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洋服のコーディネートが全く分からない私が、草木染め展を開催した結果…

こんにちは、くーみんです。
そもそも洋服に対しての興味関心が、ほぼゼロの私。
生まれつき、自分を着飾ることがあまり好きでなかったこともあり、女ですがめったに化粧などしません。だから洋服に関しても、未だに学生時代の洋服をもったいないから、まだ着れるからととっておいて、時代遅れ甚だしくても平気で着たりします。
あるいは実家にある、もう着なくなった妹や母親の洋服をもらって、ラッキー♪と思うような性分。。
それゆえ、わざわざ買うのはユニクロでも高い!と思ってしまうほど、洋服に関してはケチです。
とは言え、外を出歩くのにビジュアルは大事!とも思いますから、それなりに気を使っているつもりなのです。
そんな着るものに頓着しなかったくーみんが、着物を着るようになったお話しです。


相変わらずの洋服に無頓着な日々

子供の頃、父方の祖父母の家に行く時は、母親が必ず言いました。「見すぼらしい格好で行っっちゃダメ!」と。

ところが行った先の祖母曰く、「ボロを着ときなさい。家の中じゃあ汚すんだから、服がもったいないでしょ」

見栄っ張りの母親と、両極端な性格の祖母の影響もあり、家事や作業の際は、なんでもいいや。というのが私には染み付いてしまったようだ。
宅配便さんが来てくれた時には、かろうじてギリギリセーフの格好であればいいと思っている。


自分で着物を着るようになった30代

冠婚葬祭は常に着物、普段着もたまに着物だった祖父母や母親の影響が大きいのだと思います。

まさに30代の頃は、その当時の仕事に対する熱量が薄れていっていたこともあり、着物で何か仕事ができないものかと、ふつふつと考えるようになってました。だけど全く、良し悪しなど品物の見極めはつかない自分がいる。

そんな時たまたま、江戸の街を歩いていた時、着物から作られた洋服を着せてある店を見つけたのだ。
引き込まれるように中に入って、触っていると話しかけてくる店主。
「おたく様とは江戸時代の会話ができますね」と不思議なことを言われた。
「隣の工房で藍染をして行きませんか?」と誘われ、着ていたおニューのポロシャツをシミだらけにし、藍染を初体験したのだった。

また別件で2週間後、再びその店を訪れた際には、突然、藍染の講師として雇われたのだ!!
「お住まいは?」「四国です」
「今はどちら?」「......お台場です」

その時はたまたま運良く、お台場に住む友達が突然の転勤でいなくなり、マンションの鍵を貸してくれていたのだ。

だけど、その店の店主はてっきり、私がお台場の住人だと思ったらしい。。
そして、着物の引き染め職人の仕事場へ見学に連れて行ってくれた。また翌日は、藍染の講師として小学生の相手をさせられたりと、すっかり私を社員扱いしてしまっている。

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私もそれならそれで、別段まぁいいかと思って付き合ってしまった訳だ。そうすると、あっという間にスケジュールが組み込まれてしまった。
◯月◯日池袋第◯小学校
◯月◯日板橋第◯小学校などなど。

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たまたま夏休み中だったのでお付き合いできたけど、心中は「どうしよう。。」と言う気持ちでハラハラしていた。
そして心のどこかで、こういう仕事も悪くないなぁと思うようになっていた。

「ちょっと待ってください、こちらでの仕事をするには、今の地元での仕事を引き継ぎをやってからでないと来れません」と社長に言った。
ようやく店の社長は、私のねぐらが東京にない事を理解されたようで

「じゃあ、いつこっちに来れるんだい?」とまた社長も、私を雇うことを諦めないのだ。

「3週間後になります」「わかった」と、この短いやり取りで、私の転職は決定した。

呉服屋兼、着物リフォーム店。そして藍染め・草木染め工房に就職してみた

その東京の店には、着物を解いて洋服にするパターンナーさんがいる。
ある日私は、着物のお客様が出演するコンサートに招待され、出かけることになった。
ちょうど着物に着替えようとした時、店の社長曰く

「これからものすごい雨が降るんだってよ。だから着物で行かない方がいいよ」と釘を刺されたのだ。仕方なく着替えるのを諦め、そのまま出かけることにした。
サントリーホールに着くと、店のお客様方は全員お着物姿。そしてお天気はなんてことはない小雨。。
しかもその翌日、店のパタンナーの同僚に言われたのが

「昨日はくーみん、ピエロみたいな格好で出かけていきましたよね」「ええっ!?変だと思ったら、どうして言ってくれなかったんですか」「そんなのわかるじゃないですかー」
ピンクのジャケットはおかしかったんだ。。自分ではまったく気づかなかった予想外の指摘を受けて、ショックを受けた。
そして逆に、着物で行った時はコーディネートをけなされたことがないどころか、とても褒めてもらえることがわかった。
自分でも不思議と、着物の組み合わせならば、良し悪しがわかるのだ。ならば、はずしてはいけないところでは着物にするべし!と自分に誓った。

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上記の写真は、その2年後にリベンジしたサントリーホールでのガラコンサート 中央の黄色いドレス、ソプラノ歌手中嶋彰子の右側、サーモンピンクの訪問着で踊っているのがくーみん


外出やおもてなしの際は、着物のくーみん誕生

冠婚葬祭の時、着るものは洋服ゼロ。
こうすることで、いやでも着物を着るしかないわけです。

ただ、あまりにも世間一般では着物離れが進んでいます。女性2人で着物姿で、道を歩いていますと「あっ、お祭りの人だぁ!」と小学生の子どもに言われました。
タクシーに乗った時には「今日はどこで花火大会があるんですか?」と若い運転手さんに言われて、驚いた経験もあります。
そのくらい普段着としての着物は、珍しくて、あり得ない時代になっているのかも知れません。

たしかに、病院などに着物で行くと、脱ぎ着に時間がかかりますから、レントゲン撮影もスムーズにいきません。
汗をかいたので、インナーを脱いじゃえ、とそう簡単にもいきません。
ですが、やはりそこは着物の美学とでも言うのでしょうか。脱ぎ着不要な時には、襟を正して着物で出かけようと心がけています。

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