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愛とシゴトとナチンゲール(7)自由に入浴する権利は、平等に与えられてはいない

国武めい|主人公。新人看護師。仕事ができず落ちこぼれ、かなり迷走している。
吉井艶子|めいの病棟に入院中の重症リウマチ患者さん。72才。


入浴介助の大変さとやりがい

ベッドの周りをそろそろと数歩しか歩けない吉井さんは、もちろん自分一人ではお風呂に入れない。吉井さんは週に一度、入浴介助というケアを受けてお風呂に入る。

ただお風呂に入るだけでしょ?と思うなかれ。入浴介助とは、看護師にとってなかなか骨が折れるケアだ。

ふつう入浴するときは浴室で衣服を脱ぐけど、吉田さんは自分では着脱できないため、入浴前に病室で2人がかりで衣服を脱いでもらう。裸の上にバスタオルなどを掛けて準備する。次に介護リフトで吉井さんを寝た状態で持ち上げてストレッチャーに乗せる。病棟に浴場はあるが、吉井さんはふつうのお風呂には入れない。介助用のお風呂がある別階の浴室にストレッチャーで連れていき、寝たままお風呂に入ってもらうのだ。

吉井さんの入浴介助は、2人がかりで1時間はかかる。こういう言い方はしたくないけど、常にマンパワー不足の病棟で2人もの人員が1時間も取られるのは、病棟としては悩ましいところみたいだ。

ようやくお湯に身を沈められた吉井さんは、
「ああ~、いい湯だね」と声をもらす。

吉井さんの眉間のシワがこのときばかりは消え、いつもの命令口調も影をひそめている。ステロイドで薄く艶々になった肌が、温まって蒸気している。

いつも神経質な吉井さんが、こんなにほっこりとくつろいでくれるのは余計にうれしい。

入浴介助は、看護業務の中では『療養上の世話』と呼ばれる。急性期病棟、回復期病棟、施設などでその比重は異なるけど、看護師の仕事うち大部分を占めている。病気により自分でお風呂に入れなくなったり、部分的な手伝いを要したりする患者の入浴を介助するのだ。

『お風呂に入れる』といえば、血管に針を刺して輸液ルートを取るといった処置より簡単だと思われそうだし、看護師でなくてもできそうだと思われそうだけど、実はそうとも言い切れない。

患者さんは『自分でお風呂に入れない』人なのである。それなりの介助が必要だ。ストレッチャーに移すときに事故が起こりやすいし、本人が浴室の床で滑ってしまうこともある。滅多にないが溺水などの怖い事故もないとはいえない。ストレッチャーは結構な高さがあるので、転落は大怪我につながりかねない。事故のリスクが高く気を遣う。

また、浴室は蒸気がもうもうで温度が高い。看護師は白衣の上にガウンや手袋をつけて、感染予防をした上で浴室で患者さんを抱えたり背中をこすったりするのだから、暑くて体力を消耗する。白衣の下に汗が滴り落ちるのが気持ち悪い。

それでも、こんなふうに湯船でくつろいでもらえるとうれしい。

入浴した後の吉井さんは、就寝するまでナースコールも少なく、穏やかに過ごしていることが多い。

お風呂は患者さんの心をなごませてくれる。


つづく

※これはフィクションです。




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