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恋に恋していたあの頃。

まだ22年しか生きていないけれど、
もうあの時以上に人を好きにはなれないだろうなと思う恋がある。

14歳、中学2年生だった。わたしは眉を整えることも知らない、東北の田舎に住むふつうの女の子だった。

死ぬほど好きな男の子がいた。
死ぬほどは言い過ぎかもしれないが、寝食を犠牲にしてしまうくらいには好きだった。

名前は知ってる。顔も写真で見たことがある。声も聞いたことがある。ただ、会うことは叶わなかった。チャットで出会った、高校2年生の男の子。

いわゆるネット恋愛だ。

会ったことがなくても、なんなら顔を知る前から好きだった。きっと今はそんなことできない。

友達から初心者向けのチャットサイトを教えてもらったのがきっかけだった。そこは完全に新しい世界だった。知らない人と出会える。誰もわたしがどんな子か知らない。優等生じゃなくていい、もう一つの世界。毎日毎日学校から帰ったらチャットに直行した。

宿題をやる時間も惜しく思えて、学校の休み時間に全部終わらせて帰宅した。出会う人の名前と特徴を忘れないようにノートにメモした。水色のコクヨノートだった。とにかく楽しかった。

そんなチャットの世界で出会ったのが、その男の子だった。

関西に住んでいる高校2年生で、バンドをしていてギターが弾ける人だった。福山雅治が好きで、部活でのあだ名をハンドルネームにしていた。ひらがなでまぬけな響きの。

いつから好きになったのかは忘れてしまった。
彼はいわゆる"古参"で、よく話すようになってから好きになるのに時間はかからなかったと思う。

初めて電話した時は、親への背徳感と緊張で汗が吹き出ていたのを覚えている。薄いピンク色の、すこしメタリックなコーティングがかかったガラケー。番号を押すたび、カチ、カチ、と小さく音がした。

聞いた声は想像よりずっと低く響きのある声で、おもわず笑ってしまった。その陰で、心臓が破れるくらいドキドキして甘く痺れていた。やっぱり好きだ、と思った。

毎日のように電話した。
チャットで他の人と会話しながら、2人で電話を繋げているのが嬉しくて嬉しくて、毎日が薔薇色だった。毎日が薔薇色なんて、ほんとうにあるんだと思った。

あの頃の学校の記憶はほとんどない。
彼だけが生活の全てだった。

電話できる日も、できない日も、欠かさず新着メールを問い合わせた。"新着なし"の結果を見るたびに落ち込んだ。

電話の途中でお風呂に呼ばれたら、出来るだけ時間をかけずに洗って上がって乾かして部屋に戻った。最短で8分だったと思う。

最高に幸せな毎日だった。

たまに電話越しにギターの弾き語りを聞かせてくれた。生演奏も、録音したのも。
録音の先に、ピアノを弾いている女子がいると知って激しく嫉妬した。可愛く思われたくて、表にはあまり出さなかった。

狂ったように好きだった。

でも、あっさり振られてしまった。

いつかお金を貯めたら会おうと話していたけど、いつのまにか、向こうに彼女ができていた。
はっきり言われた訳ではないけど、何となく感じ取れるのが女の性なのだ。もっと鈍感でいたかったと、ちょっと憎んだ。

電話番号を消しても、もう指が番号を覚えてしまっていた。何の意味もなかった。

何回かかけてしまったはずだ。留守電も残したかもしれない。今だと病んでるなぁと笑えるけど、当時のわたしは毎日が絶望で、どうしたらいいかわからなかった。

失恋しても学校は行かなくてはならない。
死んだように過ごした。誰とも話さず、笑わず。
友達は彼に対してとても憤っていた。友情を感じて少し泣いた。

失恋したのは、ちょうど今くらいの冬だった。

わたしの部屋には少し不調の灯油ストーブがあって、電源を入れると「ジー………ボンッ」と点火した。
彼と電話をするため、夕飯を食べてリビングから戻るとき、お風呂から上がって戻るとき、決まってストーブをつけていたから、
失恋した後も「ジー………ボンッ」という音を聞くと幸せだった頃を思い出して涙が出そうになった。
部屋に戻った時の冷たい温度だけでダメな日もあった。

とはいえゆっくり回復して、中学を卒業し、高校に入り、彼と同じ高校2年生を通過した。
今は大学も卒業して社会人だ。
高校2年生はかつて思っていたより大人ではなかったし、高校2年生の男の子は基本的にアホだった。あんなにカッコいいと思っていたのに。

もう彼の電話番号が「090」から始まるのか「080」から始まるのかさえ覚えていない。けど、電話越しに歌っていた福山雅治の「ながれ星」は今ではヒトカラの十八番である。(随分ませた歌を歌っていたんだなぁ)
パソコンは壊れてしまった。修理にも出さず実家に放置してある。

あの頃の中学生のわたし。ピンクのガラケー。ネイビーの重たいノートパソコン。

恋に恋していたあの恋は未熟なまま終わったけど、今ではすこし羨ましくも思う。
滑稽で、笑っちゃうような恋愛だったけど、
あのくらい強烈に、純粋に恋することはもうできない気がする。

今日なんとなくあの頃に似た部屋の温度を感じたので、ひとつの恋の供養として。

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