見えなくても一人暮らし
20代半ば、どんどん見えなくなっていき、いよいよ文字処理ができなくなったので日
本点字図書館の中途障碍者向け点字教室に通うようになった。そしてそこでいろいろ
な視覚障碍者との縁ができた。その中に盲学校出身の全盲大学生がいた。私は彼女が
一人暮らしをしていると聞いてかなり驚いた。全盲で一人暮らしってできるの?!
当時の私は中心視野が欠損してしまったので文字処理はできなくなってしまったけれ
ど、見えているところは視力0.1くらいはあって、白杖なしでも十分歩けていた。
その後、仲良くなった全盲の男の子が就職と共に一人暮らしをすることになったので
、何人かの仲間で新居にお邪魔した。。
私にとっては初めての「全盲の人のお宅訪問」だった。
彼のアパートは駅から10分弱くらいだったけれど、何度も曲がってわかりにくいとこ
ろにあった。まずどうしてここのアパートにしたかが謎だった。今の私の視力では絶
対一人では行かれなさそうなルート。いくら自力歩行能力に優れているとはいえ、こ
こはないだろうというのが第一印象。
部屋はというと本当に普通の一人暮らしの男の子の部屋だった。1Kの畳の部屋にタン
スやベッド、テーブルやテレビがある。キッチンも不通に冷蔵庫や電子レンジ、ガス
コンロがある。
彼は一人暮らしをするにあたって、料理の生活訓練を受けているのでちゃんと自炊し
ていた。
見えない人らしいところと言えば、調味料を頭をプッシュすると一定量出てくる醤油
さしに入れていたことくらいか。
後に一人暮らしの私の家に来た晴眼者が「時計と鏡がない以外、普通だね」と言って
いたけれど、彼の部屋にも普通の時計と鏡はなかった。見えない人は音声時計を使っ
ているので、見えるところではなく、触れるところに密かに時計を置いている。
目が見えなくても、ある程度訓練すれば一人暮らしもできないことはないという事を
この時初めて知った。
私はずっと実家住まいで家事は皆母に丸投げだった。しかし30を過ぎたころ、今更の
ように、母は私より先に死んでしまうのだという事に思い至った。
しかも私の眼疾患は進行性、全く見えなくなってからの自立はより困難だろう。
見えていたころかなり本格的な製菓教室に行っていたので、料理はできる。洗濯や掃
除は機械がやってくれる。でも基本料金がどのくらいだとか、どうやって払うのかと
かは全然知らなかった。何かトラブルが起きた時は、見えないと何もかも普通の人の
何倍かは困難に違いない。
そして、相談できる母が元気なうちに経験値を積まなければいけないと思いつき、一
人暮らしを決意した。
当然家族は大反対。便利なところに住んでいるのにわざわざ余計なお金をかけて別に
住む意味はない。しかも普通の人よりリスクはずっと高い。
そこを何とか説得し、実家の近くに一人暮らしすることになった。
自分だけの部屋を持てるというのは気分が上がるものである。なるべくお金をかけな
いように実家で使っていない鍋や食器をもらってきたりはしたものの買わなければい
けない物もあった。その一つがトースター。
しかし引っ越し早々そのトースターでやらかした。
買ったばかりのトースターは開けたところに紙が貼ってある。それに気づかず、紙の
上にパンを置いて焼こうとしたら紙が燃えて火が出た。
盲人は火事を出すだろうから部屋を貸してもらえないという話を聞く。しかし実際火
事を出した盲人の話を聞いたことがあるだろうか。これこそ先入観と偏見に満ちた差
別的発言!なんて言っていたそばから一人暮らしを始めるや否や「火事を出した盲人
第一号」になるところだった(滝汗)
急いでコンセントを抜いて事なきを得たが、部屋に煙が充満し、換気が大変だった。
始めに大きな洗礼があったが、それ以降特に問題はなく楽しいおひとり様生活がスタ
ートした。
そこから何度か引っ越しはしたものの、実家は近くだし、友達も周りにたくさんいた
ので寂しい一人暮らしとは無縁だった。
それでもやはり、個人差はあれど見えないと大変。
情弱で不器用な私にとって、一番はパソコン周りの不具合に対処できない事。
電話サポートの人に「一番下の緑のランプが」などと言われてもわからない。
一度なんかはサポートの人に来てもらったところ、コンセントが抜けているだけだっ
たことがある。それでも出張料として何千円か払った。コンセントがぐちゃぐちゃし
ていると触覚だけではどこに何がつながっているのか判断が難しい。
切れた電気も付け替えられない。
今でこそスマホのOCRアプリでずいぶん文字が読めるようになったけれど、生協で買
ったものが何だかわからない。買ったものリストと商品を触った感じで「きっとこれ
がこれだろう」とあたりを付ける。すると冷凍のミックスベリーだと思っていたもの
が混載ミックスだったりする。
賞味期限もわからないからにおいと味で自分で決める。
他には洗った衣類の汚れがちゃんと落ちているかわからなかったり、裁縫関係ができ
なかったりする。
掃除もできているかわからない。料理をした後に野菜や肉の切れ端が落ちているのに
気づけない。大ふきで拭いているつもりになっていても、いつのだかわからない食材
の残骸を発見して焦ることがある。
重度障碍者の場合高齢者同様家事援助のヘルパーをお願いできる。はじめのうちは、
着てもらう時間もないし、自分でどうにかなるだろうとお願いしていなかった。でも
アトピーがひどくなっていよいよ水仕事ができなくなったのでお願いすることにした
。
はじめのうちは食器洗いをメインに掃除をお願いしていたが、水仕事ができるように
なってからは掃除と料理を一品お願いすることにした。
やはり自分で作るよりヘルパーさんに作ってもらった方がおいしい。果物もきれいに
むいてもらえるのがうれしい。
他に郵便物も読めないので代読してもらったり、宅配便の伝票を書いてもらったりし
ている。
健常者ならあり得ない謎の不便さもあるけれど、いろいろな人に協力してもらって今
はそれなりに楽しく一人暮らしを満喫している。
視覚障碍者は個人差が大きいので難しいところもあるけれど、見えない人が火事を出
すというのはほぼ都市伝説。少なくとも私は聞いたことはない。
だから不動産屋さん、見えないからという理由で一刀両断にしないでください。ちゃ
んと本人と面談して大丈夫かそうでないかを判断してください。
今回はメディアパル様の規格に参加させていただきました。
ゆるっと再募集!【企画】たのしい?さみしい?「#ひとり暮らしのエピソード」教
えてください!(募集期間2023/1/6~4/15)
https://note.com/mediapal
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