正直ポスティングやNPBの海外挑戦事情は嫌いである。

ポスティングシステムにおけるMLB挑戦が今年は非常に話題となっている。
ポスティングシステムでメジャーに行き、活躍できずにソフトバンクに戻ってきた有原航平、ポスティングでMLBに行けず海外FA権を使う事で不平不満を述べる千賀滉大、キャリア後半がボロボロになってしまった藤波晋太郎の単年4億でのアスレチックス移籍。
ポスティングに対して多くの感情が生まれては消えている。

私も学生時代はジャズでセントルイスに渡ろうと考えた時期があったため、現在もMLBを目指す若者の気持ちというのは分かる。ジャズの本場で名前を売る事がそのまま自分の栄光に繋がる、と感じる気持ちは野球の本場で勝負をする彼らにとっても同じ気持ちであろう。
私だって敗北したものの音楽というジャンルでアスリート思考であったのだ。理屈も感情も理解できるというものだ。

一方で現在のポスティングシステムによるMLB挑戦というのはあまり賛同しがたいとも思っているのは事実だ。アメリカ挑戦の難しさと栄光の感情を理解していながら、である。
特に千賀投手のチームがポスティングを認めなかった事に対して憤慨する記事を読むたびに「それはちょっと違うんじゃないか?」と感じているのだ。

勿論スポーツアスリートというのは引退までの期限が短い。
スポーツ全体では長寿傾向にある野球ですら28~32を一つの境にほとんどの選手がユニフォームを脱ぐ。そこからユニフォームを着続ける場合、覚悟と矜持が求められるからだ。そうでなくても若くて新しい才能が出てくるたび天秤に乗せられ、同じ実力ならば年齢をきっかけに放り投げられる。
それこそがスポーツアスリートの厳しい世界である。

それゆえに若き挑戦者が世界を目指す気持ちというのは理解が出来る。

しかし、近年の野球を取り巻く風潮というのは正直好きになれない。
若き才能があれば「MLBに行くべきだ」と過剰に持ち上げ、両手放しに挑戦する事を是とする。これは選手のみならず選手たちを取り巻く環境ですらそうである。だからポスティングなども非常に「選手の権利」的にとらえて発言をする人も多い。二言目には「選手の才能を」である。

これに関して正直賛同しかねるのだ。

例えば千賀のいたソフトバンクホークスはポスティングを認めていない。
それは孫正義達が「世界一の球団を作る」という構想の元動いているからである。方法に賛否両論あれど、チームの稼ぎ頭である選手を「若き才能だから」という理由で出すつもりがない事を表している。当然であろう。プロ野球が興業である以上エースを渡していい、なんて考えを持つ人はいまい。
ソフトバンクホークスの在り方は「企業として全う」なものなのだ。

プロレスで言えば長州力や藤波辰爾が才能豊かだったからとWWFに行ってほしい、なんて思うファンはいないだろう。WWFなどで箔をつけて帰ってきてほしいとは思いこそすれど、新日本プロレスがWWFに劣っているなんて感じていないはずだ。目の前で起きた試合こそが真実であろう。だからこそ紆余曲折ありながらもプロレスは今日も生きているし、近年では盛り返しが起きている。

それに対してプロ野球はファンどころか有識者ですら「MLBが素晴らしく、NPBはその下」という感覚を持っている。アメリカが絶対的に素晴らしく、日本は格落ちだと感じているのだ。ポスティングにおける発言も同じように感じる。

最近助っ人外国人のMLB成績を調べているのだが、意外な事が分かっている。
80年代後半から90年代前半は本当に一部の大物以外は案外NPBに入団しており、しかも誰も可もが大活躍に至っていないというところだ。
確かにウォーレン・クロマティなどMLBで大暴れした選手がこちらでも大暴れしている事はある。クロマティなどMON時代はほとんどホームランを打てていないにも関わらずNPBではスラッガーでもあった。
しかしメジャーリーガー全員が大活躍したかと言われたらそうではない。シェーン・マックもMLB時代とあまり変わらない成績であったりするし、大洋に在籍したしすくと・レスカ―ののように落ち目のままやってきて活躍のきっかけもないまま消えていったような選手が山ほどいる。
意外な事にメジャーリーガーがNPBに参入したからと言って全員が全員ばりばりに活躍したわけではないのだ。むしろNPBでボロカスになってMLBに戻った後活躍し直している選手もいる。
日本とアメリカにおける野球の風土の違いや本人の体調などがそういった事態を起こすのであって「NPBはMLBに劣っている」は幻想以外のなんでもないのだ。

日本人が一方的にNPBをMLB以下と卑下しているのだ
野球の記録を見ながらだと本当に思う。勝手にMLBに対して幻想を抱き、それこそ素晴らしいもの、絶対的価値のように扱っている。
一方でMLBにもマック鈴木や大家友和といったさほど目立っていなかった選手がマイナーからコツコツ伸びあがった選手がいた事を忘れてはならないし、本人ですら「思い出作り」的な気持ちで行くと活躍してキャリアを伸ばした斉藤隆など、思いがけない成功をした選手は少なくないのだ。

だから今、野球の記録や結果を見ている私はNPBで残した記録が必ずしもMLBで残した記録と=にはならないし、かといってMLBの記録がNPBの記録以下とも思わないのだ。
過去の大投手や大打者が現在のプロ野球に降りたら、という妄想は誰もが一度はすると思うがほとんどそれに近い。必ずしも現在の残した記録を残すとは思わないが一定以上記録を残すかもしれない、程度の物なのだ。
同じプロ野球の現在と過去ですらそうなのに、海外に行けば尚更だ。NPBで活躍の目がさほどない選手でも化ける可能性は十分にあるし、あちらのマイナーでもがいている外国人選手がふらっと日本にきた結果第二の故郷になる可能性は十分あるし、それが成り立ったのが今年の野球殿堂である「ランディ・バース」であり「アレックス・ラミレス」であろう。

だから必ずしもMLBがNPBより格上ではないのだ。
むしろ「アメリカが格上、日本は格下」という単純な二元論に逃げてしまう方がよっぽど思考停止的であり、考える事を放棄としか思えないのだ。

そしてポスティングシステムであるが、どうも今回の世間的評判を見ていても「アメリカ様に日本の若き才能を献上」「そしてアメリカ人を倒す日本人が観たい」というビジネス的には完全敗北な上、求めているのは1950年代の力道山的なもの、リキイズムともいうべき、もはやプロレスの世界ではカビの生えた感性と言ってもいいものであるのだ。
選手もまたメジャーに行く事を「夢」ではなく「ステイタス」として扱っている部分もあり、なおそれを増長させる。

だから「夢」だのなんだのきれいな言葉を使い、徹底的にプロ野球をこき下ろす感情を持つ人が増えているのだ。MLBで産んだ記録はNPBでの記録以下。NPBでいくら記録を残してもビッグリーグで残せなければ。とひたすらに卑下し、バカにし、こけにする。
そしてその一端がこの「ポスティングシステム」から見えてきている。

そんなしみったれた思想が蔓延るのであれば「ポスティングシステム」だの「海外FA権」だのやめてしまえばいいと私は思っている。
いつまで力道山的な思考なのだ。そのくせMLBで活躍できなかった選手の事をシーズン中ほぼ思い出す事もなく、帰ってきたら「都落ち」扱いなどNPBもMLBも上から目線で見ている。現役引退までMLBでの第一線を目指し、そのためには活躍の場を選ばなかった岡島秀樹や生き残りのために中継ぎを選んだ上原浩治のような選手が「夢」という言葉を使っていいのである。あの松井秀喜やイチローですら活躍が出来なくなって以降、生き残りを目指して泥汁を啜りながらも活躍場所を探した。

残した記録は決してまばゆいものではなかったにせよNPBにもMLBにも確かに見える傷跡を残した。NPBであろうがMLBであろうが気取らず、淡々と、黙々と成績を残していった。野球はヒーローだけのものではなかろう。
そこで生まれた多くの記録。それは安打一本、三振一つかもしれない。その一つ一つにこそ価値があるのであって、それが野球の「夢」をはぐくんでいるのだ。
だからこそたかだか投げたボールを打つだけの遊びの応酬が残された記録というのは美しいのである。アメリカだから美しい、日本だから美しくないのではない。アメリカでも、日本でも美しいのだ。価値の天秤に乗せる事など何も調べずに想像推論だけで物事を口にしている愚か者以外のなんでもないのだ。

確かにアメリカはマーケットが大きいため、選手がいけるなら行った方がいい。どうせ野球で飯を食うなら一円でも多く貰った方がいい。私はそういったヘッドハントは嫌いじゃない。選手であればお世話になったチームに身を捧げろ、なんていう気もない。時代錯誤だ。どうせ一つのチームに身を捧げるなら「引退後もビジネス的においしい」と思ってやるくらい打算的でいい。そうでなければどんどんアメリカを目指せばいい。金払いのいい場所に行くのはビジネスの正義だ。
私もアメリカを目指した人間。どんどんやってしまえばいいと思う。

だが、ビジネスの正義は全ての勝利ではない。
「夢」「才能」のためにアメリカに行く必要などない。
「金」と「名声」のために行けばいいのだ。
夢と才能など金と名声の元手みたいなものでしかない。

だからこそアメリカに行く事を「ステイタス」にしてもらいたくない。
NPBやMLBだけでなく社会人野球や大学野球にも手を付けている私からしたら心外以外のなんでもない。一つの場所で記録や記憶を刻んでいく事がどれだけ大変か噛みしめていたらそんな思考にならないはずだ。

そうやって天井に上る事だけ考えてあらゆるものに唾を吐く姿勢はどうにかした方がいい。
勝手に自国の事を卑下し、勝手に過剰なリスペクトをする姿勢がこの「ポスティング」から出る一連の騒動で垣間見えた事だ。

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