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破綻の兆候?コロナウイルスが蔓延していくにつれ、私たちは情報不足のままの決定をさらに強いられていく

"A fiasco in the making? As the coronavirus pandemic takes hold, we are making decisions without reliable data"
By JOHN P.A. IOANNIDIS
Republished with permission from STAT. This article originally appeared on March 17th 2020 (Link). 
The free Image is from Pixabay.com. 

このNoteは、上記の英文記事の翻訳になります(文章の日付は3月17日)。著者のProf Ioannidisは医学研究の世界では有名な方であることもあり訳してみたという経緯です(Noteの汎用性を試す意もあり)。画像は原文にある米国ミシガンのBeaumont病院の駐車場におけるCOVD19の検査。

📝📝📝📝📝 以下、翻訳

現在、蔓延しているCOVID19は、百年に一度のパンデミックと言われています。しかし、それ以上に、百年に一度の科学的論拠の敗北なのかもしれません。

感染をモデリングする統計家や公的機関のみならず、隔離の対象となったり単に人との接触を自粛している人々まで、誰もがより良い情報を必要としています。しかし、SARS-CoV-2に新たに感染した人数、感染している人数について、信頼できるエビデンスは不足しているのです。状況を一変させる決定や実践を指南し、その効果を把握するためにはより良い情報が不可欠です。

多くの国々で、厳格な対策が採られています。もしも自然消滅かのように、あるいは政策が功を奏することで、パンデミックが解消されれば、短期間の極端な社会的接触の回避やロックダウンは耐えうるかもしれません。しかし、このパンデミックが衰えることなく世界中で蔓延するとしたら、このような対策をどれほどの期間続けるべきなのでしょうか。政策立案者は、自分たちの決定が害より善をもたらいているとどう判断できるのでしょうか?
ワクチンや合理的な治療法は、適切な開発から試験まで何ヶ月(あるいは数年)もかかります。そのようなタイムラインでは、長期的なロックダウンが導く結果は全く計り知れません。

これまでの感染者数やエピデミックの悪化に関する情報は、全く信頼できません。制限を強いられているこれまでの試験から、相当数の死亡例、SARS-CoV-2の感染のおそらおくは大部分が把握されていません。どれほどその感染を把握できていないのか、3分の1、あるいは300分の1なのかわからないのです。アウトブレイクから3ヶ月経ち、米国を含むほとんどの国では、多くの人を検査することができていません。そして、一般の人々から無作為に、そして代表性の高い研究対象者を選んで、ウイルスの有病率について信頼できるデータを持っている国などないのです。

こうした科学の情報戦での大敗は、COVID19で死亡率について途方もない不確実性を生んでいます。報告されている致死率、例えば世界保健機関(WHO)による3.4%のような公式のものなど、恐怖をもたらしています。SARS-CoV-2の検査を受けた患者は、そもそも重度の症状を示していたり悪い転帰を示していたりと偏っているのです。ほとんどの医療システムでは検査をするにも厳戒があり、近い将来、選択バイアスはさらに悪化するかもしれません。

完全に閉じた集団が造られ、さらに検査も行えた状況が一例あります。それがクルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号とそこで隔離された乗客です。致死率は1.0%でしたが、これは主に高齢者の寄与が大きかったようです。高齢者のCOVID19による死亡率はより高いものでしょう。

ダイヤモンド・プリンセス号の死亡率を米国の年齢構成に当てはめてみると、COVID19の致死率は0.125%となります。しかし、この推定値は極端に薄弱なデータに基づいており、乗客と乗組員の感染者700人から得た7人の死亡例から得ただけなので、実際の死亡率はその五分の一(0.025%)から五倍(0.625%)まで幅広く推定できてしまいます。また、感染した乗客の中には後になって死亡する可能性、そして観光客の慢性疾患の程度(SARS-CoV-2感染による予後の悪化の危険因子)が一般人とは異なる可能性もあります。こうしたさらなる不確実性を生む因子を考えると、一般的な米国人口における致死率は0.05%から1%と幅広く推定するのが適当でしょう。

この幅の大きさは、パンデミックがどれほど深刻か、それに対し何をすべきかに大きく影響します。人口全体の致死率が0.05%であれば、季節性インフルエンザよりも低いと判断できます。もしそれが真の致死率であれば、社会的・経済的にとんでもない影響を及ぼすであろう世界規模のロックダウンは、合理性を完全に欠いているかもしれません。例えるなら象が家猫に襲われているようなものです。その猫を避けようと興奮して、その象は誤って崖から飛び降りて死んでしまうのです。

COVID19の死亡率はそんなに低いのでしょうか?高齢者の死亡率の高さを指摘して、Noとする声もあります。しかし、何十年と知られている、いわゆる軽度の、それこそ風邪の原因となるコロナウイルスであっても、高齢者福祉施設の人たちに感染すれば致死率が8%に至ることがあります。実際、米国の毎年の冬、このような「軽度の」コロナウイルスは数千万人に感染し下気道感染症で入院している人の3%から11%を占めています。

これらの「軽度の」コロナウイルスは、世界中で毎年数千人の死亡者を出していますが、その大部分は正確な検査をもって記録されてはいません。その代わりに、毎年6千万人の様々な原因による死亡者の中で、これらの感染による死亡例はノイズ同然と扱われてしまいます。

感染病の蔓延を把握するシステムはインフルエンザに対して長らくきちんと機能していましたが、検査機関で感染が確認されるケースはごく少数です。例えば米国では、今期では1,073,976人からの検体が検査され、222,552人(20.7%)がインフルエンザ陽性と判明しました。同時期のインフルエンザと思われる疾患の推定患者数は36,000,000人から51,000,000人で、インフルエンザによる死亡者数は22,000人から55,000人と推定されています。

インフルエンザ様の疾患による死亡者数の不確実性について考えてみると、2.5倍もの幅があり、それは数万人の死亡者数に相当します。毎年、これらの死亡のうちのいくつかはインフルエンザによるものですが、他はまた別のウイルスによるものです。そそしてその他のウイルスには、一般的な風邪を引き起こすようなコロナウイルスも含まれています。

2016~2017年のインフルエンザの時期に死亡した高齢者57人の検体から得た呼吸器官のウイルス検査では、インフルエンザウイルスは検体の18%から検出されました。一方、ウイルス全般と考える47%という結果でした。ウイルス性呼吸器疾患で死亡した人の中には、剖検から複数のウイルスが検出され、さらに細菌も混在しているケースも少なくありませんでした。コロナウイルスの検査で陽性が出たからといって、必ずしもこのウイルスが患者の人生の幕を閉じているとは限らないのです。

仮にSARS-CoV-2に感染した人の致死率が一般人の0.3%としましょう。さらに米国人の1%(約330万人)が感染したと仮定すると、約1万人が死亡することになります。これは膨大な数字かもしれませんが、この推定値では"インフルエンザのような疾患 "による死亡者数のノイズの中に埋もれる程度でしかありません。もしも新しいウイルスの蔓延など知らず、PCR検査での検査などしなければ、いつもの年と変わらず「インフルエンザのような病気」による死亡者数が計上されていたことでしょう。今シーズンのインフルエンザは平年よりも少し酷いようだ、と特別なこともなく記録が残る程度だったかもしれません。その報道など、最も人気のないNBA の2チームによる試合の報道にも至らない程度であったことでしょう。

3 月 16 日の時点で米国でのCOVID19 による死亡者数は 68 人に至りました。その死亡者がさらに 680、6800、6800、68000、680,000人…と、世界でみられる凄惨な傾向と同様、指数関数的に増加するのではないかと心配する人もいます。そのシナリオは現実的なのでしょうか、それとも悪質なSFでしょうか。そのような曲線がどの時点で止まるのか、どのように判断できるのでしょうか。

こうした問いに答えるための最も価値のある情報を得るには、一般の人たちから無作為に人を募り感染症の現在の有病率を把握する、さらには新たな感染症の発生率を推定するために継続的に同様の調査を繰り返さなくてはなりません。悲しいことに、そうした情報を私たちは持っていません。

そうした情報がない場合、「最悪の事態に備える」という道理から、極端な社会的制約やロックダウンを実行するという決定に至ります。残念ながら、これらの対策が効果を発揮するかもわかりません。例えば、学校の閉鎖は感染する率を下げてくれるかもしれません。しかし、子どもたちが何らかの方法で人と交流したり、学校閉鎖によって子どもたちが感染の影響を受けやすい高齢者と一緒に過ごす時間が増えたり、子どもたちが親のする仕事を妨げたりと、その実践が裏目に出る可能性もあります。また、学校の閉鎖は、重篤な症状を被るとは考えにくい年齢層が集団免疫を獲得する可能性を下げるかもしれません。

こうした考えこそが、私がこの文章を書いている間に英国が採っている学校を開校しておくというようなスタンスの背景になっています。エピデミックに関する実際の経過観察によるデータがないため、こうした視点が素晴らしいのか、破滅的なのかはわかりません。

医療システムを圧迫するのを避けるためにカーブを平らにするというのは概念的には堅実と考えるべきでしょう。あくまで理論的な話ではありますが。報道やソーシャルメディアで人気を博している画像は、曲線を平らにするということは、どのように感染者の急増を抑え、医療システムの限界を超えないようにするのかを表わしています。

曲線を平坦にしてでも医療システムに重圧が押しかかるのであれば、その死亡例の大部分は、コロナウイルスによるものではなく、心臓発作、脳卒中、外傷、出血などの他の一般的な病気が適切に処置されないことが原因にもなります。もしもウイルスの蔓延が医療システムを圧迫し、さらに極端な対策でも効果がわずかな場合には、曲線の平坦化はむしろ事態を悪化させるかもしれません。というのは、急であれ短い期間のみ重圧をかけるのではなく、より長い期間にわたって医療システムを押し潰していくという状況にもなりうるからです。これこそ、私たちがエピデミックの動向に関して正確なデータを必要とするもう一つの理由といえます。

そして問題の根底の一つとは、経済、社会、メンタルヘルスに顕著な悪影響をもたらさずに、社会における隔離政策やロックダウンがどのくらいの期間維持できるか把握できないということです。金融危機、不安、内紛、戦争、社会の仕組みの崩壊など、予測不可能な展開となってしまうかもしれません。少なくとも、政策決定の指針を得るためにも、蔓延していく感染病についてバイアスない有病率と発生率のデータが必須でしょう。

最も悲観的なシナリオとしては、私は支持しませんが、世界の人口の60%が新型コロナウイルスに感染し、致死率1%と考えるケースです。世界中の死亡者数が4000万人以上となり、1918年のインフルエンザの大流行に匹敵することになります。

その犠牲者の大部分は、余命の限られた人たちとなってしまうことでしょう。これは、多くの若者が亡くなった1918年とは対照的な事態となります。

1918年時とおそらく同様なのは、唯一の望みは生き続けることともなり得ることです。逆に、数ヶ月、数年ではないにしろ数ヶ月のロックダウンでさえも、多くの命を奪い、短期的、長期的な影響は全く分からず、何百万人どころか何十億人もの命が危機に瀕するという結果をうむかもしれません。

もし私たちが崖から飛び降りると決するのなら、そうした行動の合理性と安全な場所に着地する可能性を示してくれるデータがやはりいくらか必要となるのです。

ジョン・P・A・イオアニディス:スタンフォード大学医学部教授、疫学・人口保健学教授、医療データ科学教授、スタンフォード大学人文科学部統計学教授、スタンフォード大学メタリサーチ・イノベーションセンター(METRICS)共同ディレクター。

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