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一日が終わり布団に入り、日付の切り替わる頃、外から激しいサイレンと鐘の音が近づき始めた。
俺の部屋はマンションの5階の角部屋で、窓からの景色がかなり開けている。
そのため、静まり返る夜は、遠くからの音がよく伝わってくる。
サイレンの音が聞こえるのは割と日常茶飯事だ。

にしても、今日はなんか近づきすぎやしないか?
かなり部屋の目と鼻の先まで近づいてきていることがわかる。
ただ、特に焦げ臭いような感じもしないし…。

Twitterの「川崎消防なう」というアカウントをチェックしてみる。
川崎市の災害情報をリアルタイムで知らせてくれるアカウントだ。

「🔴23時47分、◯◯区◯◯6丁目付近より災害の通報があり、消防車が出動しています。」

6丁目は俺の住所だ。
嫌な記憶が頭をよぎった。

3年前のことだ。
ここへ引っ越して2日目、同じマンションの2フロア下の部屋で火事が起こった。
夜中の2時ごろ、嫌なガスを発するタイプの焦げ臭い匂いがして、目を覚ますとマンションの玄関にはすでに消防が到着していた。
幸いボヤだったようで怪我人はいなかったようだが、タイミングが悪すぎた。

うつ病で退職して追われるように社宅を飛び出し、どうにか見つけた住まいで早速これかよ…。
まだまだ前途多難な生活が続きそうな予感がして、うざったいような気持ちで布団に戻ったのを覚えている。

そんなことを思い出しながら、ゆっくりと起き上がってベランダに出た。
南へ向かって3件ほど隣、小さなアパートの3階から火が上がっていた。

ボヤというべきものではなくなっていた。
火はおそらく部屋中に燃え広がっている。
窓からわずかに火の手が上がっているのが見えたからだ。

消防車が到着し、何やら消防士が声を掛け合っているのが聞こえる。
隊員の一人が隣の建物に上がり、階段の踊り場からライトで現場を照らす。
無線の無機質な「ピッ」という音に続いて冷静に指示を仰ぐ声が響く。

こういう時は近所から野次馬が集まってきそうなものだが、夜中のためか人はあまりいない。

「パン!」と音が響いて火の粉が窓から噴き出す。

それどころか周りの家屋は明かりを落として、住民はぐっすり寝入っているかのよう。
万が一燃え広がったらどうするんだろう。

あかあかと火を吐く部屋と真っ暗に沈んだ周囲の対比が、不謹慎だが綺麗だとすら思える。
俺に絵を描く才能があったら、すぐさま絵筆を取り出して、この様をそのまま描き写しているかもしれない。
まあまあいい絵になりそうな気がする。

「放水開始!」との声に続いて
「ジューーーーーーーーーーーーーー」

消火は苦戦しているようだ。
火に触れて水が蒸発する音が絶え間なく続いて、現場の窓からは白煙が吹き出し始めた。
火と煙の命を賭けた紅白戦。

それがしばらく続いた後、放水の音が止まった。
赤も白もいつの間にやら消え去り、消防士の照らすライトの黄色だけが飛び交う。

「ピッ」「…………………………」
「ピッ」「…………………………」
「ピッ」「…………………………」

しばらく消防士のやりとりが続いたあと、大きく

「怪我人なし!」

との声が響いた。
火は消し止められた。

かくして、街の片隅で起こった小さな火事は、大多数の平穏を脅かすことなく、粛々と、厳正に鎮められた。

その一部始終を、万一に備えることなくぼんやり眺めていた俺も、「怪我人なし!」の声に一安心し布団に戻る。
3年前の焦りも苛立ちもそこには一切戻ってこなかった。
なんて安心・安全な世の中だ。
怖くなってしまうほどに。

「🟢23時47分頃に◯◯区◯◯6丁目付近で発生した災害の対応は終了しました。」

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