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恋色眼鏡

#恋色眼鏡   #オリジナル #短編小説

ふぅ。
小さなため息。毎日思う、はやくコンタクトにして脱眼鏡したいなって。近眼と乱視が強いのでレンズがぶ厚くって目がちっちゃく見えてしまうのがイヤ。レンズが重くてすぐにずりさがってくるのも本当にイヤ。アニメだったら眼鏡っ娘はかわいいんだろうけど・・・。
はぁ。
制服の胸のリボンを結ぶ。まだ上手に結べない。ため息も止まらない。

毎朝つつじバスで通学、いちばん後ろが私の指定席。なんにもない毎日のただひとつの私の楽しみは、その席から見えるいつも仲良しな恋人同士らしいふたりを観察すること。ずりさがる眼鏡のフレームをクイッとあげる。
ふたりはどこから乗ってくるか知らない。細身のスーツでセルフレームの黒眼鏡で短髪の涼しげな大人の彼氏さんと飾りっけのない引っ詰め髪、化粧っけもないジーンズに洗いざらしのシャツとスニーカーなナチュラルな感じの彼女さん。一見すると不釣り合い。彼氏さんが耳元でなにか小声でしゃべっては、彼女さんがくすくす笑う。たまに手を重ねる。二人とも寄り添って寝る。先に目が覚めた彼女さんが彼氏さんの顔を覗き込む。ふいに起きて彼女さんがにっこりする。
いいな、憧れる。ふたりから目が離せない。眼鏡クイッ。
そして一つ前の停留所で彼女さんがバスから降りる前、彼氏さんがあたまをポンッっとたたく。
 「いってらっしゃい」
 彼女さんは彼氏さんの手にそっと触れる。
 「いってらっしゃい」
この儀式が繰り返されているのを見ると本当にほわほわした気分になる。いいな、いいな。
ふふっ。
小さな笑み。眼鏡クイッ。
彼氏さんは私と同じ停留所で降りる。ストーカーではないので、どこの会社なのかも知らない。いつも背筋を伸ばして早足であっという間に後ろ姿が見えなくなる。それを見送ってから私は中学の方に歩きだす。

 はぁ。
天気予報は今日も雨。天気図は完全に梅雨。なにもかわらない毎日、ため息は相変わらず堤防沿いの咲き乱れるあじさいが雨に濡れている。青、水色、むらさき。制服も白に色を変えた。
 
セーラー服の肩が濡れる。
え?
彼女さんがいない。
あれ?
彼氏さんしか乗っていない。
バスのいつもの後ろの座席に座る。傘から水が滴り落ちて濡れている床に小さい水たまりを作る。一緒に乗っていないのは初めてだった。
どうしたんだろう。風邪かな?
ひとりで座っている彼氏さんは少し下を向いて寝ている様子だった。左側が寂しそうな感じがした。
降りる停留所まで少し目を閉じることにした。

次の日も、そして次の日も、それ以来彼女さんがバスに乗ってくる事はなかった。

バイトはまだできないからコンタクトにはできないし、雨はやまないからローファーはいつも湿っているし、胸のリボンはいつも斜めに傾くし、彼女さんがいなくなってしまったし!私の楽しみがなくなってしまった!!!

ふぅ。
バスのいちばん後ろの座席が誰かに座られてしまっていた。空いていた前の方に座る。目の端に彼氏さんが映る。今日もひとり。灰色の空。曇る窓ガラス。
停留所でバスを降りる、そのタイミングで携帯が震えた。
ん?
ポケットから携帯を取り出し傘をさし歩き出そうとしたとき、何かに足を取られた。
バシャッ!
雨の道路に転がる私、手から飛ぶ携帯と傘と水たまりに落ちる鞄。両手塞がりで転ぶ悲劇。眼鏡が地面に落ちる。
「大丈夫?傘をひっかけてしまった本当に申し訳ない・・・。」
謝罪しながら手早く落ちた携帯鞄傘を拾って、私を起こし、ハンカチで制服を拭いてくれた。
彼氏さんだった。
息をのんだ。
ハンカチで濡れた髪を拭いて、そして眼鏡を拾ってくれた。
 くすっ。
彼氏さんがちょっと笑った。
ポロポロポロ・・・。
涙がとまらなくなった。
「あ!ごめんね!そんなつもりじゃなくって・・・。」
彼氏さんは動揺しながら私の顔をゴシゴシ拭いた。
「ち、違うんです…いつも一緒にいた彼女さんはどうしちゃったんですか?別れちゃったんですか?本当にお似合いで私憧れてて。ふたりにはずっと仲良しでいてほしかったので・・・。」
うわーーーーーん!!
号泣。
焦ったのは彼氏さんです。
慌てながら早口に、彼女さんが仕事を辞めてしまってこのバスには乗らなくなったこと、同棲していて別れていないこと、眼鏡のフレームが壊れていたら治してくれることを説明してくれた。
ヒックヒック
私が泣き止む頃には雨は止んでいた。
別れ際、彼氏さんは笑って名刺を渡してくれた。鯖江の眼鏡フレーム修理専門の職人さんだそうだ。
彼女も家では君みたいに度の強い眼鏡をかけているんだよ、そう言って笑った。

あの幸せな儀式は彼氏さんと彼女さん家の玄関先で毎日行われているんだな。

雲間からもうすぐ来る夏の予感。眼鏡越しの青色。
眼鏡クイッ。
ふふっ。
眼鏡も悪くないよね、うん。


☆書いたのは2015年よりちょっと前だったかな ☆noteを作って公開したいなと思ったきっかけの作品です☆最後まで見てくれて本当にありがとうございます!


ぼきまる

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