事実からも明らかである。


嫌な話ばかり書いてきたが、世の中には「神ボランティア」とか「神ヘルパー」とか
もいる。こういう人に出会えた時は素直にうれしい気持ちになる。

一方、世の中にはこんな「神」をも激怒させる毒障碍者もいるのでご注意あれ。私も
そうならないように心してかからねばと自省の日々である。


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