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家族を大事にすることが自然にできる夫と夫のようにはできない妻(私)。

私の夫は、自分のお母さんを自然に大事にしているお父さんを見て育った。

そんな両親の姿を見て育った私の夫は、私が自然に持つことができないような家族愛を、私に振る舞う。

義理の両親を見ていて、義理の兄弟を見ていて、夫の家族がみんな仲が良いことがよくわかる。

それは紛れもなく、威張ることなく健気に自分の妻や子どもを支えてきた義理の父の力だと思う。もちろんそれぞれの思いやりや優しさで成立しているとも思う。

大体、女性がやりたいことをすんなりと言えるような家庭は、それを冷静に受け入れることができる男性の存在があってこそだと、私は今の家庭生活をもって感じているのだ。

それができる家庭を持った私と、持てなかった私の母。

時々疑問に思うから夫へ聞いてみた。

「そんなに私を思って疲れないの?」

『全然疲れてないよ!一緒にいて疲れたと思ったことない!頑張ってないから大丈夫だよ、何も無理してない!』

「そっか。うちでは考えられなかったな、まず旦那さんが妻をこんなに思うような家庭は存在しないと思っていたし。」

『そう?これが普通だよ、大切な家族のためにこれくらいするのは当たり前だと思ってる。何にも心配しなくていいよ。自由に好きなことをして無理しないで過ごしていいんだからね。』

羨ましいなと思う。何も必死にならなくても、無理しなくても、一番は家族を大切にという夫の姿。妻を大切にという彼の姿。

私は夫のそういうところが好きで結婚した。

出会った当初から、さりげないけど偉そうな感じもなく、女性を大切にできるところは変わっていなくて毎日安心する。

私の両親はとても不仲で、ずっと昔に夫婦関係なんて壊れている。

もちろんそんな夫婦のもとにある家庭やら家族なんてものも破滅していた。

時には毎晩のようにお互いを大声で罵り合うような両親を見ると、私はいつも自分の存在を否定されているような気分だった。

そんな感情を何年も抱いていると、自分を傷つけて自分を守る方法しか取ることができなくなった。

「2人で仲良くしてほしい」

言葉で伝えても何もわかってくれない両親へ、その方法で思い知らせるしかなかったのだと思う。

そして私はもう限界だから、私をもっと大切にしてほしいという心の叫びだったとも思う。

たくさんの理由で傷つけた手首は、今でも無数のケロイドが残っている。

だけどこれは私が生きた証だ。

そして今はその証を受け入れてくれる家族がいる。

この証は一生消えることはない。

そんな傷跡を見て思う。

こんなに自然に家族を大切にできて、家族を愛せる夫を大切にしていこうと。

彼が隣にいてくれること、大切にしてくれることを当たり前の思わずにいたい。感謝を忘れず過ごしていこう。

人生は捨てたもんじゃないかもしれない、と結婚してそう思うのだった。





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