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NVICアナリストのつぶやき第4回 「戦略と歴史」

皆さん、こんにちは。NVIC note編集チームです。

今回のコラムは、アナリスト小松が、ある戦略家の訃報に触れた新聞記事から、戦略とは何かを考察し、企業分析の現場にどう活かすかという視点で綴っています。

戦略と歴史~伝説のカリスマ戦略家の言葉に思いを馳せる~ 

ある朝、日経新聞を読んでいると、一つの記事が目に留まりました。

長年米国の安全保障政策を支えてきた伝説の戦略家、アンドリュー・マーシャル氏[1]の訃報です。
マーシャル氏は、冷戦後の新たなシステムをいち早く察知し、後生は対中戦略の立案に尽力してきた人物です。
インタビュー記事の一部を以下に抜粋します。

中国の将来像についてたずねると、「分からんのだ」と何度も顔をしかめた。
それでも答えを求めると、こういなされた。
「中国の行方を理解するには、過去にさかのぼるしかない。だから明王朝のように、中国が強大だった時代にさかのぼり、彼らがどう振る舞ったか研究しているのだよ」 
日経新聞 3月29日付

この記事を読んで、頭に浮かんだことが2点あります。
それは、改めて「戦略とは何か?」ということと「歴史の重要性」についてです。

まず、戦略について考えてみようと思います。

巷では、戦略という言葉が溢れており、経営戦略!事業戦略!など〇〇戦略という本がずらりと書店の棚を埋め尽くしています。
この「センリャク」という響きは、何か難しいことを全て包含しているようで、それだけでもっともらしく聞こえる便利な言葉です。
「この会社の戦略は?」「貴社の出店戦略は?」など日々何気なく筆者は使っていますが、感覚的に使用している場合が多分にあり反省しています。

この機会に改めて戦略の定義について調べましたので、幾つか例をご紹介します。

「いかに競争に成功するか、ということに関して一企業が持つ理論」 
Peter F. Drucker,1994
「企業や事業の将来のあるべき姿とそこに至るまでの変革のシナリオを描いた設計図」 伊丹敬之他,2003
「長期的視野に立って目的と目標を決定すること、およびその目標を達成する為に必要な行動オプションの採択と資源配分」 Chandler,1962
「自分が将来達成したい姿を描き、それを達成するために自己の経営資源と自分が適応すべきか経営環境とを関連付けた地図と計画のようなもの」 沼上幹,2008
【出所】「経営戦略」をいかに定義するか 琴坂将広

どうでしょうか?

個々の定義は何となく理解は出来ますが、抽象度の高い定義が混在しており、筆者は逆に混乱してしまいました。

戦略の大家であるユタ大学のジェイ・バーニー教授が「戦略について書かれた本の数だけ戦略の定義は存在するといっても過言ではない」というように、戦略の定義は多種多様で一筋縄にいかないのかもしれません。

一方、言葉は違えど、各定義に共通する要素を抽出出来れば何か分かるかもしれません。

上記の定義で言えば、「あるべき姿」「達成したい姿」「目的と目標」は一括りに「目的」という要素に集約出来そうですし、「資源配分」「経営資源」という言葉から「資源」が重要なキーワードのような印象を受けます。

例えば、元P&Gの音部大輔氏は戦略を「目的達成のために資源をどう利用するかの指針」と述べています。
同氏は、戦略が必要ない状況は何か?という発想(論理学でいう「対偶が真ならば命題も真」)から戦略の定義を導きだしています。
すなわち、目的がなければ戦略は必要ないし、資源が無限であれば全てを実行すればいいので戦略はそもそも必要ないということです。
シンプルな言葉ですが、核心に迫っているような印象を受けます。

何となく戦略の概念(What)はわかりましたが、ここで疑問が生まれます。
どうやって国・企業の戦略を理解するのか(How)ということです。

この疑問に冒頭の記事は「歴史を学ぶ」という一つの答えを提示してくれています。
ビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」といった言葉はあまりに有名で陳腐化した表現ではありますが、米国のカリスマ戦略家でさえ(だからこそ?)、中国の将来像を検討するにあたって明時代まで遡って地道に研究していたということで「歴史を学ぶ重要性」の普遍的な価値を改めて感じずにはいられません。

この教訓を我々の仕事に応用しようとすると、社史を活用することでしょうか。

株式投資にしろ、融資にしろ、資金の出し手として企業の戦略を理解することは重要です。現在の姿が過去の連続からきていると仮定するならば、社史を読むことで担当先の「目的」と「資源」を深く理解できるかもしれません。

また、現状の戦略理解に留まることなく、将来の方向性を提案することも可能かもしれません。

既存の経営資源を適切に把握することで、目的の実現可能性に対する感覚も研ぎ澄まされそうです。現状と将来の絵姿までの「距離」に対する感覚が養われることで、現実を無視した突飛な「べき」論を回避するとともに、新たに向かうべき方向性について建設的な議論が可能となるかもしれません

ただ、これは言うは易し、行うは難しの世界です。

単なる年表の羅列ではなく、各時代の企業の行動原理(目的)とヒト・モノ・カネ(資源配分)を理解しなければなりません。
過去には、資産効率を無視した過度な売上市場主義が跋扈したり、財テクに奔走する時代があったように、企業の行動原理も時代背景などに引っ張られ一様ではないかもしれません。
経営資源を理解するにも各時代の教育水準、テクノロジー、金融情勢などその他諸々の社会に対する深い洞察力が求められそうです。

冒頭のマーシャル氏のように、米国のブレインでさえ「分らんのだ」と言っている(本心かはわかりませんが)ことを踏まえると、本当の意味で企業を理解することも相当骨の折れることだと言えるでしょう。

一方で、だからこそ毎日顔をしかめながら「脳に汗をかく」ことに「価値」があるのかもしれません。

(担当:小松)

1 .アンドリュー・マーシャル(1921〜2019):元米国国防総省総合評価局長(1973〜2015)。ニクソン政権からオバマ政権まで党派を超えて米国の軍事戦略を担い、「伝説の軍略家」と呼ばれた人物。2008年に大統領市民勲章を受賞。