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コロナ禍における糖尿病エンパワーメント―エビデンスでスティグマを癒す方法―

2020年に世界中で新型コロナウイルス感染症(以下コロナ)が広がり始め、一年が経過しました。コロナ収束の糸口がいまだ見えない中、私たちは今後も感染拡大を防止する生活を続けなくてはなりません。


コロナ禍において糖尿病患者が抱える問題点を挙げ、コロナ禍での糖尿病エンパワーメントについて述べたいと思います。


1.コロナ禍における糖尿病患者のスティグマ

コロナ禍での糖尿病自己管理について、ある糖尿病患者の方が「糖尿病であることで家族や周囲の人から過剰に心配され、とても不愉快だった」と話してくれました。
他にも「コロナが広がる中、リスクのある糖尿病であることを周囲に知られたくない」「自己否定の感情を抱いた」「糖尿病であることで偏見を受けていると感じる」などの報告がありました。
糖尿患者に対するコロナ禍での社会の目が、糖尿病患者の自己価値を下げる要因になり、スティグマを生じている可能性があります。

スティグマとは、一般に“恥、不信用のしるし、不名誉な烙印”と理解されています。
コロナ禍以前にも、糖尿病患者は「糖尿病は自己管理ができない人間がかかる病気」などのレッテルを貼られ、就職や結婚、生命保険加入の制約を受けるといった不利益を被るなど、様々なスティグマを受けてきました1)。

コロナ感染の収束の兆しが見えない現在、コロナに起因する新たなスティグマが生じていると懸念されます。コロナ禍における療養指導では、スティグマのケアが必要だと考えます。

2.コロナと糖尿病患者のエビデンス

従来、糖尿病療養指導では、大規模スタディなどのエビデンスに基づく指導が行われてきました。現在、世界中でコロナと糖尿病の関連性に関する研究が行われ、エビデンスが蓄積されつつあります。
コロナ禍では、どのようなエビデンスに基づいて指導したら良いでしょうか?コロナと糖尿病に関して、次のような研究結果が報告されています。

中国の研究では、コロナ感染患者のうち糖尿病患者の割合が10.3%だったのに対し、2013年の国民全体の糖尿病有病率は10.9%と、コロナの有無に関わらず糖尿病患者の割合がほぼ同じであることが報告されており2)、現段階では糖尿病患者が糖尿病にかかりやすいという根拠は明確ではないと言える。

同じく中国において、コロナに感染した糖尿病患者のうち、血糖コントロール良好群(平均HbA1c7.3%)の死亡率は1.1%、血糖コンロトール不良群(平均HbA1c8.1%)では死亡率11.1%と、血糖コントロールが良好なグループはコロナ感染による死亡率が低いという結果が報告された3)。

これらの研究から、糖尿病であっても血糖コントロールが良好であれば重症化する可能性は低いことが明らかになりました。合併症予防の観点のみならず、コロナ対策としても、血糖コントロールを良好に保つことが極めて重要だと言えます。

3.コロナ重症化率データを活用してエンパワーメントする

次に、2.で挙げたコロナ重症化率のエビデンスを活用して、血糖コントロールの改善に向けたエンパワーメントについて述べたいと思います。
血糖コントロールが良好な患者と、そうでない患者のケースについてそれぞれ指導のポイントを解説します。

―血糖コントロール良好な患者への指導―

血糖コントロール良好な患者には、コロナ重症化率のデータを積極的に提示し、「承認」するとよいでしょう。

「血糖コントロールが良好だとコロナにかかった場合の重症化率が低いというデータがあります。つまり、糖尿病であるという理由で過剰に恐れる心配はないのです。頑張ってこられた甲斐がありますね」とデータに基づいて自己管理の努力を承認します。
さらに「コロナで生活変容が求められる中、自己管理を行うのは大変だったと思いますが、どのような工夫をされましたか?」と患者に質問し、患者の努力に関心を示し、よく聴きましょう。

コロナ禍で求められる生活変容の中でも血糖コントロールを良好に保ち続けるには、変化に適応し、大変な努力や工夫を要します。それを成し遂げていることを十分に承認することで、患者の自己効力がさらに高まるでしょう。

―血糖コントロールが不良の患者への指導ー

血糖コントロール不良の患者は、コロナ禍の生活変容にうまく適応できず、ストレスを抱え、自己効力が下がっている可能性があります。
療養指導士としては、コロナにかかった際のリスクを考慮すると、早急に血糖コントロールを改善させようと焦りを感じる場面かも知れません。

※血糖コントロール不良の患者には次の3つのケースが考えられます。
①「コロナ禍で血糖コントロールが不良になった」②「もともとコントロールが悪かったのがコロナ禍でさらにコントロールが悪くなった」③「もともとコントロールが悪かったが、コロナ禍でもコントロールレベルはそう変化していない」コロナ禍が血糖値の推移にどの程度、どのように影響しているのかがアセスメントのポイントです。

遠回りのように見えても、血糖コントロールへの指導はひとまず脇に置いておき、まずは傾聴に徹し、患者の感情にしっかりと寄り添うことに時間をかけます。
「コロナ禍になって、どのような変化がありましたか?」「コロナ感染予防をしながら自己管理することは、〇さんにとってどのようなことですか?「自己管理する中で、どのようなことが難しいと感じますか?」などの質問が有効です。

オープンクエスチョンで、できるだけ思うままに語ってもらいましょう。一見自己管理に関係のない話でも、患者が強い感情を感じている場合、そこに自己管理をうまくすすめられない原因の糸口が隠されている可能性があります。
コロナ禍の中、自己管理することで生ずる感情に向き合い、表現してもらうように関わることは、患者が新しい生活様式に自己管理をうまく組み込む大きな助けとなります。4)感情の表出には時間を要すかも知れませんが、ここには十分な時間をかけたいものです。

次にこの状況で血糖コントロールを良くするために何ができると思うか患者に質問します。傾聴と質問を繰り返して、ストレスマネジメントの方法やステイホームで実施可能な運動を一緒に立案するなど具体的な対処法を考えていきます。Small stepで達成可能な小さな目標を立てるよう促します。

療養指導はいつでもそうですが、患者本人が主体的に計画し、決めることが重要です。ここでも必ず患者本人が自分ができることを立案するよう促します。
患者が出した計画に、「コロナ禍でいつも通りの自己管理ができなくて大変でしょうけれど、〇さんが今立てた目標を達成できるよう、見守っていますよ」と前置きして、ともに頑張る姿勢を伝えると良いでしょう。

4. エビデンスの取り扱いに注意する

血糖コントロール不良の患者には、コロナ重症化率のデータを示し、不十分な血糖コントロールのリスクを知らせ、健康信念モデルの示す脅威の自覚を持ってもらおうと思うかも知れません。

しかし、患者にとってコロナ禍が前例のないストレッサーであることを考慮すると、エビデンスの示し方や患者に示す時期に慎重になるべきだと考えます。

エビデンスは、患者が自分にできることを話してくれた段階で示すと良いと考えます。HbA1cに変化が起こっていなくても患者の感情に変化が生じた時を見逃さず、傾聴と対話、エビデンスを前向きな動機付けに用いた指導を繰り返すことで、患者はエンパワーメントされ、コロナ禍を乗り越えるモチベーションが形成されると考えます。

5.エビデンスがスティグマを癒す希望になる

療養指導で患者にエビデンスを示す際、理論的にはさまざまな活用法がありますが、3.で示したようにスティグマに配慮してコロナ関連のエビデンスを提供すると、患者にとって大きな心理社会的メリットがあると考えます。

現時点で、「糖尿病患者はコロナにかかりやすい」ことを示すエビデンスはありません。仮に患者がコロナと糖尿病に関する偏見や差別に遭っても、何が真実か見極めることで、スティグマを受けずに自己効力感を保ち続ける助けになると期待できます。


このエビデンスは患者にとって希望になるのではないでしょうか。


参考文献
1) 清野裕.はじめに―日本の糖尿病医療がスティグマにどう関わっているか.医学のあゆみ:医歯薬出版;2020;237(2):p141-43.
2) Prevalence and impact of diabetes among people infected with SARS-CoV-2:Journal of Endocrinological Investigation(2020)43:867-869.
3) Association of Blood Glucose Control and Outcomes in Patients with COVID-19 and Pre-existing Type 2 Diabetes: Cell Metabolism.
4) B.アンダーソン他著.石井均監訳.糖尿病エンパワーメント―愛すること、おそれること、信じること;医歯薬出版;2001.
5) 今、糖尿病とともに生きる人へ:日本糖尿病協会:https://www.nittokyo.or.jp/modules/patient/index.phpcontent_id=90
6) A.ゴッフマン著,石黒毅訳.スティグマの社会学.せりか書房.


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