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病み垢は良いものだ

病み垢とは、精神疾患を持った人たちの闘病アカウントのことだ。

以前のわたしは、病み垢に強い偏見を持っていた。

自分に酔ったメンヘラが自傷の写真をアップしてポエムを書き散らかしているのだと思っていたのだ。

そのためプロフィールに病名が書いてあるアカウントには近寄らないようにしてきたし、自分が病み垢を作ることになるなんて考えたこともなかった。


わたしが病み垢を作ることになったきっかけはメインのアカウントでは弱音を吐けなかったからだ。

わたしの初期のフォロワーはミニマリストが多い。

ミニマリストは挫折した経験がある人が多いようでわたしが弱音を吐いても理解し励ましてくれた。励ましと言ってもその時のわたしの精神状態を読み取って負担にならないような言葉をかけてくれたのだ。みんな大人だ。


ところが節約アカウントに変えてフォロワー数が増えてくると様子が変わってきた。わたしが「死にたい」というと「そんなこと言ってはいけない」と責められ、「何も頑張れない」というと「今からでも努力したらいい」と追い詰められる。

きっと「そんなこと言ってはいけない」と励まし、「今からでも努力したらいい」と励ましていたのだろうとは思う。

しかし希死念慮と戦っている状態では「お前の頑張りが足りないんだ甘えるなボケ」と聞こえるのだ。全て病気のせいだ。

吐き出す先がもうTwitterしか残っていないわたしは荒れてしまう。荒れると見ている人たちが嫌な気分になるだろうと思う。そうしてわたしは吐き出す場所がどこにもなくなってしまった。


追い詰められたわたしは、病み垢を作ることにした。


プロフィールには病名と現在の状況を書いた。同じ病気の人ばかりフォローした方が理解が得られるかもしれないと考え、同じ病名の人を手当たり次第フォローして行った。

そこには生きるために闘う世界が広がっていた。

自分からフォロワーに絡むことは少ない。しかし、彼らが懸命に生きるために活動している姿を見るだけで励まされた。

希死念慮と闘う人、就労支援に通い立ち直ろうとする人、元気になりすぎて自分から入院を求める人、自殺を試み戻ってきた人、そして戻ってこられなかった人…。

わたしは見知らぬ人同士が励まし合っている姿を見るだけでも不思議と元気が出てくることを知った。

「お風呂に入りました」「お散歩しました」が「えらい」と褒められる世界はわたしにとても優しかった。


さて、話は最初に戻る。

自分に酔ったメンヘラが自傷の写真をアップしてポエムを書き散らかしているのだと思っていたのだ。

これはわたしの言葉であるが、何を表しているかわかるだろうか。

わたしが自傷の写真をアップしたり、ポエムを書いている人の病気を理解していないということである。

一言で「精神疾患」と言っても状況が違うとちっとも理解できないことも多いのだ。

わたしには摂食障害がないから、これから食べる大量の食べ物の写真をアップする意味がわからない。けれどきっと本気で悩んでいる人には何か効果があるのだろう。

「4日ぶりに風呂に入りました」と言われたら何と返すだろうか。普通のアカウントなら「不潔!」になるだろう。しかしわたしの病み垢では「がんばったね!」になるのである。

状況が変わると行動の意味が変わる。


プロフィールに病名を入れて病み垢であることを明記すると他にもいいことがある。

今現在 闘病中の人が集まってくるから ”わかってもらえる” のだ。

経験者でも昔の経験は忘れてしまうようで通常のアカウントでは叱咤激励されてしまうことがある。しかし現在闘病中の人の中にいれば「そういう時もあるよね」という目で見逃してもらえるのだ。

つまり弱音を吐いても放っておいてもらえるのだ。弱音を吐ける場所というのは本当にありがたいものだ。


Twitterしか吐き出す先がない人は多くいるだろう。

メインのアカウントの他に同じ病気の人ばかりのアカウントをひとつ持っておくことを強くお勧めする。

病気ごとで雰囲気がかなり違ってくるようなので自分と同じ病気で、しかも闘病専門のアカウントとして運用している人をフォローするとすごく息がしやすい空間が出来上がる。その場所はとても優しい場所になるはずだ。



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