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野球文化學會第七回研究大会を終えて

1月28日、法政大学キャンパスにて野球文化學會第七回研究大会が行われた。(野球文化學會
コロナウィルスの影響などもあって実地に向かったのは三、四年ぶりとなるか。(野球文化學會 第7回研究大会)しかし、8000円は高かった。

1,野球文化學會とは

野球文化學會とは改めて魅力的な学会である。
というのも野球を様々な角度から論じようとするため、どこの野球を扱うか、に関しては多岐にわたる。プロ野球を扱う人がいればアマ野球を扱う人がいる一方で、アマチュアでも小学生、中学生を扱う人もいる。それは未経験と経験者の比較というところまで突き詰める。

例えば午前中の研究発表では原則的に一番槍として宮城の郷土野球研究家である伊藤正浩氏が起用されるが現在宮城県にあった旧制第二高校野球部を中心に多くの事象を掘り当て、試合前挨拶発祥が宮城である、という結論に至ったことを知る人は少なくないだろう。
野球の試合前挨拶、仙台に「発祥の碑」 「健全さ示す」、旧制二高が発案

野球を「歓喜の学問」にする
をスローガンに掲げた「ベースボーロージー宣言」に基づいて多くの観点から野球の研究をしているところがこの学会の特徴で、それは学界に活躍する方々だけでなく報道関係でも記録面などを中心に扱う方々、それだけでなく一般会員も多く活動している。

2,様々な会員の活躍

現在会員として活躍されているSCOOBIE DOのドラム担当であるTakuya "MOBY" Okamoto氏が今回著作「ベースボール・イズ・ミュージック! 音楽からはじまるメジャーリーグ入門」で奨励賞を受賞した。
これは私も驚きであった。過去ここの受賞者は野球史の王道を扱うような方が多かったからだ。

例えば山際康之氏が日本初のネーミングライツ球団であるライオン軍にスポットを当てた「広告を着た野球選手: 史上最弱ライオン軍の最強宣伝作戦」であったり、永田陽一氏が太平洋戦争中におけるアメリカ日本人収容所での野球選手を描いた「日系人戦時収容所のベースボール: ハーブ栗間の輝いた日々」といった緻密に構成された作品ばかりであった。
これらは確かに大作であり、野球をさらに奥深く調べたいと言われたら一度は手に取りたい一冊なのだが、一方で一般の、それこそ多くいる野球ファンが触れたいかと言われるとやはり専門書の色合いが強く、決して手に取りやすいものではないだろう。

だが Okamoto氏は95年より音楽というジャンルで活躍を続ける、いわば野球以外の土壌を持つ方であり、野球が好きな人とそうでない人の二極化が進む昨今では後者が手に取る土台を作り上げただけでなく、前者にとってもなかなか研究としては定着していない音楽シーンから見る野球文化への深い考察がなされたことは両者にとって非常に高い意味を持つ。

音楽と野球という点ではスージー鈴木氏の著作「いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界」などもあるが、音楽文化から見た野球という観点で書かれたのは本作が初めてであることも付記しておきたい。
わたしも元々ビッグバンドをやっていて、吹奏楽で甲子園や東京ドーム(神宮まではいけなかった)ので音楽という文化と野球という文化が交わったところに表れる社会というのはもっと追っていきたいところだ。
ちなみに氏も題に入れているジャッキー・ロビンソンはカウント・ベイシー楽団が関わっているのでぜひ聴いていただきたいところ。

閑話休題。

この度はOkamoto氏の留学によって奥様のライターであり東北芸術工科大学准教授でもあるトミヤマユキコ氏が出席されたのだが、彼女の勧めで学会に入られたことをコメントで述べられていたのが記憶に深い。
またトミヤマ氏も准教授であることから「学会は学界所属学者たちだけのものではなく、興味のある方々が一般会員として入って欲しいという気持ちが学会に関わる人間として強い」という思いがあったからこその勧めであったことをOkamoto氏のコメント文ののちに半ば強引にさせられたコメントで言われていた。
これは野球文化學會だけの話でもなく、日本にある多くの学会に連なる話であると改めて感じた次第だ。
なお、Okamoto氏のコメントは氏のInstagramに全文記載されているので貼っておく。(https://www.instagram.com/p/C2ovhfNoJPk/?igsh=ZDdsYzdvZ20xOGE1

また、伊藤氏の努力により片平公園に野球前挨拶発祥の地のモニュメントが建てられたことで奨励賞を受賞されるなど行動活躍の部分でも評価がされている。(旧制二高「試合前挨拶」発祥の地記念碑お披露目式が開催されました

3,様々な論が飛び交う研究報告

二極化という意味では今回の研究テーマでは随分そういった話が出たように思う。
中間茂治が論じられた「中学野球から見た部活動地域移行がもたらす問題性~今後の中学校野球部の在り方について~」では現在大阪の公立小学校で校長をされている氏が大谷グローブを例に挙げて「現在はグローブのはめ方もわからない子も多く、その前に自分の利き腕が分からない子も増えている」と野球ができる子とできない子の二極化がかなり大きなところまで来ていることを指摘されている。
そこには昔と違ってキャッチボールや野球などを出来る環境が著しく制限されており、地域クラブに入る子との差が激しくなっていることを挙げていた。
一方地域クラブに関しては親の過剰な子供への肩入れが強くなっている傾向があり、それがスポーツ虐待などを生み出す可能性が上がっていることを指摘。
氏は「上手下手関わらず野球をやりたいだけの子」を受け入れる場としての部活は必要という結論に至っていた。

投球データから運動学の観点から語られる石村広明氏も「投球データを用いた高専男子学生の投能力解析の評価の試み」ボールを投げる行為が運動学から語られていたが、この二極化というところに翻弄されてしまったようで今回発表された結論は自分の仮説に基づくものに至らなかったことを悔しそうに発表されていたことが印象に残った。
昔は「ろくむし」などの野球ごっこで長嶋茂雄や王貞治になりきった小学生が野球の仕方を覚えて70~80年代のプロ野球シーンを支えたことは周知のとおりだが、それがなくなった現在野球にアプローチする手段が減っており、球技経験者と未経験者の差が露骨に出たことを述べられていた。
ただ氏は現在baseball5にも積極的に参加されており、雑談の際にbaseball5をこういった未経験者への新たなアプローチにしていきたい、と明るい展望を語られており、今後もこの二極化を縮めることが氏の研究にさらなる精度を上げることを期待されていた。

このような問題だけでなく、旧草薙球場での日米野球で沢村栄治に無安打だったベーブ・ルースの「日光がまぶしかった」発言は本当だったのかをマウンドと日照時間、1931年の全米野球からの記事などからルースの発言は言い訳に近しいものだったのではないか、という結論に導き出した、まさに発想力から学術発表に結び付けた一般会員、高井正秀氏の「1934年日米野球の草薙球場は眩しかったか
2004年の球団合併騒動から耳にする機会が増えた「市民球団」という単語はそれ以前はどうであったのかを紙面から分析して90年代に近づくほど九州、横浜を中心にその単語を頻出することを突き止めた電気通信大学所属、松原弘明氏の「プロ野球球団の〈市民球団化〉に対する内容分析:1980年代後半から2003年までの新聞3紙の報道を対象として
西鉄経営史の側面からなぜ「西鉄ライオンズはライオンズという愛称を扱ったのか」という点に社報や到津遊園の動物園などから割り出した九州大学所属、鷲崎俊太郎氏の「なぜ西鉄は球団の愛称にライオンズを選んだのか? -西鉄初代社長・村上巧児の経営方針からの分析-
日米における通訳者のヒアリングから両者の相違、球団所属、個人契約という観点での喜びや苦労をまとめた京都外国語大学所属、トレバー・レイチュラ氏の「日米プロ野球の通訳者
と多岐にわたる。
どういう研究やシンポジウムだったかは学会長である鈴村祐輔氏のnoteから参考されたい。(https://note.com/yusuke_suzumura/n/na1f816de98e3

4,シンポジウム、そしてPL学園

後半のシンポジウムは甲子園100周年を記念して「甲子園100年と高校野球」と題して四名の方から講演された。
そのうちやはり目玉はPL学園監督であった中村順司氏であっただろう。
氏は中間市出身、日本のエネルギーを支えた炭鉱事業で華やかな時期を作った遠賀川周辺を生誕の地にしており、また元日本ハム、ダイエーの盗塁王島田誠も氏の生家である理髪店を書籍で言及している。
そして私は遠賀川から少し離れるが炭鉱発掘で最盛期を迎えた経験のある筑豊は田川市出身。同じ川筋者の地域出身として一度お会いしていたいと思っていたのだ。

講演そのものは氏には失礼であるのだが95年の阪神大震災から高校野球と連盟の在り方を見つめなおし、多くの変更をしてきた田名部和裕氏(現在高野連顧問)、甲子園のある西宮市と阪神電鉄の歴史から現在の甲子園の在り方、今後の展望を述べられた、電車会社に入ったのになぜかスキー場の雪を作っていた経験のある向井格郎氏(甲子園球場長)、「事実解明を諦める原因になる」ことから紙面で禁止している「球場の魔物」を改めてどういうものであったか多くの試合を見てきたうえで語る安藤嘉浩氏(元朝日新聞編集委員)の方が面白かったのだが、それでもPL学園野球部黄金期の生き字引みたいな方が登壇されるだけでもやはり存在感というのはあった。

しかし、やはり多く取りざたされたPL学園でもあるために胸中は必ずしも穏やかではなく、質疑では最初こそ甲子園のドーム化など面白い質疑応答が繰り返されたのだが、最後の最後で元プロ野球審判である山﨑夏生氏が
PL学園はその栄光の陰に多くのいじめなどが報道されたがどうお考えか。その責任は
という質問をズバッとしたところで緊張感が最高潮になったのが印象的であった。
誰もが「こんな晴れの舞台で深くは触れまい」と思っていたであろうところを切り込むところに、プロ野球生活で一番非難の的にされやすい世界で生き抜いてきた山崎氏の人生が垣間見れたようで「これほど心の芯が強くないとプロ野球で審判を長くやれないのか」と思わせたほどだ。
幕切れはトラブルのようなものであっけなく終わり、元の朗らかな雰囲気に戻ったのだが、改めて人の生きざまはこういった場面で出るものだと感じたものだ。

研究大会が終わり、中村氏に挨拶したときは「田川市出身です」といった時に笑顔に変わったのは嬉しかった。同じ川筋者として受け入れてもらったと感じたものだ。
時間が許せば社会人野球時代、相模原市に拠点を置いた三菱キャタピラーにいた氏と選手時代東洋高圧大牟田所属であった原貢氏が相模原市に来たことで何を感じたか、中村、原といった九州出身の元社会人野球選手が関東、関西高校野球の一大勢力を築いたことに対してどう感じるのか聞きたいことは山ほどあったが、もうそんなことは気にならないほどであった。
この学会で最後に野球関係者としてではなく、同じ郷土の人間としてあいさつできたのは本当に嬉しかった。

5,終わりに変えて

今回は非常に面白い内容であったように思う。
「野球が好き」という単語には多くの事象がつきまとう。
プレーだけでなく観戦という点もさることながら、多くの社会文化が絡み合って構成されていることは筆者が述べるまでもない。

だからこそ今回受賞されたOkamoto氏の妻であるトミヤマユキコ氏の「興味のあるものがあればその学会に飛び込め」は金言ではないかと思っている。
学会は肩ぐるしいものではない。ただ好きなだけで飛び込んでいいのだ。確かに正会員になるには一定の結果が求められるのは当学会でもそうであるし、日本多くの学会ではやはりそういったものが求められる。しかしそれは高みを目指す場合だけだ。好きで知見を深めたいという気持ちだけで飛び込むことは何も悪いことではないし、ぜひ飛び込んでもらいたいと思っている。
野球文化學會は正会員は推薦1名を要するが、購読会員だと入会料1000円と年額1500円で会員になれる。そこから正会員になるよう模索すればよし、賛助会員になって学会を支えるもよし、だ。

ぜひ飛び込んでほしい。
「セイバーメトリクス」という単語の元であるsabrことアメリカ野球学会(the society of american baseball reseach)ももとは16人の会員からだ。今では世界に多くの野球研究家が集っている。
野球文化學會もsabrのような気風を持ち得ているのだ。
ぜひ「この分野に本格的な興味がある」と思った方はこの世界に飛び込んでもらいたい。参加費8000円はやっぱり高かったし、会員になろ💛


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