アマチュア野球書籍の面白さ
1,プロ野球とは違ってなかなか手に入らないアマチュア野球書籍
砂まみれの名将(加藤弘士/新潮社)から出されて珍しくアマチュア野球が光を浴びた。
多くの野球ファンにとって高校野球とプロ野球に触れる機会はおおくあっても大学、社会人野球に触れる機会というのはあまりない。
大学野球は早慶戦のある東京六大学野球が脚光を浴びたが、ドラフト候補がいない限りはそのリーグに脚光を浴びる事は稀だ。むしろ柳田悠岐(広島経済大)、山川穂高(富士大)などの登場でやっと光が照らされたようにも感じられる。それ以前は東北福祉大がめぼしいところで中四国の大学野球を知るものはほとんどいない、みたいな状態だっただろう。ある意味SNS時代によって広がりを見せつつある時代に思える。
社会人時代になるとさらにこれが希少で、JABA含む企業チームはどちらかというと「社内の福祉政策」と考えられているから及び腰になりがちでどんな選手がいるかという事すら知られていない現状がある。
例えば三菱重工は統廃合と陸上部、ラグビー部などのスポーツ部を混合する事で「三菱重工スポーツチャンネル」を作成したり、マラソン大会などの大きな大会でのスポンサードでCMを入れる際にはスポーツ部を起用するなど努力目覚ましい。正直に言えば三菱重工くらいが今の時代に合わせた社会人野球の展開を考えているのではなかろうか。
それほどアマチュア野球は情報が得にくい。関東や関西の都市圏に住む人には繋がるかもしれないが、これが田舎だと全く情報が入らない、永遠に関わりなく終わる、なんてことも多々ある。
私のいた福岡ですらJR九州と新日鉄八幡があったのにJR九州の名前を聴くのはドラフトの時、新日鉄八幡に関しては廃部のタイミングだけであった事からもその先行きが見えるものであろう。
アマチュア野球を知る事、というのは自らのチャンネルを貼っていなければすぐにわからなくなる、難しいものであるのは今も変わらない。
2,プロ野球選手でもたまに社会人野球の話がある書籍がある
そんな私たちが存外大学野球や社会人野球、特に社会人野球に触れる機会が多いのはプロ野球選手が出している「自伝」である。
これはどうしても仕方ない事なのかもしれないが、大学野球や社会人野球の方が本を出す事は珍しい。せいぜい教則本が限界という感じだろう。だから写真に写っている選手が誰であるとかはよくわからず、後々に見直してプロ野球に行った〇〇選手だった、なんて発見があるようなものであるのが大半だ。
なので大学野球はどのような場所なのか、選手たちはどのような生活をしているのか、なんていうのは全く謎に包まれていたりする。誰も興味を持たなければ、誰もまとめない世界。たまにスポーツ新聞に載ったら万歳というようなものだ。
そんな世界が垣間見える瞬間は大抵がプロ野球選手の自伝で「どういう生活を行っていたか」が色濃く描かれる場合が多い。
例えば赤星憲広氏の「逆風を切って走れ─小さな僕にできること」(主婦と生活社)などには亜細亜大から卒業しJR東日本野球部に行ったときの印象や自分がやりたいと思った事、そして成功してきたことなどを書かれている。
今では考えられないがJR東日本が関東の社会人野球部でもさほど強くないと言われていた時代だ。まだJX-ENEOSや東芝といった西関東が今以上に脅威だった時代でもある。
それを持ち前のやる気と皆を鼓舞する精神力、それに応えてくれる先輩たちのおかげで強豪に返り咲いたと書いている。
また島田誠氏の「それでも野球が好きだから」(海鳥社)などでは謎の野球チームとされているあけぼの通商野球部がどういうチームであったかを書いている社会人野球を知るためには大きな意味を持つ書籍になっている。
特にあけぼの通商は創部して10年持たなかったチームで名門野球部のように部史を持たない。各々選手たちからの証言からまとめていかなければならないことを考えてもその存在は大きい。
そういう意味ではほとんど戦績を残せず消えたローソン野球部(リクルート野球部)。長い歴史を持っていたが80年代に姿を消したリッカーミシン野球部など、失われたものも多い。
3,わずかな本を手掛かりに
大学野球は比較的監督やルポライターによって本が出されている。
東京六大学は勿論の事、駒澤大学野球部監督の太田誠氏による「球心いまだ掴めず―駒大太田野球500勝の真実」(日刊スポーツ出版社)、東洋大学野球部監督の高橋昭雄氏の「TOYOの熱血 "生涯青春"を貫く名将の軌跡」(BBM社)など。
近年ではやっと東京六大学野球や東都大学野球を出て東農大オホーツク校監督樋越勉氏の「東農大オホーツク流 プロ野球選手の育て方」(日本文芸社)、創価大学監督の岸雅司氏による「光球: 人間野球の勝利者へ」(第三文明社)などが出ている。
後者の場合は周到佑京選手(東農大オホーツク→福岡ソフトバンク)や田中正義投手(創価大→福岡ソフトバンク)などをキャッチにして販売する事が多く、ドラフト一位指名の選手が出たタイミングで出る可能性がグッと上がるとみてもよいだろう。
この条件に照らし合わせると近年だと富士大学を経由して現在相武高校監督の豊田圭史氏などが出すかもしれない。ここは富士大を受けた選手たちが今後どれだけ活躍するか、現在指揮する相武高校が甲子園出場するかなどが関わってくるかもしれない。
これはついでになってしまうが、日体大野球部投手コーチをしている元中日ドラゴンズの辻孟彦氏が「エース育成の新常識 「100人100様」のコーチング術」(BBM社)を出している事にも触れておこう。監督が出す場合は多くはないにせよ少なからずあるが、コーチが出す事はかなり稀である。口悪く言ってしまえばコーチの辻氏もプロ野球選手としては大成していない。にも拘わらずこの書籍を出せたのは松本航(西武ライオンズ)、東妻勇輔(千葉ロッテマリーンズ)、吉田大喜(東京ヤクルトスワローズ)など多くのドラフト上位指名選手を作れた事に他ならないだろう。
今年も矢澤宏太をはじめとして勝本樹など多くの投手を色々な世界に送り出しそうだ。
社会人野球は慶応義塾大からJX-ENEOS野球部に復帰した大久保秀昭氏の「優勝請負人の導く力 ENEOS大久保秀昭[野球部監督]の流儀」(BBM社)などが直近では一番有名であろうか。
またパナソニック野球部から秀岳館高校、県岐阜商高の監督を務める鍛冶舎巧氏の「そこそこやるか、そこまでやるか パナソニック専務から高校野球監督になった男のリーダー論」(毎日新聞出版社)などになるだろうか。
どちらかというと高校野球、大学野球の合わせ技一本で出しているという感じか。(両者とも社会人野球での実績は大きいが)
そういう意味では西部ガス監督を務める香田誉士史氏などは面白いかもしれない。西部ガス野球部が今後都市対抗野球大会などでどうなっていくのか、というのも気になるところだ。
そういう意味だからこそオリンピックがプロ野球選手中心で行われるようになってしまった現在というのは大きなダメージのような気がする。
社会の変化に伴って社会人野球の在り方が問われる時代に入り、選手たちもどうやって生きていくか、という疑問を持ちながら生きていく中でオリンピックという支えを失った事はある意味選手や監督のアイデンティティを喪失する事になってしまい、このようなアマチュア野球にスポットライトが浴びづらいようになってしまった事は特に社会人野球にとって損失出会ったような気がする。
と、現在やはり大学野球や社会人野球をまとめた書籍というのは出にくくなりつつあるのは否定できないところだろう。
4,大学野球、社会人野球も変化する時代
SNSの台頭によって誰もが情報を得やすく、活字になりやすい時代となった。その中で過去のアマチュア野球のように部史さえ残せていればいい、という時代は終わりつつある。特に社会人野球に関して言えば企業と社員の関係が大きく変わった現在ではあり方も大きく変化しており、改めてアイデンティティを求める時代が生まれたように思える。
そういう意味では部史を作るほどではないにせよ、地域野球史として文章を残す事が必要になりつつあるのではないか、と考えるようになっている。別段それで利益を出せ、だの、しっかりした装丁を整えて出せだのは言わない。
これだけ情報が氾濫する時代になったからこそ地域野球史の存在が大きくなってきているように感じるのだ。
情報の強大化によってマクロ化していく中で、それについていけない性質を持つ者はマクロ化に合わせていくのではなく、むしろミクロ化する事によって生き残りを図る必要性が生じていると筆者は感じるのだ。
恐らくこれだけ活字が強い意味を持つ時代になると、活字に残した、という事は強い意味を持ってくるだろう。10年、20年後は情報精査の時代に変わっていく。高い品質の情報だけが生き残り、多くの情報が活字の骸となっていくだろう。
それを考えるとこのミクロ化は大きな意味を持っていく。
こういうことをやってみてもいいと思うのである。
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