大雨
人生で一度だけ避難勧告を受けたことがある。
それが大雨だった。
数年前のお盆の時期、祖父の家で祖父の初盆をするためお坊さんを迎える準備をしていた。
朝からしとしとと降り続いていた雨は、祖父の家に到着するころにはざーざーと激しい音をたてて降っていた。
お坊さんからは行くのは難しそうだという連絡が入った。
いつも原付で回っていらっしゃるのだが、祖父の家の周りは未舗装の道路しかなく、特別ぬかるみやすい土でもないが十分に足を取られることがあり得る危険な状態であることはだれの目にも明らかだった。
「お墓参りだけでもの」
と祖父の姉がいった。皆からお姉さんと慕われる、世話好きの方だ。
お姉さんといいつつ、年齢としては当時で80歳前後だと思う。
親戚の中で「お姉さん」なのだ。
その「お姉さん」はこの土砂降りの中、のこぎり、園芸用のはさみ、雨合羽を手際よく装備して、竹と、いける花をとってくるという。
このあたりではお墓の前に花を生けるときに竹筒で花瓶のようなものを作る習慣がある。雨脚はますます強くなっているが、皆の制止も聞かず、一人山へ入っていった。
晴れた日に取った一枚。こんな生い茂る茂みの中に消えてしまったのだ。
さすがに叔父が心配で後を追いかける。
雲はどんどん厚くなり、降りしきる雨は勢いを増してた。
まだ昼だということを忘れてしまうくらい真っ暗だった。
「お姉さん」が山に行ってから20分ぐらいたった時だったと思う。
防災無線が入った。こんな山奥にもあるんだと感心した。
昔は近くに集落があったけど今は5件ほどしか人が住んではいないそうなのだ。
この地区には避難勧告が出ています。避難の準備をしてください。避難先は○○小学校です。
みたいな内容だったと思うがもう何年も前の話なのでよくは覚えていない。
「そりゃすごいや」
父親が楽しそうに言った。雷とか、荒天が大好きなのである。
まったくもって変なおっさんである。
間もなくして「お姉さん」は帰ってきた。ちゃんと竹筒と、何かの花を持っていた。
皆で竹筒を加工して花瓶にしていく。土に埋める部分を斜めに切って、高さを揃えるだけだけど。
女性陣は庭の花もいくつか摘んで仏花にして、新聞で包んだ。
その間にずいぶんと空は明るくなってきた。
まだ雨は降っていたけれど、怖いほどではない。
「泣き虫爺が今年も泣いてくれたよ・・・」
そろそろ危ないと言った時に会いに行った時も雨だった。
葬式も雨だった。
初盆も雨だった。
3回忌も雨だった。
7回忌も雨だった。
祖父は泣き虫だった。
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