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ICUC第28回(篭もって第22回)2020.8.23【生と死と姓:50代最初の1週間に想うこと】

今週ものんびりと知的好奇心のアップデート【 ICUC 知的好奇心向上委員会】に参加したので、復習用の参加メモを作成しています。

今日の推薦図書
『百年の孤独』G•ガルシア•マルケス著、鼓直訳(新潮社刊)

動画 (ICUC先行公開後に一般公開)
ICUC#22「生と死と姓:50代最初の1週間に想うこと」
この8月17日で50歳になりました。つまりこの動画は50歳最初の週に想ったことを話しています。
人生を生きる意味とは何なのでしょう?もしよかったらご覧ください。

[CAMPFIRE] ICUC 知的好奇心向上委員会

ICUC note

ICUC主宰:角田陽一郎webサイト

mireva channel

動画の内容
・50歳最初の、ヨウイチロウ最初の動画
・僕としては意味がある今の思いのアーカイブ
・観る意味がないなら観ない選択肢がある
・個人的な話 16〜17日[50歳で散髪と改名]
・個人的な話 18〜19日[父の死]
・人間最後もプロデュース
・新月、遺言、DIVERSE
・日々のリアクションの変遷
・父親殺し
・殺せないのは優しさでもあり甘えでもあるという発見
・聡明な親父と耄碌した親父から思ったこと
・親父と大喧嘩
・改名「ヨウイチロウ」
・「角(かど)が取れていいですね」
・百年の孤独
メモという名の私の感想

50歳最初の、ヨウイチロウ最初の動画

 おはようございます、ICUC8月23日分、知的好奇しん、ん(笑)?8月23日、ICUC知的好奇心向上委員会の動画でございます。えー、ヨウイチロウでございます。今ヨウイチロウって言うの…あの、角田陽一郎です、すいません。いやあの、この動画は50歳初動画ということで僕的にはね、いや別に僕が50歳になろうがなるまいが皆さんにはそんなに関係ないのかも知れないですし、逆に「おめでとうございます」って言っていただいた方には「ありがとうございます」なのでございますが。先週撮ったのは8月16日、僕は8月17日が誕生日なので8月16日ということで40代最後の動画でございましたと。で、この動画が50歳最初の動画っていう。いやだから何だって話なんですけど。

僕としては意味がある今の思いのアーカイブ

 この動画自体はそもそも何でやってるのかみたいなことで言うと、ICUC知的好奇心向上委員会の知的好奇心を向上しようという動画なんだと思いつつ、この YouTube を毎週配信しているという意味で言うと、原理的にはユーチューバーみたいな話になるじゃないですか。でもそのユーチューバーになるって事は、いや、なってないんですけど、ユーチューバーってことはやっぱり何人に観られるかとか、相手にどれだけ観てもらうかみたいなことを気にしなきゃいけない、否が応にもね。
 一方でこの動画を僕が毎週、それこそコロナの3月末から撮り続けているというのは、ICUCという知的好奇心向上委員会というのをやっているからということもあるんですけど、まあこの4・5・6・7・8…5ヶ月間コロナで篭ってる間の自分の気持ちの変化みたいなものをアーカイブしておいた方がいいのではないかなと。
 つまり今から喋ることが自分の気持ちなのか…全部自分の気持ちなんですけど“自分の気持ちを今こう思っている”ということを伝えるのか、あるいは知的好奇心向上というのは皆さんのための、皆さんというのはこれを見ている方のためっていう意味で言うと、やっぱり否が応にもお役に立ちますよというと語弊があるけど、お得ですよ…
 …なるほど(例えを思いついた)、こんな感じで面白いですよと、知識が面白いとか、あるいはお話が面白いとか、あるいは出てる人がセクシーだとか、何でもいいじゃないですか。で、まぁ僕の場合は出てる人はセクシーじゃないですし、話が面白いか面白くないかは置いといて、こういうことがありますよって言ってることにもまあ一応価値を見出して見ている方がいらっしゃる中で、そんなことを一切気にせず自分の思いだけを喋っている動画が果たしてこの世に存在する意味があるのかなと思ったときに、まあ僕としては意味があるかなと思っています(笑)。僕個人としては。

観る意味がないなら観ない選択肢がある

 で、それを観てる人がもし意味がないとするならば見なきゃいいわけで。観る方には“観る”というのと“観ない”という選択肢があるわけだから、それでいいんじゃないかなーなんて思って今日は喋っております。なのでいつも個人的なお話をしているなぁなんて思いながら、今日はより個人的なお話になっちゃうなぁなんて思いながら、なんていうか僕の中で今日はすごい個人的な話になってしまうから、この動画を撮るの止めようかなんて思ったことは…まぁ何喋ろうかなと思ってたっていうのはありますね。やっぱりそんな話をずっとしててもねえと思うしというか。

個人的な話 16〜17日[50歳で散髪と改名]

 で、まぁそれはなぜそうなのかっていう話を先にした方が良いんですけど。ってことで8月16日に先週の49歳最後の動画を撮って、その後わたくしは美容室に行き髪の毛を切りました(笑)。50歳になるのに向けて髪の毛を切ろうみたいな。このカメラだとまた金髪っぽいですけど、この辺が結構真っ白だなーなんて思いながら短くしてきました。で、17日誕生日で、そこで角田陽一郎 or ヨウイチロウ問題というのが出てくるんですけど。改名してみようかなってふと思ったという(笑)。
 改名?!って思われるかも知れなんですけど、そういうことがあり、それはあとで話します。で、その後の、あ!今チリンチリンって風鈴、聞こえます?風鈴付けたんです。今は朝まだ早くてそんなに暑くない、いや暑いんですけど、チリンって音がもし聞こえたらこれは風鈴です。なんか風情があっていいなと思います。

個人的な話 18〜19日[父の死]

 で、18日の夜ですね、私の父が亡くなりまして。つまり僕の誕生日の翌日になくなりました。お医者さんをお呼びして診断書を書いてもらうのが19日の12:00の天辺を過ぎたので日付的には19日になっておりますが、18日の夜から19日にかけて父が亡くなりました。なので僕としては誕生日で50歳を迎えた翌日に父が亡くなるということを経験しました。
 悲しいか悲しくないかと言われれば悲しいんですけど、悲しい以上に色んな思いが錯綜するんだよっていうことを今回学んだというか経験したなってことが、多分、この動画がアーカイブだとするならば喋っておいた方がいいのかなぁと思ったりしてね。つまり生と死というか Birth and Death みたいなものをいっぺんに経験する50歳になりましたね。

 その後、19日はずっと実家にいて、親戚とかお世話になった方にお電話したりとか、葬儀はどこでやるんだみたいなことを兄妹と打ち合わせしつつ、日付を決めなきゃいけないじゃないですか。それで結局、お通夜が今日(22日)の夕方で、明日(23日)が葬儀ってことになったんです。だから今まだ葬儀前で、これはお通夜の朝に喋っている動画ってことになります。そんな時にこんなことでよくやってるなあなんて個人的にも思いつつ。

人間最後もプロデュース

 本当はね、亡くなってすぐお葬式とかお通夜なのかなと思っていたら、やっぱり会場が開いているか空いてないとか、まぁ色々あるんですね。面白いですね、人間って結局死ぬ時までそういう会場のセッティング、つまりプロデュース。
 プロデュース業ってそういう事ですからね。僕らが夏フェスとかロックフェスとか主催する時とか番組でロケをやるってなった時に、結局スタジオが開いてるのか?でスタジオが入ってなきゃセットが立てないわけで、番組収録できないんで、タレントさんのスケジュールを押さえる前にまずタレントさんのスケジュール候補を聞いたら場所を抑えるわけです。あとは逆に場所があるからその日にスケジュールを合わせるとか。どっちもあると思うんですけど、そういう風にやっていくんだけど、結局葬儀というのもそういうものなんだなっていうのはなるほど興味深いなぁなんて思いながら。

新月、遺言、DIVERSE

 それで今日(22日)の夕方と明日(23日)の朝に決まったんですけど、そうするとですね、僕の仕事のスケジュールはそこはぽかっと空いてるんですよ。18日の未明に亡くなり、19日は実家に行って、19日は用事がなかったわけではないんですけど大事なミーティングとか収録とかそういうのじゃなく、比較的仕事じゃない用事だったりしたものですから、その日1日はすごい父のことをやる時間があったわけです。親戚の方が実家に来て下さってご挨拶するとか、そういうことも全部できたんですね。
 つまり、なんていうんでしょ、父の言葉で言えば「俺が死んだからってお前仕事をサボってんじゃねーよ」(笑) みたいないことが僕への最後の遺言っていうか意思だったんじゃないかなーなんて思ったりして。

 僕のメルマガ「DIVERSE」というを新月と満月に発行してるんですけど、つまり父は新月になる19日に亡くなったわけです。タイミングの切り替えが新月満月だって言ってたら、19日から新月だよという切り替わるタイミングでちょうどこの世を去ったんです。
 本当は18日の夜ね、まだ父のことを知らない間は、今日の夜メルマガ書かなきゃなぁなんて思いながら、そんなことも考えてたんでなかなか書く気にもなれず、書く気になれない時は発行日の朝早く起きてメルマガを書こうかなと思ってるんですけど、そう思ってたら兄妹から連絡があって急いで実家行ったりしたら、そんな余裕はなかったんですね。
 ところがその19日の朝、葬儀屋さんや兄妹と段取りを打ち合わせ、まさにプロデュース業をやっていたらちょうどスケジュールが空いてた。つまり「お前は俺の葬儀にかまけて働くのやめるとか、サボってじゃねーぞコラっ」ていう父のことを言葉を聞いた。これはやっぱりメルマガも発行した方がいいんだろうと思って、その葬儀屋さんとの打ち合わせが朝早くて9時半、10時くらいに終わって、そこから妹はね色々こう段取りをやってましたけど、僕はメルマガを(笑)、ダイニングで書いてました。リビングには親父の亡骸が寝てるんですけど、その隣のダイニングでずっとメルマガ書いてました。それでいいのかなぁなんて思いながら、それでいいんじゃないかななんて思いながらね。

 で、そんな感じでこの動画もじゃあ撮ろうと思ってるし。何かね、よくタレントさんって自分の親の死に目にも会えないとか、そういう時でも明るく気丈に振る舞うみたいなこと仰ってたけど、なんかその意味みたいなものが、自分はタレントじゃないんですけど、つまり如何ともし難いわけですよね。すごい人生だなと思いましたね。

日々のリアクションの変遷

 何かが起こって、その起こったことにリアクションをするわけです。アクション、リ・アクションだと思うんですけど、そのリアクション。だから何?ってちょっと思えるというか、僕が悲しいと思ったとか、怒った、楽しかったとか何でもいいんですけど、“そう思ったことはそう思ったことなんだな”っていうことだとすると、49歳最後に紹介した「夜と霧」をちょうど先週読んでてすごく良かったなと思ったんですけど、“ただその日々起こることが自分の中で起って、それにどう対処するか”っていうことなんだなーって思ってたら、髪の毛切って誕生日が来て、改名して(笑)、で父が亡くなって、その気持ちというか変遷みたいなものを今日は喋っておいたほうがいいんじゃないかななんて思ってね。

父親殺し

 で、親が亡くなるというのはどういうことなのかっていうとね、こんなの改めて喋ってることでもなくて、つまりほとんどの人が誰でも経験することなわけですよね。
 例えばフロイトじゃないですけど精神…ん?フロイトじゃないか、フロイトも言ってますかレヴィストロースとか文化人類学とかでよくありますけど、父親殺しっていう神話のモチーフってありますよね、オイディプス王ですね。つまりこれが男女って分けていることはジェンダー的にどうなのかはさておき、男というのは自分の父親を殺さないと大人になれないというメタファーというか真実みたいなものがありますよね。

 で、その父親殺しというものをしないと大人になれないんだなーなんて、なんとなく自分も思いながら、じゃあヨウイチロウは父親を殺せたのかな?なんて思っているとですね、たぶん僕が僕を分析すると、ずーっと殺さないまま50年来たんだと思うんです。なんか越えられないというか。例えば僕はTBSを辞めたの46歳のときですけど、辞めようと思ったのなんてたくさんあるわけです。20代30代でもなんとなく辞めようと思うと父親に反対されるんですね「こんないい会社入ったんだから辞めるなよ」みたいな。それで結構躊躇してて、色々やりとりがあって、46で辞めるんですけど、46の時も反対されたんですよね。その時に言われたのが「いい大学出ていい会社入ったんだから何で辞めるんだよ」って。まあ20代の時から言われてて、46になっても言われてて、でもその時さすがに思ったのは「じゃあ何だ?いい大学出ないでいい会社に入ってない人は自分の人生を好きにできて、いい大学入っていい会社に入った人は自分の人生好きにやれないのかよ」って。まあ子供みたいな議論をですね、親父としたことがあるんですね(笑)。

 そんなことがあったので、大学とかで公演やトークイベントをさせていただいた時に質問で大学生とかから手が上がって「自分はこういう道に進みたいんだけど、そうすると親が反対してなかなか出来ません。どうすればやれますか?」みたいな質問とかされるんですけど、その時に僕が言うのは「反対されるのは当たり前です。僕は46でも反対されましたから。」と(笑)。「皆さんは20歳そこそこですよね?46の僕が反対されているのに20歳そこそこの人が反対されないわけないので、反対されるのがもうデファクトだと思って、そこからどうやっていくかを考えてください。」って言ったりするんですよね。

殺せないのは優しさでもあり甘えでもあるという発見

 でも反対されたからって自分の意思を別に変えなくてもいいわけですよ、本当は。自分がやりたいことをやればいいじゃないですか。ところがなんかそれができないっていうのは僕の中で言うと甘えなんです、やっぱりね。親に甘えているんですよ、いい年しても。悪く言えばそうです。良く言えば、これはそれを半年前くらいか?お袋に言ったら「あなたが優しすぎるから殺せないのよ」って言われました。そう、だからその優しさってのは果たして本当にいいのかなーって思ったのは、なるほどお袋はなかなか核心付いたこと言うなあと思ったんだけど、優しさでもあり甘えでもあるんですよね。
 だからたぶん自分の父親というのを殺せなかったんだなーって思ったときに、今回50になって翌日亡くなりました。つまり神がね、神がと言うとまた大きくなっちゃうけど、天がこの世界から次と世界へ行けと言ったのが”僕じゃなくて神様だった”わけ。つまり僕は殺せなかったわけです。つまりそれは“お前が殺せないから俺が殺してやるよ”って神様が殺してくれたんじゃないかなって、すごい言葉を選ばずにずかずか言えば。こんなずかずか言ってて Youtube の基準とか大丈夫なのかな。ただ全然そういう悪意があって言ってるわけじゃなくて。
 だから親父は死んだのかなと。親父がさっきの仕事の時に甘えてんじゃねーぞコラって言ってたっていう意味で言うと「お前の甘えは小学生のようだ!」みたいな、「もう俺から逝ってやるよ」っていう風に親父は逝ったのかなーなんて思いますというか。
 やだな、なんかこれ葬儀での挨拶の練習みたいなことを今ラジオで、ラジオじゃないや動画で言ってる感じがして。

 でも、なんかそんなことを思ったりしてます。で、そんなことを思ったってことは、何か一つ僕の中では発見なので、この動画を観ている方にちょっとでも“あーなるほど、そういう考え方なのか”って思っていただくっていうのはありかなと思ってすごい個人的な想いを喋ってますね。
 ただまぁあれですよ、僕がで言うと、人が亡くなることについて喋っている動画とかって僕は見たくないですね。だからこの動画とか今ここまでもし見ている方がいらっしゃったら本当にありがたいです。僕はそんなに見たくないですね、悲しくなるし。
 僕あの悲しい映画とかもそんな僕見れないですね、ドラマとか。この世界は悲しいのになんでそんなに悲しいの見なきゃ聞かなきゃいけないんだと思ってて。それは子供の頃からそうですけど最近特にそうですね。この映画感動するから観て!泣ける!いいよ泣けなくてもーというか。だって悲しいことたくさんあるじゃないですかと思った時に…そう、だからやっぱり…ごめんなさい、自分に自分で言い聞かせてますけど、これは自分の今の気持ちみたいなものを1回記録しておいた方がいいなぁと思って。記録したからなんなんだ?じゃないんですけどねってことで喋っております。

聡明な親父と耄碌した親父から思ったこと

 でねそんな中でかれこれ1年ぐらい親父の闘病みたいなものに関わってきて。関わってきたと言ってもほとんど兄妹がやってくれて、それはすごい感謝してるんですけど。その中で思うのは、親父は比較的聡明な親父だったんですね、頭はキレキレで。まだ携帯とかない子供の頃、何でこんなに電話番号を覚えてんだろうぐらい覚えてたりとかしてね。喋るスピードも速いし、まあ僕が喋べってると親父とそっくりだねって言われるんですけど。
 そんな親父だったんだけど、ここ5・6年はやっぱりこう、嫌な言い方すれば耄碌してきたなぁみたいな。僕が高校ぐらいの時によく言ってたのが尊敬する人は誰ですかって言われた時に「父です」って言ってて。それは何でかっていうと、ちょうど今の僕ぐらいの年齢だと思うんですけど、もういい年した男がですね、結構夢を語ってたんですよ。俺はこうしたい!世界をこうするんだ!みたいなことを。
 オヤジ世代っていうかオジサンってなんかこう皆な疲れちゃう人が多いし、なんなら自分の金だ欲だみたいな自分のことばっか考えてる人が多いじゃんって、ピュアな高校・学生の頃の僕は思ってたわけです。その中で世界をこうしたい!こうした方がいい!みたいなことを喋ってる親父が、そういうすごい子供っぽいピュアだなと思いながら、そんなピュアな大人っていうのがいいなあっていうことをずっと思ってたものですから、そこを尊敬していますって聞かれたら言ってたし、本当にそう思っている。まあ今でも本質的にはそう思っています。だから僕ももう50なのに、なんかいつも甘いことを喋ってんだろうなと思うんですけれども。

 そんな中、それで喋ってるんだけど、やっぱり年取ってくると結構耄碌してくることあるんだよなぁと思って。やっぱり自分のことばっか言ってるなとかお金の話とかね。あれ?あの聡明な父はどこいったんだろうななんて思いつつ。ただ今回思ったのはみんなそうなんだなっていうか、親父も含めて、当然僕も含めて、お袋も含めて、他の人も含めて、あらゆる人で、大した人じゃないんですよ。大した人じゃないからどんどん自分の中の自我とか、汚いものとか、すごい勝手なこととかがどんどん出てくるんだと思うんですけ、どそれを出し過ぎると社会でうまくいかないじゃないですか。若い頃はまだそれをセーブするだけの胆力もあるし、でも本当は体力だと思いますね。体力というかがあるからなんとなく自分の自我の欲望みたいなものを抑えられてたんだけど、年取ってくるとやっぱり体がいうことが聞かないとかなってくるとどんどん自我が、我が出て来きてすごいワガママになるんだなってことを思ってたわけです。

親父と大喧嘩

 そんな中ね、最後に親父と、2ヶ月前ぐらい見舞いに行った時にすごい喧嘩になっちゃったんです。もう親父は病床で、いつ亡くなるかみたいになってんのに、僕は親父に結構わーって詰められて、普段なら言い返していつもだいたい喧嘩になって、でも仲良くなっていっていうのを繰り返してた角田家なんですけど、それがもう間もなく親父は亡くなるわけで、そんな時にもうそんな喧嘩してもしょうがないから「うんうん」と聞いた時に、親父にわーっと言われて、さすがに僕もキレちゃって「じゃあもう縁切るよ!」みたいな事言っちゃったんです。リビングで話してたんだけど僕は奥の部屋に入ってしまって、翌朝、親父から昨日ちょっと言いすぎたねってむしろ謝られるみたいなね。
 それがオヤジとのちゃんと心を交わして話した最後の日だなって、なんとなく思ってたんです。そのときに僕は「縁切るよ!もうこの家なんか戻ってこないよ!」とか言って、奥の部屋に入って、ひとしきり涙が流れみたいなことを、自分で言ってるの恥ずかしいんですけど、まぁ泣きながら、間もなく亡くなる、つまり縁が切れる父親に「縁を切るよ」って何で言ってんだろうみたいな自己嫌悪っていうか、もうアホなんじゃないの?みたいな。お前が気にしなくたって切れるのに「切るよ」みたいなことを言っちゃったわけです。その結果が今週の水曜日、19日だったわけです。

改名「ヨウイチロウ」

 でね、そのこととかを思ってて、でまだ親父が亡くなる前の誕生日、17日に、JFNラジオで Seasoningっていうのラジオ番組の月曜レギュラーさせていただいて、ちょうど誕生日に放送だったんで色々祝っていただきつつ「角田さん50歳の目標というか、何かやりたいことあるんですか?」と聞かれたから、そんなことをずっと考えたもんですから「改名しようと思います」って咄嗟に言っちゃったんです(笑)。事前打合せとかで全然言ってなくて、スタッフとかMCの市川美絵さんという綺麗な女性がいらっしゃるんですけど、市川さんも「え?改名?!どう変わるんですか??」みたいな。
 僕は改名って何なのかなと思ったときに、角田という、縁を切るっていう意味で言うと姓をもういらないなと思ってたんです。“姓というものが要らないじゃんって思った”っていうことを言いたかったんですね。だから角田陽一郎なんで角田を取って陽一郎かなっていう。
陽一郎って、太陽の陽に一郎じゃないですか。だからもう僕「陽 一郎」ででいいんじゃないかなみたいな(笑)。陽が名字で一郎が名前で「陽 一郎」でいいんじゃないか?なんてちょっと思ったりして。
 【ヨウイチロウ】そんな迷いがあったんでそれを高々と宣言しているのもなんか恥ずかしいじゃないですか。なおかつ名前だけで活動してる方とかって結構いらっしゃって、そういうのって自分がやれるのかな?なんて思いながら。だから高らかに宣言するのもなんだから、とりあえず twitter とか Instagram とか note とかの名前のとこだけ、自己紹介のとこだけ編集して角田陽一郎をヨウイチロウに変え、ラジオでは言い、で、その後こういう感じで出てくる時は「ヨウイチロウです」って言ってるんですけど。恥ずかしいという思いもありながら、そんなことを恥ずかしがっていることももう要らないんじゃないかなと思ったので、ちょっと変えてみようかななんて思って。

「角(かど)が取れていいですね」

 そしたら昨日かな?写真家のワタナベアニさんがメッセンジャーくれたんですけど「あ!Twitterの名前が変わってる!」って来て。「そうなんです。ちょっと姓を無くそうかななんて思いまして」みたいな。

 角田っていう名前ね、田んぼ、角い田んぼって意味だから「田んぼ オブ 田んぼ」な中にいるわけで、僕は比較的新しいことが好きなのにずっと22年 TBS 辞めなかったのっていうのは、なんかやっぱりその土地に縛られているっていう思いがすごくあって。カフエ マメヒコの井川さんとトークライブやったとき、僕は井川さんにわーって喋ってたら「角田さん細かいなぁ。もう角田じゃなくて丸田になればいいのに。」って言われたんですよ。ほんとだよなぁカクカク喋んなくてもと思って丸田にって思ったけど、あれ?丸と言っても「田」自体がカクカクしてるじゃないですか?だから角田ってのは田んぼがカクカクしているのにさらに角(かく)なんだなぁなんて思ったりしてですね。
 だからそういう意味で言うと角田というその場所に縛られるみたいなものから、先週引っ越ししようかなみたいなことも言いましたけど、そういうものを取りたいなーなんて思いもあったりします。

 で、そう思って名前(姓)を取ろうかななんて思ったらアニさんから「角(かど)が取れていいですね」みたいなことが来たから(笑)、人知れず変えたんですけど、止めようかななあなんて思いながらも、ちょっとこれで続けてみようかなぁなんて思いつつ。と言いながら10月の新刊で「角田陽一郎って名前をヨウイチロウって名前で出していいですか?」編集者に昨日聞いたが「ダメです!」って(笑)。ダメですってはっきり言われまして。うんそうかダメなのかみたいな。
 まあダメって言われても僕が押し通すっていうのもあるけど50歳は押し通りたりしないので「なるほど分かりました」と言うね、なんかそんなことがありました。

百年の孤独

 そんなことで誕生日、改名、親父の死、そしてこの動画でお通夜という流れが今週一週間、50歳の最初の1週間の僕でございました。本当は本を紹介しようと思ってたけど時間がなくなったから紹介しないのかなと思いつつ、でもやっぱり紹介した方がいいなと思います。
 ガルシア・マルケスの「百年の孤独」
 つまり僕は50歳で一番最初に紹介したいものは何かと言われたらガルシア・マルケスの「百年の孤独」かなぁと思っております。これね僕は2冊持ってるんだよな。これ全集の方なんですよね。で、僕が読んだのは実は全集じゃないほうの様な気もするんだけど、今パッと見たけどどこにあるかわからなくて。
 で、この百年の孤独って、僕は南米文学好きなんですけどなかなか読めなかったんです。なんかね、まあ厚いじゃないですか。マコンドという村の100年の話。これ若い頃から何回も読もうとして挫折して。で、30代半ばぐらい?何歳で読んだかもメモっとけ良かったんだけど忘れちゃったんだよな。読んだときにやっぱりすごい感動して、それでガルシア・マルケスを何冊か読んだりとかもしてるんですけど、つまり百年の孤独を読むっていうのは結局僕の中では20年くらいかかってるんですよ。だからこの百年の孤独って僕の中では120年の孤独なんですよね、百年の孤独を読み始めてから20年かかってるんで。
 でもねぇ、今考えるとこの百年の孤独を読むのにプラス20年経っていると言うことがこの作品の凄さだったりするなとちょっと思うんです。だからこれを手に取って読んでくださいって言って読めなかったらパッと本棚にしまっておいて、また何年後かに手に取ってっていうの何回も続けていただいて、で、読み終わる。という作品なのではないかなと思ってます。
 僕が50歳なわけで50年、つまり100年の半分を生きてきたわけで、その最初の1冊目に紹介するのは百年の孤独。これを読む、読もうとする、やっぱり読めない、置いとく、積読、でもやっぱり読む、読めた。なんかその繰り返しが人生なんじゃないかななんてことを思ったりして、で結果この話しって、生と死って今日は言ってましたけど、自分と父と、まさにそういうお話なのでいいのではないかなーなんて思ってご紹介しています。

 本当は百年の孤独の話もっとたくさんしようと思ったんだけどね、はいそんな感じでございます。聞いていただいてありがとうございましたヨウイチロ…ゥ…(笑)、自分で言うと超恥ずかしいんだけど、恥ずかしいって言ってることが恥ずかしいんだよな。まぁそんな話はまたおいおいしたいと思います。ICUC知的好奇心向上委員会でございました。またよろしくお願い致します。


メモという名の私の感想

 個人的な話こそウェルカム!人にこだわらないなんて難しい私は声を大にして言いたい、個人的な話こそウェルカム!その人に興味を持って知りたいと思うから、それこそ同じ本を買って読んでみようとかするわけです。同じものを見て考えて、同じ考えになったりならなかったりするから面白くて好きなんです。興味を持てる人が多ければ多いほど自分のなにかが広がります。だから興味が無い人なら観ない、面白くないとか文句言う必要が全くないはず。

 [新月、遺言、DIVERS] 単語をメモしておいたらなんか語呂がいいなとそのまま書いちゃったけど「それでいいのかなぁなんて思いながら、それでいいんじゃないかななんて思いながらね。」の一文、今週の1番グッときた一文でした。人って大した人じゃないって話も出てきますけど、人はいつだって自信を持ってこれで良いと進めるわけじゃなくて、どこかで自分に言い聞かせて行くんだと、そんなことを思いました。
 神様みたいな大きな信じられるものがあったって人は迷いまくるでしょう?結局日々の中に信じられる小さいことがあればいいんだなと。未来への不安みたいな大きくてあやふやなものだけ神様に任せて、その他は全て日々の中から見立てて行く。僕は私はどう見立てたか?それが聞ける場が面白い場だと思います。
 知的好奇心って生きる術を見立てるポイントと、見立てる道具や技術を求める心ってことなんではないかな?今回の誕生日とお父様の死は、亡くなったんだという気持ちを受け入れるための見立て方の話だったとも思います。

 カフエ マメヒコ。行ったことないですけどYouTube「いかひこ深夜便」と「マメクル」をかかさず観てます。面白いんですよ。で、カフェじゃなくてカフエと知ってたので、しっかり大きな”エ”を打ちました。

 ワタナベアニさんの言葉選びって、かっこいい!「角(かど)が取れていいですね。」流石だなって言い方はおこがましいけど、そう思います。
 17日の朝、なんか知らない人のツイートがタイムラインに来たなと思ったらヨウイチロウさんで、「あぁなるほど。アーティストはアミューズメントをアーカイブするから、アーティスト名か!」と納得。Instagram、note、Official Website、Facebookと見て、Facebookだけ変わってなくてねまた納得。
 女性は結婚して姓が変わるので、私個人ってなんだ?と考えると割とすぐに姓って自分の所属というか出自なんだなって感じると思うんです。男性ってどうなんだろう?「陽 一郎」になったら結局「陽」という場に身を置いた一郎さんってことになって、角田が陽に変わったというか。まぁカクカクはしないし、ネガティブ由来のポジティブに少しポジティブ由来が加わるのかな?

 6月6日のメルマガ「DIVERS」お父様との大喧嘩の話も読みました。超個人的な話で私的には神回でしたけど、今回の動画は続編というか、あの時の気持ちをヨウイチロウさんが今はどう持ち直したのかが伺い知れる回だった気がします。お父さんは自慢の頼れる息子に最後に甘えちゃったんだろうなとそんな風に感じてましたけど、最後に絶対に息子の仕事に被らないスケジュールにしてしまうお父さん、格好良い!
 私の父は19年前に膵臓癌で他界。私は父と、ヨウイチロウさんのいう心の通った会話をしないまま死別。私が娘(女)だからか?父親を殺すというより…無視かな(笑)?眼中に無い。父の死より猫の死の方がよっぽど泣けるし、父に反対されそうだからと単車の免許は勝手に取り、何をするにも相談せず。でも勝手に単車買うような娘を自慢に思うだろうことも分かってた。ただ、確かに弟は父と随分深く話してたようす…息子(男)だからか??
 一人増えたり減ったりのタイミングって、自分と自分の属するものについて考え得る機会になるんだな。


お父様のご冥福を心よりお祈りいたします


ICUCは
一人一人の知的好奇心がくすぐられるような
さまざまな「ヒト・モノ・コト」を
皆で持ち寄って
話して聞いて調べて楽しんで
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(by 角田さん)
[CAMPFIRE]知的好奇心向上委員会 ICUC
ICUC note

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